国家暗殺

 継承者である赤子を攫ってから、俺達はベオーク達の勇姿を見届ける為に空で待機していた。


 何度か大きな魔力の反応を感じ取っているので、ベオークは既に動き出しているのだろう。


 「ベオークは今頃張り切ってんのかねぇ」

 「張り切ってるんじゃない?ベオークは基本裏方だから、こうやって暴れる機会も少ないし」


 イスの背中の上で待機する俺と花音は、ベオークの魔力を探りつつものんびりとしていた。


 何度か急激に膨れ上がる魔力を感じ取ってはいるものの、正確な場所までは分からない。すれ違いにならなら用に首都の上空で大人しくしているのが賢明だと判断したのだ。


 花音は大きく欠伸をすると、イスの背中に寝転がる。


 時間は既に深夜帯となっており、首都から放たれる光も徐々に小さくなっていた。


 唯一歓楽街と思わしき場所は、今が昼間だと言わんばかりに輝いているが、それ以外は静かな沈黙が訪れている。


 「ベオークのその子供達の潜伏能力は便利だからな。影の中に入れるってだけで、視界による察知が難しくなる。影と影の間は自由に移動できるし、生き物以外は引きずり込める事も考えると羨ましい能力だよ」

 「しかも、異能じゃなくて魔物としての特性だからねぇ。個体によっては更に異能を持っていたりするのもいるから、敵に回すと厄介極まりないよ」

 「俺が蜘蛛に好かれる体質で良かったな。いやホントに。じゃなきゃあの島で死んでたぞ」

 「仁の家系には感謝だね。前の世界にいた時は蜘蛛と蛇に話しかけるヤベー奴だったのに、この世界に来てからは一流の魔物使いだよ。人の特技はどこで生きるか分からないものだね」

 「全くだ。ベオークが仲間になったからこそ、俺達はこうして自由に生きることができるんだからな」

 「ベオークってスゲー」


 何か一つでも歯車が違えば、ここまで綺麗に回ることは無かっただろう。


 そう考えれば、俺はかなり運がいいのかもしれない。


 グレイトワイバーンの時もその場を何とか凌げる異能を発現させたし、ベオークがいたからこそ俺はアンスールに助けて貰えた。


 命の恩人でありながら、俺に付き従ってくれるベオークという存在は、花音の次辺りに大切なものだろう。


 1番大切なものは譲れないが。


 「ん?近くに魔力反応あり。ベオークが来たみたいだな」

 「よく気付けるね。私の探知には引っ掛かってないんだけど」

 「毎度の如く子供達と隠れんぼをした成果だな。影の中に探知を伸ばす技術が上がるぞ」


 俺はイスに少しその場を離れるように指示を出しながら、今から滅びゆく首都を眺める。


 この地にいる人達の大半が罪なき人々だろう。


 しかし、悪いが死んでくれ。どちらにしろ正教会国との戦争が終わった後に滅ぼされるのであれば、苦痛無く死んだ方がまだ楽だ。


 ベオークは影から姿を表すと、首都に向かって膨大な魔力を練り始める。


 会ったばかりの頃では想像もつかない程の莫大な魔力は次第に収束していき、次の瞬間大きく爆ぜた。


 首都全体が黒く染まり、唯一輝いていた歓楽街も闇の中へと誘われる。


 ベオーク程の力量ならば、生き物だけを殺すことも出来ただろうが今回は全てを消し去るつもりらしい。


 「出たな。ベオークの異能“深淵アビス”」

 「格下相手には滅茶苦茶刺さる異能だよね。使い方次第では、ある程度なんでもできるみたいだし、割とぶっ壊れの能力だよ」

 「問題は同格以上との戦いでは深淵から抜け出せてしまうって事だな。俺の異能と違って、込めた魔力量に応じて強固になる訳でもないからなぁ」

 「仁の異能が強すぎるだけで、ベオークの異能も相当だけどね?これだけの広範囲に即死級の攻撃ができるだけでかなり強いし、ベオークも魔力をしっかりと込めれば並大抵の相手は深淵に囚われて死ぬからね?」

