鋭すぎる勘
神聖皇国が正教会国に宣戦布告してから約三週間後、ブルボン王国の南部にある荒野には地平線の彼方まで埋まっているのではないかと錯覚する程にまで人が溢れていた。
誰しもが武器を持ち、誰しもが険しい顔つきをしている。
これから死地へと向かうのだ。ここでヘラヘラと笑っている奴の方が、どうかしているだろう。
そんなどうかしているやつの1人である龍二は、空を飛べないアイリスを抱えながら群れる兵士達を見下ろしていた。
「うはぁー凄い人の数だな。昔コミケに行った時ももう少しマシだったぞ」
「大体100万程程の兵士達がいるからな。その“コミケ”とやらは知らないが、100万人が集まる事はあるまい」
「これ全部兵士や騎士なんだろ?農民とかも動かせばもっと凄い数になると思うと、世界は広いんだなぁって思うよ」
「フッ、そうだな。しかし、気をつけた方がいいぞリュウジ。相手方はおそらくこの兵力の倍近くいるからな」
「マジかよ」
「我々は農民などの非戦闘員は動員していない。が、正教会国やその同盟国ならば当たり前のように連れてくるだろうな。現地から引っ張って来た方が安上がりだし、何よりあちらの国の農民は生活が苦しい。最低限の飯がタダで食えるだけで参加する価値があるからな。更に、生き残れば多少の金もくれる。口減らしという意味でも、出稼ぎという意味でも農民が参加する理由になるのさ。戦争は数が力だからな。国としても安上がりで人を雇えるなら文句はない」
「命を掛けるにしては安い対価だな........」
龍二は、“召喚されたのが神聖皇国で良かった”と心の中で安堵する。
正教会国に召喚されていようものなら、文字通り人権はなかったかもしれない。
どこぞのお気楽傭兵とは違い、龍二は正教会国側のイージス教を信仰する国を見たことがなかった。話には聞いていた程度であり、その実情は全く知らないと言っても過言ではない。
しかし、聞いた話はどれもが不快感を感じるものである。
今回の戦争に関しても、龍二は正教会国に対していい感情を持つことは無かった。
龍二は知らないことだが、農民が戦争に参加することはよくある事である。出稼ぎとして、口減らしとして戦争に放り込まれることなど当たり前であり、兵士が少ない小国では当たり前のように農民が武器をとって戦場に出る。
むしろ、兵士と騎士だけで戦争をしようとする神聖皇国側がおかしいのだが、戦争という物を知らない龍二には歪んだ真実しか見えていなかった。
「ところでリュウジ。そろそろ下ろして欲しいんだが?」
「なんで?」
「仮にも騎士団を引っ張る存在が、男に抱えられては示しがつかない」
「今更だろ。最近は、よく弄られてたじゃないか。なんなら独り身のやつに見せつけてやるか」
「や、やめろ!!お願いだから辞めてくれ。私がこう、その........デレデレするのは団の規律に関わる」
「はいはい。分かりましたよ」
(普段から自由な連中ばかりなんだから、規律もクソもないと思うんだけどなぁ)
龍二はそう思いながら、顔を真っ赤に染めるアイリスを地面に下ろした。
未だに初々しい反応を見せるアイリスを微笑ましく眺めていると、笑いをこらえたシンナスがやって来る。
「こんな時にまでイチャつくんですか?アイリス団長。これでは部下に示しがつきませんよ........フフッ」
「おいコラ副団長。何笑ってんだ?」
「いやぁ、普段はキリッとした団長が、リュウジ殿を前にすると一端の乙女になるんだなぁと思いまして」
「バカにしてんだろ。そんなんだからお前は独り身なんだよ」
「最近は独り身も悪くないと思いましてね。その言葉はもう私には効きませんよ」
「行き遅れの人生負け組(ボソッ)」
「ぶん殴りますよ団長」
コントのような会話をする2人だが、そこにはほんの僅かに緊張感が漂っている。
言葉の殴り合いによる緊張感ではない。今から始まる戦争に対しての緊張感だ。
龍二がその緊張感を感じていると、後ろから頭を軽く叩かれた。
「いてっ。何するんだよニーナ」
「お前が馬鹿やってるからだろうが。もうすぐ始まるんだぞ?気を引き締めろ」
白く輝く戦闘衣に身を包み、茶色く伸びた髪の毛は太陽の光を反射している。シンナスとは違い、色気を一切排除したイケメンと言えるであろう獣人は、その八重歯をニカッと見せて獰猛に笑う。
龍二はその笑顔に恐怖を感じつつも、どこか楽しそうな彼女にはなしかけた。
「楽しそうだね」
「あぁ、楽しみさ。ワタシの力がどこまで通用するのか楽しでならない」
4年前とは違いかなり知的に話す彼女だが、実際のところはかなりアホの子である。
戦闘におけるIQは相当高いものの、普段の生活からはそのアホさ加減がにじみでていた。そのため、騎士団の中ではそのカッコいい見た目とは裏腹にマスコットとして扱われており、よくお菓子を貰っては喜んで食べていたりする。
そんなアホな同僚は、初めての戦争に舞い上がっており、龍二はこのやる気が空回る事を心配していた。
「気をつけろよニーナ。俺達は戦争に関しては初陣と言っても過言じゃないんだ。普段の組手や盗賊退治とは訳が違うぞ?」
「そんな事は分かってる。お前こそ、気見つけろよ?」
「もちろんさ。アイリスを残して死ぬほど、俺は馬鹿じゃない........ところでニーナ。お前は弟弟子の事は覚えているか?」
龍二はこの4年間、聞くに聞けなかった事を聞いてみる。
別に聞かない理由があった訳では無い。話すタイミングがなかっただけである。
ニーナは少し悲しそうな顔をしつつも、龍二の質問にゆっくりと頷いた。
「あぁ、覚えているさ。ワタシの唯一の姉弟弟子だったからな。姿を見せないのは悲しいが、まぁ、元気にやっていると思うぞ。あのいっぱいモフモフのしてきた目のヤバいカノンと共にな」
「........?仁は死んだだろ?何言ってんだ?」
まるで生きているかのような口調。ニーナは仁と別れて以降、1度も合っていないはずだ。暴食の魔王が復活した時以外は。
しかも、その時は仮面を被って別の名前を名乗っておりニーナはそれに気づいた様子はなかった。
「お前こそ何を言ってるんだ?あの弟弟子が死ぬ訳ないだろ。たった二ヶ月でワタシと張り合えるようになったやつがそう簡単に死ぬか。どうせ崖から足を踏み外したとかで川に落ちたんだろ。んで、流された。弟弟子は外の世界を見たがっていたからな。そのまま旅に出てもおかしくない。もしかしたら、わざと死んだふりをしたのかもな。カノンはそれを知っていたから出ていった。そう考えると納得いくな」
あまりに鋭すぎる予測。野生の勘と言うべきか。龍二は、何とかいつも通りの顔を貼り付けると簡単な計算問題を出した。
「........そ、そうか。ところでニーナ6×8=?」
「........52?」
48である。
龍二はニーナが急に頭が良くなった訳では無いと安堵しつつ、何も教えられていないのに確信を付いてくるその野生の勘に驚きを隠せないのだった。
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