深淵の殺戮者②
深淵に飲まれた世界には、何1つとして残るものは無い。
だがしかし、その深淵の淵から運良く這い上がれるものもいる。
圧倒的魔力の前に幻術は看破されてしまう可能性が高かったが、それでもやらないよりはマシである。
「ゴホッゴホッ........カハッ」
深淵から何とか抜け出せたものの、身体へのダメージは測りしないほど大きく、まともに立つこそすら許されない。
内蔵はいくつか潰れており、霞む視界には指がない手がぼんやりと映る。
彼が生きていられたのは奇跡と言っても過言では無い。が、既に彼の生命は消えかかった火であり、吹けば消える程度にしかなった。
ゲートルは、口から大量に溢れる血を少しでも取り込もうと喉を動かす。
深淵の影響によってなのか、脳がうまく機能しておらず血の独特な鉄の味はしなかった。
「な........にが........ゴホッ、起こっ........て」
目に魔力を覆い多少の暗視ができるようにした後、軋む身体に鞭を売って視線を上げれば、そこにはゲートルガ己の目を疑う様な光景が広がっていた。
何も無いのだ。
そこにあったはずのテントが、いたはずの兵士が、農民が、奴隷が、そこに生えていたはずの草が、木が、森が、全て最初からそこに無かったかのように消えている。
何が起こったのか、彼には何一つ分からなかった。
「シャ」
そんな彼の後ろから囁かれる小さな声。明らかに人間のものではなく、何らかの別の生物だという事が分かる。
ゲートルは首を後ろに回したかったが、それを見てしまっては自分は正気を保てない察して前を見続けた。
冒険者として活動してきた16年間の勘が告げている。
“これを見てはならない”と。
おそらく、魔物だ。
僅かに感じる魔力の反応だけでも、ゲートルの何倍もある。5万もいた兵士達が本の一瞬で死んだ時に感じた魔力は、それ以上。この魔物は魔力操作に長けて居るということがよくわかる。
(ハハッ、こんな奴がこの世界に存在していていいのか?昔、仲間と討伐したグレイトワイバーンが赤子に思えるな)
薄れゆく意識の中、ゲートルは走馬灯のように自分の過去を振り返る。
仲間達との絆。喧嘩別れしてしまったが、まさか今生の別れになるとは思っていなかった。数々の冒険の日々。ゴブリンからドラゴン、果はチラリとだけ見た謎の巨大生物。神秘的な森や、天界へと続くと言われる門まで。彼は振り返れるだけ人生を振り返った。
グシャ
その化け物に頭を踏み潰されるまで。
━━━━━━━━━━━━━━━
(出力を加減し過ぎた。全力なんてやったこと無かったから、加減が難しい)
偶然生き残った人間を殺したベオークは、己の力が扱いきれていないことに反省する。
ここは国境部ということもあり、ヌルベン王国に被害が行かないように多少の加減をしたのだが、それが原因で1人殺し損ねた。
自分が潜んでいた森すらも消し飛ばし、辺り一体を更地に変えてしまうほどの力を使ったとしてもコントロールが上手く出来なくて取り逃がす。
自身の異能の練度が低い事が窺えた。
(ジンと遊ぶ時も、イスの世界に気を使って出力は抑えれてるからコントロールバッチリだと思ってた。でも、火力を上げた時のコントロールが効きづらい。一個一個都市を消しながら、練習するか)
ベオークの深淵は、やり過ぎると終わりを迎えてしまう。
イスの世界でならば再生することは可能であると思われるが、万が一があると困るので出力は抑えてると言う経緯がある。
しかし、今回は好きにやっていい。
例えその土地が深淵によって終わりを迎えようとも、文句を言われることは無い。
(範囲を絞って、更なる深淵へ誘うのと、範囲を拡大して辺り一体を深く落とす。その2つをやってみよう)
ベオークはそう心の中で呟くと、影の中に沈んでいく。
残されたその地には、生命を一切感じさせない土があるのみだった。
その後もベオークは街を一個一個丁寧に潰していった。
途中から己の鍛錬へと目的が変わったその殺戮は、人々に恐怖を与える暇もなく着々と遂行されていく。
既にレガルス教会国の主戦力が国境部で亡くなっているのに加え、ベオーク自信が強すぎた。
厄災級魔物並の強さを持っていると称されるベオークは、国を1つ滅ぼす程度どうと言うことは無い。
更に、月明かりすらも見えぬ闇の中ではベオークの独壇場だった。
ある街は国境部と同じように全てが更地となり、生命が宿ることは無い地へと姿を変え、ある街では街の形だけを残して人々は傷の1つもなく死に絶える。
様々な殺し方で街を滅ぼし、殺戮をしたベオークは最後に己の全力を試すために国の中心に立っていた。
異能の鍛錬をするために時間をかけてしまったので、既に日が登り始めている時間帯ではあるが、2日続いての曇天はこの国の行く末を暗示しているようにも見える。
ベオークはゆっくりと魔力を練り始めると、今持てる全てをこの場でぶつける。
(異能のコントロールはだいぶ掴めた。大丈夫。ワタシならやれる)
徐々に、徐々に黒く染る深淵は深くなっていき、その範囲も大きくなっていく。
地を這う深淵は、この国を黒に塗り変えるかのように染まる。
深く深く沈む深淵。抗うことは許されず、ただひたすらに沈むことだけを許された世界。
深く沈めば沈むほど終わりに近ずき、ある一点を超えたその時全てが終わる。
「シャ........(
ゴウッ、とベオークを中心に直径100m程の天まで貫く柱が立つと、深淵は終着点へとたどり着く。
ベオークだけを残してレガルス教会国にある生命体は全て消え去ってしまった。
土すらも死に絶え、何かを生産することは不可能。水も死に、大地が産声を上げることは無くなった。
(........疲れた)
この日、レガルス教会国は一夜にして滅んだ。
圧力をかけられていたヌルベン王国は、喜ぶと同時に国が滅んだ原因が一切わからず混乱。調査隊も派遣したが、結果は不明で結論づけられた。
この日の事は後の歴史書にこう記される。『一夜の滅国』と。
尚、唯一、ヌルベン王国の国王であるアーストラム・ヌルベンは誰がやったのかを知っていたが、彼は生涯この事を語ることは無く暗殺されることになる。しかし、それはまた別のお話。
能力解説
【
特殊系領域型の異能。
深淵へと引きずり込み、終着点へと誘う。
ここで言う終着点は簡単に言うと“無(又は死)”であり、深ければ深いほど“無”に近くなる。
人間の場合は、この終着点に辿り着く前に負荷で死んでしまう。
負荷のかけ方次第では、外傷を1つもなく殺せることも可能な為暗殺向き。
弱点は同格以上の相手にはゴリ押しで深淵を突破される場合がある事と、即座に深淵を発動させた場合は引きずり込める量に限界があること(時間をかければ国1つぐらいは容易く飲み込める)。
作中では“終着点へと辿り着く”と言う描写があったが、これは現時点でベオークが至れる最高地点の話であり、能力を十全を使えるようになれば土すらも無と化し大きな穴ができる。(要はまだまだ成長中)
ベオークがイスの極寒を耐えていたのは、これの応用で寒さを深淵へと引きずり込んで無理やり寒さを相殺していたから。だが、イスはその気になればゴリ押しで突破できる。
尚、ベオークはこの深淵の影響を受けない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます