N歩の旅路

杯 雪乃


 15歳になると、神から恩寵を受ける。


 神の祝福、神の加護、神の恩寵。言い方はその土地によって様々だが、この世界では15歳になると神から力を授かる。


 それが本人の望むものかは別だが........


「行ってきまーす!!」


 元気よく家を飛び出した1人の少年。彼の名はルーダ。


 今日で15歳になり、神の恩寵を授かった英雄を夢見る冒険者志望の少年だ。


 両親が冒険者という事もあり、そのお下がりである防具と剣に身を包んだ彼は恩寵を授かったその日に冒険者になる為にその歩みを進める。


 母親からの“行ってらっしゃい。気をつけるのよ”と言う言葉に背中を押されつつ、彼は冒険者ギルドに向かった。


「僕もようやく冒険者かぁ。それにしても【一万歩の旅路】ってどんな恩寵なんだ?」


 恩寵には様々なものがある。戦闘に優れたものもあれば、料理を作るために授けられたとしか思えないもの。運が悪ければ、一体何に使うんだと首を傾げるものまで。


 一部の学者は、その人の才能を現したものと言うものもいるが、真実は定かではない。


 そして、彼が授かった恩寵は【一万歩の旅路】。


 詳細が一切わからず、呼び出したステータス能力値を見てもスキル特殊技能等は無し。唯一変わったことといえば、一万から1歩歩く事に減っていく数字だけだった。


 しかしながら、レベルと言う概念があるこの世界ではレベルさえ上げれば英雄にもなり得るだけの力を持つことが出来る。


 過去には大道芸の恩寵を持った英雄が居たほどだ。


「んーステータスは全て10。体力、魔力、攻撃力、防御力、知力、抵抗力、器用、素早さ、運命の全てが均一だな。オールラウンダーってやつか?」


 ルーダはそう呟きつつ、目的地である冒険者ギルドにたどり着く。


 視界の端に捉えている数字が9381にまで下がっているが、彼はその意味がよく分からずそのままにしていた。


 冒険者ギルドと呼ばれる魔物退治専門(雑用もあり)の建物に入ると、さっさと登録を済ませる。


 なりたての冒険者と言うのは、先輩の冒険者に絡まれたりもするのだが今回は問題なく通過した。


「よーし、早速ゴブリンを狩りに行くぞ!!」


 ルーダは初心者冒険者らしく自分に喝を入れながら、街の外へと繰り出す。


 魔物とは、この世界にいる人間以外の生き物だ。様々な形をした魔物が存在しており、中にはドラゴンの魔物までいる。


 魔物には、必ず魔石と呼ばれる魔力を貯蔵する臓器がある。石のように固く、魔力を貯蔵できるその性質から人々の生活には欠かせない素材となっていた。


 手に入れた冒険者である事を示す冒険者カードを門番に見せ、街の外へと出たルーダはゴブリンと呼ばれる最弱と名高い魔物を探し始める。


 幸い、この街には近くに森がありその森には魔物が多く生息している。ゴブリンを探すにはもってこいの場所だった。


 森の浅い場所ならば魔物も少なく弱い。初心者であるルーダも、さほど緊張感を持つことはなく森の中を歩いていく。


「えーと、確か足跡を探すんだよな。こっちか?」


 両親に教わった魔物の探し方を頼りに、森を歩くこと15分。


 視界の端に捉えている数字が4000を下回った頃、ようやくゴブリンを見つけた。


(いた!!ゴブリンだ)


 緑色の肌と人間で言えば7歳ほどの身長。顔は凶悪であり、赤子が見ようものなら大泣きするであろう魔物は、片手に小さな棍棒を持っている。


 今回は運良く後ろを取れた。ルーダは息を潜めながら、ゴブリンの隙を伺う。


 少しの間尾行していると、ゴブリンはその場に座り込んで何か木の実を取り始めた。


 その手に握られていた棍棒は地面に転がされ、今斬りかかれば容易く息の根を止められるだろう。


「ふっ!!」


 ルーダは草むらから飛び出すと、ゴブリンが反応する前にその首に狙いを付けて剣を振るう。


 お下がりでありながらも、しっかりと手入れされていた剣の斬れ味は絶大であり抵抗感無く剣は首を落した。


「父さんとの稽古は役に立ったな。ステータスだけじゃ測れない技量ってやつか?」


 ルーダはそう呟くと、討伐部位である右耳と魔石を手早く回収した。冒険者ギルドで売れば、少しの足しにはなるだろう。


 それでも小銭稼ぎにかならない程度のものだが。


「さて、レベルは上がったかな?」


 魔物を倒せば経験値が入る。その経験値が一定以上に達するとレベルが上がるのだ。


 レベルが上がればステータスは上がりさらに強くなる。もちろん、レベルが上がる事に要求される経験値の量は多くなるが、レベル1であるルーダはゴブリン一匹倒しただけでもレベルが上がるはずだった。


