地下牢の一幕

 目を覚ませば、冷たく硬い石畳に打ち付けられた身体が小さく悲鳴を上げる。


 戦争の火種として生かされた愚者達は、己の置かれた状況に気づくことは無い。


 「クソが!!この世界を救った勇者に対して、なんてことをしやがる!!」


 痛む身体を無理やり起こし、既に縄から解放された腕を振り上げて壁を撃つ。


 反動として拳に返ってきた痛みに少し顔を歪めたが、それよりも怒りの方が大きかった。


 「ま、不味いんじゃないか?このままだと俺達殺させるんじゃ........」

 「嫌だ!!死にたくない!!」


 怒り狂う愚者の一人を見つめながらも、色欲に溺れていた彼らは迫り来る“死”の恐怖に身体を震わせる。


 元々死の危険に晒さられるような環境で育つことはなく、この世界に来てからも尚死という恐怖に晒されなかった彼らは、背筋を撫で首筋に鎌が当てられる感覚に慣れていなかった。


 そして、襲われた恐怖は彼らの平常心を奪い、混乱を招く。


 「だ、だから言ったんだ!!僕は反対したんだぞ?!」

 「何言ってんだ!!てめぇは何も言ってなかったじゃないか!!馬鹿なんだから話すんじゃねぇよ!!」

 「うるせぇ!!今は、どうするかを考えないと行けないだろうが!!」


 声が反響する地下牢でギャーギャーと喚く3人を見ながら、以外にも落ち着きを払っている2人は静かに話す。


 「本当はな。何時かこうなるんじゃないかと思っていたんだ。彼の........仁君の墓を作ってもその償いはできないよ。俺は所詮、平和な日本と言う鳥籠の中でしか生きられない小鳥だったのさ」

 「先程、教皇相手に吠えた奴のセリフとは思えんな。冥界への道を切り開くのではなかったのか?」

 「それは死んでからでもできるだろう?最初こそ楽しかったんだが、死の亡霊がずっと俺に付きまとうのさ。呪いなんてちゃちなもんじゃない。殺したという罪悪感から来る呪縛さ。背に十字架を背負っても尚、背負いきれない人の業だ。俺には重すぎた」

 「........その十字架を我も背負ったとしても、貴殿と一緒に押しつぶされるのだろうな」

 「化けの皮が剥がれたのさ。君のように大胆に生きれれば違うんだろうけどな。俺はどこまで行っても己の世界に引きこもるだけの小悪党以下さ。こうして死ぬのも悪くないと思い始めてる」


