何かある時は、信じもしない神に祈っとけ

 マリア司教にヌーレを預け神聖皇国に帰ってきた俺達は、出番があるまで大人しく待機していた。


 何も言わずに神聖皇国を離れた事がアイリス団長にバレて怒られたりもしたが(龍二はその様子を見て大爆笑)、それ以外は退屈な日々を過ごしている。


 「ヌルベン王国の国王さん。随分とまともだったね。ヌーレちゃんをアッサリ切り捨てるような人だったから、てっきり屑だと思っていたよ」

 「国王にもなると、色んなしがらみがあるんだろうな。小さな傭兵団を率いるだけでも、立場的に面倒な事が起こったりするんだ。国王ともなれば自分の意思だけで物事を決定できる程の自由は無いんだろうな。絶対王政で国王の権力が最も強いなら別かもしれないが........あの国の王はそこまで強い権力を持ってはいないし」

 「どの世界も権力と立場が厄介事を生むんだねぇ。今は一夜にして滅んだレガルス教会国の調査をしているからこれと言った動きはないけど、多分今回の出来事で国内の勢力図が変わるんじゃない?」

 「だろうな。とはいえ、もう俺達には関係の無いことでもあるか」


 レガルス教会国からヌーレを攫った後、ベオークが盛大にそれでいて静かに国を暗殺した。


 それを見届けた後に、ヌルベン王国の国王であるアーストラム・ヌルベンに会ってきたのだが、彼はヌーレを一目見ると1つのペンダントと莫大な金を俺に渡して頭を下げてきた。


 莫大な金はヌーレの養育費。孤児院にでも寄付するように言われ、ペンダントは彼が大きくなったら渡して欲しいとお願いされた。


 ペンダントの詳細を聞こうと思ったのだが、国王はそれ以上は何も語らず攫われたというのにスヤスヤと眠るヌーレを1度だけ優しく抱いて、小さく何かを呟くと少し名残惜しそうにヌーレを俺に返した。なんと言ったのかは分からなかったが、きっと彼の行く末を神にでも祈ったのだろう。


 マリア司教は、子供達の監視から俺が渡した寄付の金を横領していないことはわかっていたので、安心して金を寄付することが出来た。俺もポケットマネーから白金に輝く硬貨を1枚だけ入れておいたので、今頃マリア司教はその金をどうするのか困っているかもしれない。


 ヌルベン王国の国王に護衛をつけようか迷ったものの、彼は国王として生きて行く強い意志を感じたので、護衛を付けることはやめた。


 もし、何事も無く綺麗に隠居出来れば、彼を連れてヌーレの様子を見に行くのもありかもしれない。


 レガルス教会国を滅ぼしたベオークは、丸一日影から出てくることは無かったものの2日目以降は普通に生活している。少し無理をしたようだが、本人に異常が無いようで何りよりだ。


 俺はイスとチェスをしているベオークに視線を向けた後、手に持っている報告書に再び目を落とす。


 報告書には、神聖皇国が正教会国に宣戦布告してからの世界の動きが大まかに書かれていた。


 「場所によっては既に戦争が起こってるみたいだな。いずれも名前を聞いたことが無い国ばかりだが、宣戦布告の影響があちこちに出ているぞ」

 「基本的には神聖皇国側のイージス教と正教会国側のイージス教がぶつかり合っている感じだね。元々仲が悪くて戦争になっても可笑しくは無かったんだけど、今回の宣戦布告でお互いに大義名分を得た感じなのかな?」

 「まぁ、総本山が宣戦布告したんだから俺達もやってやるぜ!!って感じなんだろうな。大義名分なんざどうでも良くて、目の前にいる邪魔者を消したいって言う方が意味合いとしては強いと思うが」


