楽しみの序章

 五人の愚者への裁判は意外とすんなりと終わった。


 もっと騒ぎ立て、場会によっては戦闘になる事すらも想定していた俺からすれば拍子抜けもいい所である。


 とはいえ、顔が真っ青になったり、真っ赤になったりとコロコロと顔色を変えるその姿は中々に見物だった。


 特に最後部屋を出ていく時の顔は、俺が望んでいたものに近い。


 中国の秘技とまで言われた変面のもびっくりな速度で変わる顔色は、俺達の復讐心をひとまず落ち着けるまでに至った。


 もし、これを狙ってやっているのならかなりの策士だろう。


 そんな訳ないが。


 「ざまぁないな。もう少し暴れるかとは思ったが」

 「そうだねぇ。多分クルリを混ぜられた酒のせいで頭が全く回ってなかったと思うよ?何とか噛み付いていたけど、元々無い頭をが更に使えなくなるからしょうがないね」

 「顔の色が面白い程変わっていたの。青くなったと思ったら真っ赤になって、今度は白くなったと思ったら頬だけ赤くなったりしてたの」


 俺達は部屋の隅、日差しの加減により影になっている場所でのんびりと裁判の経過を見守っていた。


 この場にいる人には正体がバレているため、特等席で見てもいいと言われたのだが、こういうのはひっそりと見ていた方が楽しい。


 それと、体格で俺とバレるのは不味いと言うのもあった。


 殺したはずの人間が生きているシチュエーションはよくあるが、ネタばらしはタイミングが重要だ。


 今ここでネタばらしても、大した面白みは無い。


 やはり、戦場で再会し後、圧倒的実力差に絶望してもらう方が楽しいだろう。


 「それにしても、龍二が凄く楽しそうだったね。途中から笑いを堪えるのに必死みたいだったけど」

 「部屋を出ていったのは、笑いがこらえきれないと思ったからだろうな。今頃腹を抱えて笑ってるんじゃないか?」


 俺の暗殺計画に加担した龍二は、予想通りバカ五人の標的となった。


 しかし、証拠は無く、信頼も信用もない彼らの言葉を誰一人として信じることは無い。


 何より、ここにいる全員は大まかな経緯を知っているのだ。今更龍二が俺を殺したなどと言われても“知ってるけど?”で済んでしまう。


 そして、標的とされた龍二はこれでもかと言うほど楽しそうに煽り散らしていた。


 そりゃもう心の底から楽しそうに煽る龍二は、多分この世界に来て1番輝いた表情をしていたことだろう。


 「龍二もな、結構怒ってたんだよ。酒を飲んでると、よくお前達の話をしていた。俺を置いてくとは何事だってな」

 「なんだアイリス団長。急に惚気を聞かされても困るぞ?」

 「惚気じゃないわ。軽く嫉妬したぞ?私と飲んでるのに、他の奴の話ばかりするんだからな。まぁ、リュウジもアイツらを憎んでいたのだらうさ。数少ない友人と離れなきゃ行けなくなった原因だからな」

 「乙女かよ。友人と離れただけでノイローゼになるほどヤワな精神してるとは思えないがなぁ」

 「ノイローゼって程ではないぞ........仮にも私がいるんだからな。その点で言えば、シュナ方が危うい。お前達が消えてからは、楽しそうに笑うことが少なくなった。出来れば、彼女にだけは正体を明かしてやってくれないか?」

 「やっぱ惚気じゃねぇか」


 友人の惚気を聞かされる日が来るとは思わなかった。前の世界にいれば、いつかは聞くことになったであろう惚気だが、こうして聞かされると少しイラッとするところがある。


 アレだけ女にモテる野郎なんて、どこかのクズ男ムーブをかまして後ろから刺されればいいんだよ。もちろん、ガラケーのメールに“さよなら”の一言を添えて。


 「多分、龍二も同じ気持ちだったと思うよ?私たちの惚気話聞いている時は顔が死んでたし」

 「あーじゃ、お互い様か。それと、サラッと心を読むな」

 「顔に書いてあったからよ。イスでも分かるレベルで」

 「イラッとするなーって顔に書いてあったの」


 マジか。イスでも分かるほど顔に出ていたのか。


 ポーカーフェイスは騙しの基本と教わってきたのに、その基本を怠るとは不覚。


 俺は気合いを入れ直すかのようにキリッとした表情を作ると、アイリス団長が言っていた黒百合さんの話に戻る。


 「んで、黒百合さんがノイローゼなのか?」

 「ノイローゼという程ではないとは思うが........精神的に怪しい立ち位置なのは間違いない。もし、あの5人がお前を殺したと言うことを知れば、間違いなく殺しに来るだろう。しかも、私達はあの御方を止めることは出来ない。彼女は天使様、それもその統括にあたる大天使様の1人だ。本人が普通に接してくれと言っているからその通りにしているが、本来我々イージス教の教えを守る者としては膝を付いて頭を垂れる存在だからな。天使様達の命令は絶対。もしも、その場を退けと言われれば、我々は間違いなくその場を退くだろう」

 「そりゃ不味い。こうして動き始めたからには、どこからか情報が漏れるものだ。下手をすれば、戦争そのものがおじゃんになるぞ」

 「そうだ。教皇様もそれを懸念している。今までは隠蔽できていたが、それが今後も続くとは限らんからな」

 

 そう考えると、今まで隠蔽し続けれた事は幸運だな。人の口にとは立てられないのだ。


 どこからか情報が漏れ、黒百合さんや光司の耳に入る可能性は十分にあっただろう。


 しかし、最近の黒百合さんの報告を見るに不審な点が多くなっているんだよな。


 特に、監視をしていた子供達が何度か見失う事態に陥っていたりする。


 直接影には入れていないので、仕方がないと言えば仕方がないのだが、見失う時間が多くなっているのだ。


 「そういえば、光司は何してんだ?この街にはいないようだが........」

 「コウジは聖女様の護衛として各地を訪問している。戦争が始まる前には帰ってくるだろうな」

 「へぇ、聖女とは仲良くやってんのか?」

 「私に聞くな。本人に聞け。噂ではかなり仲がいいらしいが、それが政治的なのか本心なのかは本人にしか分かるまい」


 それ、本心ですよ。


 とはさすがに言えないので俺は“今度会ったら聞いてみるさ”とだけ答えておく。


 もちろん、光司が聖女と仲良くしているのは知っているし、各地を回っていることも知っている。


 しかし、会話で黒百合さんが出てきた以上は不信感を持たれないように光司のことも聞くべきだった。


 知っていることを知らないフリするのは、意外と骨が折れる。


 ボロって意外と簡単に出るものだからな。気をつけないと。


 俺がそう思っていると、花音が俺の服の裾を掴んで軽く引っ張った。


 「ねェ、仁。朱那ちゃんに会いに行こうよ。下手して計画を潰されたも困るしさ」

 「そうだな。黒百合さんには短い間だが世話になったし、顔ぐらいは見せておくか。暴食の魔王の時とは状況も違うしな」


 俺はそう言うと、既に人がいなくなりつつある部屋を出ていく。


 あぁ、でもその前に牢にぶち込まれた奴の様子はみたいな。


 「アイリス団長。牢まで案内できるか?」

 「ん?あぁ、いい趣味してるじゃないか。ついでだ龍二も連れていこう」


 アイリス団長はそう言うと、俺達を連れて牢へと案内するのだった。

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