孤児院
国は死んだ。
そう表現するのが正しいと思われる光景が目の前に広がり、呆気に取られながらも俺達はベオークを回収した。
ベオークは精根尽きており今まで見た事がなほどぐったりとしていたが、その表情はどこか達成感に溢れており清々しくもある。
立つ気力もないのか、ベッタリとイスの背中に身体を下ろすベオークの頭を軽く撫でてやりながら、俺はベオークを素直に褒めた。
「やるじゃないかベオーク。俺でもあんな広範囲の攻撃はできないぞ」
『嘘つけ。その気になれば国1つぐらいは飲み込める癖に』
「いや、無理だからホントに。俺はできても精々この国半分だって」
『あっそ。ワタシは疲れた........しばらく寝るから話しかけるな』
「お疲れ様」
本当に疲れているのだろう。いつもとは違う口調でベオークはそう言うと、俺の影の中に入ってそのまま寝てしまった。
魔力が枯渇しかけると、尋常じゃない程の疲労を感じるからな。
魔力が空っぽに近いベオークは、冗談抜きにとてつもない疲労がその体にのしかかっているだろう。
俺も花音も何度も同じ感覚を味わったことがあるので、ベオークを大人しく休ませる事にした。
「凄かったねぇ。ベオークの本気」
「凄い所じゃないぞ。俺でもできない広範囲殲滅攻撃だ。異能の特性上できない奴はウチの団員にもいると思うぞ」
「厄災級魔物の中で?」
「そうそう。ジャバウォックとかは多分無理だな。アイツの“
「あー確かにそうだねぇ」
「まぁ、その分破壊力だけで見れば異次元なんだけどな。俺の“
「え?
「まさか。
「だよね........やっぱり仁の異能ってせこくない?」
「否定はしないぞ」
その分操作が難しすぎて、場合によっては自分を殺す可能性と、天秤を崩壊させる場合は座標指定を行わなければならない点と、発動するまでのタイムラグで強い相手には搦手を使う事が前提な点を除けばぶっ壊れの異能である。
一応、座標指定はものによって自動操作みたいなのも出来なくはないのだが、その分用途は限られてしまう。
傍から見ればチートかもしれないが、実際使ってみるととにかく使いづらい。
あれと同じだ。
カードゲームで召喚出来ればは滅茶苦茶強いけど、召喚条件が面倒くさすぎるやつ。
俺の異能は使いこなせれば滅茶苦茶強いけど、使いこなすのが難しすぎるって訳だな。
ファフニールからも、“まだ異能を十全には使えていない”とも言われたし。
俺は改めて自分の異能の使いづらさに落胆しつつ、一旦ヌルベン王国に向かうようにイスに指示を出す。
老い先短い爺さんの願いを聞かなければならない。後、墓の前で軽い報告もしておきたいな。
「さて、後はあの人を説得しないとな........」
多分OKしてくれると思うが、彼女の異能を考えると面倒になるかもしれない。その時は、また花音に嘘をついてもらうとしよう。
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アゼル共和国、バルサルの街。
既に人々は寝静まり、喧騒が聞こえるのは酔っぱらいが集まる酒場や夜こそが昼である歓楽街だけになった頃。
孤児院を経営するイージス教の司教であるマリアは、日課である祈りをしていた。
その日あった事を女神イージスに報告し、自分達が健康に安らかに生きていける事に感謝する。
この時間だけは誰も邪魔することは無く、1人で心を落ち着ける時間となっていた。
最近はジーザスの弟であるジーザンとの仲も深まり、だいぶ距離が近くなっている。そろそろ身を固めるべきかもしれないと思うと同時に、兄と重ねてしまっている自分が申し訳ないとも思っていた。
そんな懺悔にも近い祈りをしてた時だ。
コンコンと教会の扉がノックされる。
この時間に客人が来る予定は無い。ジーザンはちゃんと常識のある人物であり、夜遅くに訪問してくる事は忘れ物をした時以外は無かった。
そして、ジーザンは今日この教会に来ていない。
もしかしたら、教会を狙った盗人かもしれないと考えたマリアは、懐から短剣を取り出して袖に隠す。
司教として神に祈ることを仕事としてはいるが、この物騒な世の中ではそれだけで自分の身を守ることは出来ない。最低限の自衛能力は備えて置くべきであり、ハーフエルフである彼女の多い魔力を使った身体強化はそこら辺のチンピラ程度なら簡単に転がせる。