 結局、戦争が起こる理由なんてそんなものだ。邪魔だから消す。その土地が欲しいから先住民を追い出す。己の利益が第1で、大義名分は後から付いてくる。


 どこの世界に行っても、ここら辺は変わらないんだな。


 「でも、中には神聖皇国でも正教会国でもない陣営が戦争を吹っかけてる場所もあるみたいだね。漁夫の利を狙って第三者として戦争に首を突っ込んでる国もあるし」

 「イージス教以外の宗教を信仰する国だな。彼らにとってはイージス教の内部争いとしか捉えてないんだろ。上手く行けば自分達の勢力を拡大できるから、横殴りしないなんて選択肢は無いんだろうな」


 小国同士が争っている中で、横槍を入れてくる国は意外と多い。


 それは、この世界がイージス教という宗教だけでは無いことを示していた。


 ヌルベン王国も“隣人教”とかいうよく分からん宗教を信仰してたし、規模は小さいけど色々な宗教があるんだろうな。


 神の存在は信じるが、神を信仰しない俺や花音にとっては正直どうでもいい話である。


 「神聖皇国と正教会国はそろそろぶつかりそうだね。どうやらブルボン王国の荒野に兵士が集まっているみたい」

 「地竜がいなくなかった事が原因だろうな。魔物の殆どが消えたからその脅威を警戒しなくて良くなったし、だだっ広いから主戦力がぶつかり合うにはちょうどいいんだろう」

 「ブルボン王国は大変だねぇ。どこぞのポンコツ竜のせいとはいえ、スタンピードが起こって国が滅びかけるわそれが終われば戦争の最前線。神聖皇国の支援が多くあるとは言え、それは相手も同じだろうから勝率は五分五分だろうし」

 「そう聞くと本当についてねぇな........なんか責任感じるし、最悪の場合は手を貸すか」


 一応、スタンピードによる魔物の素材はブルボン王国が回収して武器や防具に加工されている。


 これによりブルボン王国の兵士達の装備は一段階所か二段階ほど跳ね上がり、戦力としてはかなりの物になっているだろう。


 この世界、鉄よりも魔力を含んだ魔物の毛皮の方が防御力が高かったりするからなぁ。


 しかし、武器や防具がどれだけ優れていたとしてもそれを扱う兵士が弱ければ意味が無い。ブルボン王国は、神聖皇国に自分達が作った武器や防具を貸し付ける事で上手く金を稼ごうとしているようだ。


 こんな時にも金稼ぎとは恐れ入るが、実際そうした方が戦力は上がるだろう。


 小国のブルボン王国よりも、大国である神聖皇国の方が優秀な人材は多い。


 ブルボン王国で最高戦力と呼ばれる王国戦士長の実力って、神聖皇国の第一聖堂騎士団下位程度って噂されているレベルだからな。


 「凄いねぇ、配属される聖堂騎士団の数が半端じゃないよ。これ、聖王国と大帝国からも来る援軍も含めればま100万超えるんじゃない?」

 「超えるだろうな。問題はその物資をブルボン王国1つでは賄いきれないところだが、まぁ、その点はワイバーンとか使っている上手くやるだろ」


 今回の戦争にあたって、移動手段としても使われる飛竜便が物資移動の役割を果たす。


 障害を全て空を飛んで乗り越えられる飛竜という輸送手段は、かなり貴重なものになる。ジークフリードも万が一の為に護衛に付いていたりしたから、神聖皇国はかなりこの手段を重宝しているはずだ。


 聖王国にはグリフォンの劣種であるレッサーグリフォン、大帝国は神聖皇国と同じワイバーンを輸送手段として持っている。もちろん、その逆も然りであり、正教会国側も魔物による空の輸送手段があるので如何にこの輸送手段が潰せるのかも戦争の行く末を決めるだろう。


 「あ、龍二達もここに配属されるんだね。朱那ちゃんは別だけど、光司君もいるみたい」

 「クラスメイトが戦争に参加するようになるとは........未来って分からないものだな」


 俺はそう呟くと、友人や師の無事を信じもしない女神に祈るのだった。

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