 普段とは違う口調でゆっくりと語る彼は、死の前に女神へと深く懺悔する信徒にも見える。


 落ち着きを払いつつも恐怖に震えたその声は、彼を親友以上に思っている自称神に深く刻まれた。


 異物として生きてきた孤独な彼に、純粋な心を持って近づいてきた一人の少年。


 もう、何年も前の話だ。


 たった一言“お前面白いな!!俺と一緒に世界の深淵を覗きに行かないか?”その一言が彼を孤独から孤高に引き上げてくれたとは、目の前の男は思っていないだろう。


 だからこそ、彼は彼であり続け、その手を取る事に疑問は持たない。


 親友以上の特別な感情が芽生えていようと、昔から変わらないものだってあるのだ。


 「........逃げるか?」

 「出来れば生きたいな。こうして死ぬのも悪くないと思う反面、逃げ延びて世界の深淵を覗きたいとも思っている。十字架に潰れる前に、世界の深淵は覗きたい」

 「ふふふふふ!!あはははは!!そうだな。お前はそういうやつだ。ならば行こう。我らが世界の深淵を覗きにな」

 「そうだな。そのためには先ず、この状況を何とかしなければならない」


 声が反響する地下牢には、彼ら以外の人の気配がない。


 多少派手に牢を壊しても問題はないだろう。しかし、その堅牢を壊せるかどうかは別である。


 「魔法が使えれば、問題なかったのだがな........」

 「この腕輪か。これを何とかしない限り、俺達はこの牢屋から出ることは出来ない」


 装着された白と緑の腕輪は、装着した相手の魔力に干渉して魔法奴異能を使わせないようにすることができる魔道具だ。


 熟練した魔力操作を持つ者にはさほど効果が無いものの、この3年間ろくに修行をしてこなかった彼らには絶大な枷となる。


 何とか外そうと腕を捻ったり、地面に叩きつけたりもしてみたが、うんともすんとも言わないとなればどうしたものかと首を傾げるしか無かった。


 「テメッ!!調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」

 「そりゃこっちのセリフだ!!このブスが!!ナルシストが許されんのはイケメンだけなんだよ!!」

 「俺がブスだと?!もっぺん言ってみやがれ!!殺してやる!!」

 「何度でも言ってやるさ!!ブースブスブース!!寄るな触るなブスが移る!!」

 「ブースブース!!ええっと........ブースブース!!」

 「上等だゴラァ!!ぶっ殺してやる!!」


 2人が頭を悩ませている傍らで、3人の口論はヒートアップしていき、遂には沸点を超えて殴り合いにへと発展する。


 魔力を封じられたことにより、己の肉体のみで殴り合うしかないのは不幸中の幸いなのか。魔法を使えたのならば、間違いなく死人が出ていただろう。


 「オラッ!!死ね!!」

 「死ぬのはてめぇだボケ!!その不細工な顔面を整形してやるよ!!」

 「死ね!!死ね!!」


 殴り合いの乱闘が始まってしまったのを見て、流石に不味いと2人は止めに入る。


 たが、激昂した人間というのは中々冷静になることは出来ない。


 何とか羽交い締めにしようとするも、かなりの力で振りほどかれては殴り合いを続けていた。


 次第に拳に血が付着し、1歩間違えれば大怪我を追う寸前。その手を止める者が現れた。


 「おいおい、首撥ねられる前に殺し合おうってか?中々気合い入ってんな」

 「気合いが入ってるんじゃなくて、脳みそが入ってないんだよ。コイツら馬鹿の一言で表せないぐらい馬鹿なんだから」


 ふらりと現れたのは、喧嘩を面白そうに見つめる褐色肌の聖騎士と同郷の裏切り者だった。


 もちろん、彼らは裏切り者を認識した瞬間に噛み付く。


 「龍二ィ!!てめぇ俺達を売ったな?!」

 「売った?誰が?何を?」

 「とぼけてんじゃねぇぞ!!てめぇが計画したんだろうが!!」

 「何の話だか分かんねぇな?........そんな人を殺しそうな目で見るなよ。あ、仁を殺したんだったな。2人目は俺ってか?勘弁して欲しいぜ」


 やれやれと言わんばかりに首を横に振る同郷を見て、怒りの矛先はその同郷に向かう。


 「殺す!!絶対に殺してやるからな!!」

 「お前が最も絶望する方法で殺してやる........!!」

 「ハイハイ、すごいすごい。人を殺せて偉いでちゅねー。でも、檻の中からだと動物園にしか見えないな。ネームプレートでも引っ提げたらどうだ?きっと人語を話す猿として人気が出ると思うぜ?」

 「くぁwせdrftgyふじこlp;@:!!@g-#j-%-xk_・-/c+/k9/j[/)!!」

 「アッハッハッハッハッ!!なんて言ってるのか分かんねぇよ!!これじゃ本当に猿以下だな!!」

 「これは少し笑えるな。少し動物園とやらに興味が湧いたぞ」


 同郷は盛大に笑い、聖騎士は珍しいものを見る目で見つめる。


 そして、彼らが何かをまた吠える前にその部屋を後にした。


 その影で、2人の人間が笑いを堪えながら怒り狂う愚者を見ていたということには気づかない。

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