誘拐

 国王の自室に忍び込み、先代“千里の巫女”に花を手向けてから1週間後。


 使者と継承者を乗せた馬車が、レガルス教会国に入った事を子供達が察知した。


 どうやら、ヌルベン王国に時間を渡さないようにかなり強行軍で移動したらしく、既に辺境の都市に入っているそうだ。


 国境部に展開された軍は、何時動いてもおかしくない状況であり、ヌルベン王国も間に合わせではあるものの迎え撃つ準備ができている。


 俺達は既にレガルス教会国内に侵入しており、後は時を見て動くだけとなっている。


 「そろそろ継承者の子供を攫いに行くか。花音、着いてくるか?」

 「もちろん。仁行くところに私はいるよ」

 「私もついて行くの!!」


 いつもと変わらないテンションで頷く花音と、元気良く手を上げるイス。


 ヌルベン王国の国王に会いに行った時は、俺一人だったが今回は着いてくるようだ。


 まぁ、攫った後、ベオーク達が動き始める算段になっているので、ベオーク達の勇姿を見るためでもあるだろう。


 俺は大きく伸びをして全身を解し、身体を軽くする。


 ポキポキと骨がなる感覚は、いつやっても気持ちいいものがある。


 やり過ぎると健康に悪いとか言う話を聞いた覚えもあったが、気持ちいいから辞められないね。


 俺と同じように身体を解す花音は、俺にこの後のことを聞いてきた。


 「どうやって街に侵入するの?」

 「空から飛び降りての侵入でいいだろ。幸い、今日は曇ってて星明かりもない。星空鑑賞をする者もいなければ、大抵の人は視線を上に上げないからな」


 日は既に沈んでおり、闇が世界を支配している。


 雲が空を覆っている為、日の光を反射した月や己の命を燃やす恒星は遮られいつも以上に闇は濃くなっていた。


 そんな中、黒の服に身を包んだ俺達を肉眼で発見するのは難しい。


 気配を完全に殺し、厄災級魔物達の探知すらも掻い潜る俺達を捉えれる者はこの世界でも極々少数だ。


 それこそ、“千里の巫女”のような特殊な異能を持っていない限りは。


 街を照らす魔道具の明かりこそあるが、それが更に街の闇を深くする。


 余程のヘマを踏まない限りは、見つかる心配は無い。


 「場所は?」

 「教会の一室だ。子供達が既に見張ってる。影の中にいる子供が案内をしてくれるから、迷うことは無い」

 「もし、誰かに見つかった場合は?」

 「殺せ。どうせベオーク達に蹂躙されるんだ。今殺しても後で殺しても変わらないさ」

 「なんかそのセリフ悪役みたいだね」

 「実際“悪”だろな。この街で真面目に生きてきた奴らにとっては、理不尽の一言では表せない程の理不尽だと思うぞ。罪なき人々を殺す“悪”として見られてもしょうがない」

 「まぁ、みんな死んじゃったら正義も悪も無いんだけどねぇ」


 花音はそう言うと、自身の異能である鎖を出現させて遊び始める。


 これから赤子を誘拐しようと言うのに、随分と緊張感が無いものだ。


 ふとイスに視線を向けると、こちらはこちらで出現させた氷を使って氷像を作っていた。


 しかも、超精密に作られた神聖皇国の大聖堂であり、何ならその大聖堂内を人が行き来している。


 何それすげぇ。今度しっかりと見せてもらおう。


 それはそうとして、君達自由すぎないか?今から、人に見つからないように街に潜入して赤子を誘拐するんだよ?


 緊張でガチガチになるよりはマシだとは思うが、ここまで緊張感が無さすぎるのもそれはそれで問題だと思う。


 そりゃ、ドラゴンの巣に殴り込みに行くよりは断然簡単で緊張感の無いミッションなんだけどさぁ........


 俺は軽く頭を抱えながら、二人を連れて街への潜入を開始する。


 「ねぇ、今思ったんだけど、ベオーク達に暴れさせて混乱の中攫った方が良かったんじゃない?」

 「それは考えたんだが........赤子って結構デリケートな生き物だろ?万が一があると困るからな。あの国王との約束もあるし、なるべく負担はかけなくない」


 街への潜入が成功し、目的地である教会に向かって歩く中で花音がおもむろに口を開く。


 俺は赤子の知識が殆ど無いのでなんとも言えないが、イメージではアリンコ並に弱い生き物だと思っている。


 どこでストレスを感じるか分からないし、どう扱えばいいかも分からない。


 唯一知っているのは、蜂蜜を食べさせてはいけないということぐらいだ。


 「でも、攫ったあとはイスの世界に預けるんだよね?大丈夫なの?」

 「多分大丈夫だろ。かまくらみたいな建物は建ててもらったし、その中で焚き火をして中はかなり暖かくなってる。防寒具も用意したし、モーズグズが面倒を見てくれるから、健康に害はないはず........多分」


 凍傷にならないように地面には毛布を山積みにしたし、かまくらの中はかなり暖かい。


 何があってもいいように薬と魔道具も用意したから、大丈夫なはずだ。


 ちなみに余談だが、かまくらの中はモーズグズにとって暑かったらしく、“暑い”と感想を漏らした所、イスに足をへし折られていた。


 当の本人は喜んでいたのだが、やはりイスの教育に宜しくないのでは?とも思った。しかし、手遅れである。


 「まぁ、あれだけ準備しておけば大丈夫か........お、着いたね」


 そう話している間に、目的地に到着する。


 極有り触れた形をした教会は既に寝静まっており、中から声が聞こえてくることは無い。


 攫った使者は別の高級宿に泊まっているそうだし、この教会のお偉いさんはその使者の相手をしている。


 もちろん、護衛の殆どもそちらに行っており、人が少ない状況だった。


 「それじゃ、行きますか」

 「ういうい。赤子攫いのお出ましだー」

 「レッツラゴーなの」


 気の抜ける掛け声と共に、俺たちは気配を完全に消して教会内に不法侵入。


 子供達の指示に従って素早く移動してくと、とある一室にたどり着いた。


 言葉を発することなく部屋に入ると、スヤスヤと眠る赤子を発見。


 以前、“千里の巫女”の葬儀で見た赤子と同じ顔だ。


 俺はイスに指で指示を出すと、イスは頷く。


 スヤスヤ眠る赤子は霧に覆われて、死と霧の世界ヘルヘイムに連れていかれた。


 目的を達した俺達は、無駄口を一切叩くことなく教会から脱出。


 想像以上にザルすぎた警備に驚きつつも、そのまま人目のないところで空へと飛んだ。


 街が点に見える程離れた俺達は、ようやく口を開いて話し始める。


 「ふぅ。あっさり終わったな」

 「むしろ、何か問題があった方が困るんだよねぇ。あっさり終わるのが1番だよ」

 「だな。イス。子供の様子は?」

 「モーズグズからの報告だと、グッスリ寝ているそうなの。特に異常は見られないって言ってるの」

 「なら問題なさそうだな。攫われたってのにぐっすり眠る辺り、大物になりそうだぜ」

 「ただ鈍感なだけじゃない?」

 「かもな」


 さて、こちらの仕事は終わった。


 後はベオークに任せるとしよう。


 俺は念話蜘蛛に指示を出す。


 「こちらの作戦は終了した。後はお前達の出番だ。頼んだぞ、ベオーク」


 俺はこの場にいないベオークが、『任せろ』と手を挙げて返事をしているように感じた。






新作を上げます。よかったら読んでみてください。タイトルは『N歩の旅路』です(尚、短編)。https://kakuyomu.jp/works/16817139557632318349/episodes/16817139557636151826

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る