 そして、ステータスを見ればレベルが上がっている。


 ルーダは、森の中に居るということも忘れて素直に喜んだ。


「やった!!レベルが上がってる!!........アレ?ステータスが上がってない?」


 喜んだのも束の間、ルーダは、自身のステータスが上がっていない事に気づき疑問を持つ。


 よくよく見れば、ステータスの下の方に“ポイント10”と言う表記があった。


「何だこれ」


 ルーダは恐る恐る“ポイント10”に触れる。


 すると、“ポイントを割り振りますか?”と言う表記が出てきた。その下には“はい”と“いいえ”の選択肢があり、“はい”を選択する。


「凄っ」


 ステータス画面は切り替わり、ステータスの下にスキルが幾つも表示された。


 下にスクロールしてもしても終わりが見えない。ルーダが知らないスキルも数多くあり、その全てが半透明になっていた。


 試しに有名なスキルである“ファイヤーボール”を押してみる。すると“ポイントを5消費してスキル“ファイヤーボール”を取得しますか?”と表示された。


「まさか、“はい”を押せばスキルを取得できるのか?」


 スキルとは本来、恩寵を受け取った際に発現するか、弛まぬ鍛錬の末に取得するものだ。決してレベルが高ひとつ上がっただけで取得できるものでは無い。


 震える手で“はい”を押してみれば、ポイントが5消費されてステータスのスキル欄に【ファイヤーボールLv1】の表記が映し出される。


 そして、彼の脳裏にスキルの使い方が焼き付けられた。


「は、ははっ!!マジかよ!!魔法攻撃系のスキルを取得出来たぞ!!」


 あまりの簡単さに、思わず笑いが漏れる。


 その後、色々と試して分かった。この“ポイント”はステータスを上げるのにも使用可能であり、1消費すると選んだステータスが一つ上がる。


 これは、なりたい自分になれる事を示していた。


 ルーダはとりあえず【ファイヤーボールLv1】を使うために“魔力”のステータスに全てつぎ込む。


「これも【一万歩の旅路】の恩寵のお陰か?だとしたら最高だな」


 テンションが上がっていたからだろう。彼は気づかなかった。視界の端に捉える数が2000を下回っていた事に。


 それからもう二体のゴブリンを討伐し、再び上がったレベルステータスとスキルにポイントを振り分けて更なる獲物を探していた時だ。


「──え?」


 視界は歪み、森の中に立っていたはずのルーダは見覚えのない場所へと立たされていた。


 薄暗いながらも青く輝く地下洞窟は、目の前にある湖を幻想的に照らしている。


 一瞬目が奪われたが、それよりも今何が起きているのかを理解するのが先決だった。


 とは言え、思い当たる節は1つしかない。


「まさか、一万が0になったからか?」


 視界の端に映る一万という数字は、いつの間にか0になっていた。一万歩歩いたのだ。まだ日は高く、家に帰るには早すぎた時間だったが、慣れない森の散策と尾行で歩数を使い切ったのだ。


 ルーダは自分の体に何も異常がないことを確認すると、目の前に映る湖に向かって歩き始める。


 0を示していた歩数計は、それ以上下がることはなくただじっとルーダを見つめていた。


「ほう。今回は随分と可愛い子供が来たな。酒の1つでも持ってくるのが礼儀だと思うが、まぁ子供に要求するのも酷な話か」


 湖の縁に辿り着いたその時、洞窟内に低く重い声が響き渡る。


 そして、ルーダは震え上がった。


 声だけで分かる格の違い。今の自分では、どう足掻いても勝ち目がないという事に足が震える。


 湖から体を出した魚人の姿をした人物はルーダを人目見た後、興味を無くしたのか大きく欠伸をした。


「ふ、【ファイヤーボールLv1】!!」


 恐怖に支配されたルーダは、先程手に入れたスキルである“ファイヤーボール”を魔力が許す限り放つ。


 相手が興味を失ったのであれば、大人しく逃げればよかったにも関わらず死の恐怖に錯乱した彼は判断を誤った。


「おっと」


 容易く避けられた攻撃。魚人の男は、反射的に腕を振るった。


 放たれるは水の斬撃。ルーダは、この日の事を一生忘れないだろう。


 コマ送りのようにゆっくりと迫る水の斬撃を彼は躱す事無く、その身体を防具ごと真っ二つに切り裂かれる。


 赤く飛び散る鮮血。薄れゆく視界の先で捉えたのは、別れた自分の身体。


 こうして、ルーダは死んだのだ。



【ファイヤーボールLv1】消費魔力5。消費ポイント5。魔法攻撃系スキルであり、魔力の籠った手のひらサイズの炎を打ち出す。威力は、知力と器用を参照。

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