「どなたでしょうか?」
恐る恐る扉へと近づくと、聞き覚えのある懐かしい声が聞こえてきた。
「夜分遅くに申し訳ない、マリア司教」
「この声は........ジンさんですか?」
「えぇ」
マリアが扉を開けると、フードを被った仁達がそこには立っていた。
その手には白く綺麗な布に包まれた赤子を抱いている。
マリアはそれだけで大体のことを察し、教会の奥にある一室に案内した。
「改めて、夜分遅くに尋ねたことを謝罪します。申し訳ない」
「いえ、いいんですよ。教会に多大な寄付もしてくださっているのですから」
普段ならば、もう少し砕けた話し方をする彼がここまで固い口調をしているのはおそらくその手に抱いている赤子が原因なのだろうとマリアは当たりを付ける。
理由は様々だが、教会に子供を預ける親と言うのは大抵こう言った固い口調になるのだ。
それまで親しくしていた相手だったとしても。
「我々もあまり時間が無いので単刀直入に言わせてもらいます。この子を孤児院で育てて貰えませんか?」
「ジンさんが育てればいいのでは?その子も随分と貴方に懐いているように見えますが........」
仁の腕に抱かれた赤子は仁の服の裾を握っている。何かを握っていたい年頃なのか、仁に懐いているのかは知らないが少なくとも仁ならば悪いようにしないだろうとマリアは今まで見てきた中で感じていた。
しかし、仁は首を大きく横に降る。
「俺に育てる権利はありません。それに、これから忙しくなる。到底子育てできるような状況じゃない」
嘘は言っていない。
赤子を見たその時から異能を使っているが、今のところ嘘は一つも付いていなかった。
「何かあるのですか?」
マリアの質問に仁は答えるかどうか少し迷った様子を見せたあと、隣にいた花音に視線を向ける。
花音は“お好きにどうぞ”と言わんばかりに肩を竦めただけであり、仁は諦めたのかポツポツと語り始めた。
「神聖皇国が正教会国に宣戦布告した事は知っていますか?」
「えぇ。教会関係者から話を伺っています」
「それに俺達は参加するんです。訳は言えませんが、まぁ、神聖皇国に雇われた傭兵とでも思って下さい」
「なるほど、戦争に参加するから子育てはできないと?」
「えぇ」
「その子は........その、お二人の子ですか?」
地雷と言うのはどこに埋まっているのか分からない。マリアは“この質問が地雷でありませんように”と心の中で祈りながら質問をする。
「いえ、俺たちの子じゃないですよ」
「拾ったんだよー。見捨てても良かったけど、ほら、赤ん坊を見て見ぬふりするのはちょっと........ねぇ?」
それまで黙っていた花音が、仁の言葉を引き継ぐ。
異能に反応はない。が、マリアの直感はこれが嘘なのではないかと疑っていた。
以前もあったモヤッとした感覚。脳が考えるのをほんの僅かに拒否する感覚。この違和感が彼女と話すと訪れる時があるため、マリアは花音に苦手意識がある。
マリアはこの気持ち悪さから早く解放されたくて、彼らの要件を呑んだ。
「いいでしょう。私の孤児院で預かります。ですが........戦争が終わったら顔を見せてくださいね?数少ない友人が居なくなるのは辛いですから」
「ありがとうございます。あ、これはこの子の養育費という事で」
ドサッと置かれた麻袋。マリアはまた信じられない量の金貨が入っているんだろうなと思いながら、中身を見ることはなく受け取った。
(未だに貰った半分も使い切れてないんですがね........)
そう思いつつも、受け取ってしまうのは万が一に備えてだ。何かあった時の保険として、至る所に金庫を用意して管理してある。
幸い、マリアの知り合いに優秀な魔道具士がいたので依頼したのだ。
その後の手続きはスムーズに進み、マリアは最後の質問を仁にする。
「このこの名前はなんでしょうか?」
「あぁ、ヌーレですよ」
「拾った時に紙に書いてあったんだよね」
2人はそれだけを言うと、教会を出ていく。
マリアはその2人の背中を見ながら、小さく呟いた。
「神聖皇国の傭兵。影の英雄“
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