 「俺の異能と少し似てるよな」

 「話聞いてる?」


 花音の話を聞き流しつつ、俺は次第に崩れていく首都を眺めていた。


 徐々に崩れていく首都の様は、まるで酸を掛けられたかのように溶けていき、最終的にそこに何も残る物は無い。


 人も建物も全ては深淵に捉えられ、深く沈んで消えてしまった。


 音は無く、静かに行われた暗殺は正しく我らが団の隠密専門だと言えるだろう........規模が大き過ぎるけど。


 「ベオーク、すっごい張り切ってるねぇ。見てよ。やる気満々な雰囲気がすごく伝わってくる」

 「まぁ、さっきも話した通り、基本は裏方だからな」


 ベオークは何か考え込む仕草をして少しフリーズした後、暫くして他の街を滅ぼしに影の中潜る。


 俺達は、ベオークの頑張りを見るためにそれを追いかけたのだった。


 しばらくして、日が登り始めている時間帯になった頃、ベオークは全ての街をその深淵の底に引きずり込んだ。


 元々音が全く出ない異能に加えて、街ひとつを飲み込んで即死させるだけの威力。更に深夜帯ということもあり、ベオークの殺戮は本当に静かだった。


 国1つを暗殺できる暗殺者とかヤバすぎる。


 これだけで十分役目を果たしてくれたと思うのだが、どうもベオークの様子がおかしい。


 何も無い平原に1人でポツンと佇むと、ベオークは精神統一を始めてしまった。


 「何やってんだ?」

 「さぁ?でも、まだ何がするみたいだね。もしかして、村とかも全て潰して回るのかな?」

 「ベオーク1人で?流石に時間がかかりすぎるだろ」

 「子供達も使うんじゃない?ほら、今のところ子供達の活躍は無いんだし」

 「........そうかもしれないけど、それっぽく見えないんだよなぁ」

 「キュア?」

 「本人に聞きに行くかって?それは俺も考えたが、却下だな。今話しかけるのは良くない気がする」


 俺の勘が告げている。


 今ここでベオークに近づくのは宜しくないと。


 どうやらベオークは、まだ何かするつもりなのだろう。そるがなにかは想像できないが、精神統一もその一環だと思われる。


 「んあ?魔力を練り始めたぞ」

 「うっわぁ、魔力が今までとは桁違いなんだけど。あれだけ異能を行使しておいて、まだあれだけの魔力を練れるんだ」

 「厄災級魔物に匹敵するだけの魔力と考えれば、納得だな。やっぱり最上級魔物の器じゃねぇよアイツ」

 「何を基準に最上級魔物に分類されるんだろうね?」

 「さぁ?昔の人が作ったらしいから、分からんな。一説では種族で分けられているらしいけど」

 「昔の深淵蜘蛛は、最上級魔物程度の実力しか無かったと?」

 「そうなるんじゃね?人間と言う種族でも強さの違いは明確にあるんだ。もしかしたら、俺たちが知らないだけで厄災級魔物並の実力を持った魔物は意外と多いかもな」


 俺達がそう話していると、ベオークの魔力が可視化できるレベルにまで練りあがっている。


 常人ならば彼女のそばに寄っただけで、その魔力の圧力に耐えきれずに失神するだろう。常人どころか、ある程度鍛えた人間ですらも失神するかもしれない。


 ベオークはその練り上げた魔力を一気に解放する。


 刹那


 世界は黒く染まった。


 なんの比喩表現でもない。俺達が見渡す限り、世界は黒く染ってしまったのだ。


 「ヤバっ。イス、もう少し離れて」

 「........キュ、キュア」


 本能が“ヤバい”と告げている。


 ここにいるのは危険だと。


 呆気に取られていたの背中を叩いて、その場から離れることを促すと、イスは慌てて距離を取った。


 最早ベオークが見えなくなるほどにまで離れ、本能が警告音を鳴らすのを辞めたその時1本の黒い柱が天を貫く。


 そして、レガルス教会国は暗殺された。

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