世界の全てが動く時
その日も彼らは酒と女に溺れていた。
一度も戦場という物を味わったことも無い英雄気取りの愚者は、己がいかに素晴らしいかを騙っている。
その姿は、あからさまな詐欺師よりも滑稽に見えた。
「ギャハハ!!この酒うめぇな!!どこの酒だ?」
「神聖皇国南部で作られた葡萄酒でございます。特殊な製法で作られているため甘みが多く、それでありながら酒としての飲み越しを維持しているそうです。南部で消費されてしまうため、滅多にこちらには流れてこない品物なのですよ」
「お、本当だ。こりゃ美味いな。こんな可愛いメイドさんにお酌してもらえるのもあって、美味さが倍増だ。どうだい?この後、俺といいことしないか?」
「........美味い」
「ふむ。確かに美味いな。神である我にふさわしい酒だ」
「んー俺としてはもう少し酒が強い方がいいかも」
運ばれてきた葡萄酒に舌鼓を打ちながら、肉欲に溺れた3人はメイドを見つめる。
三つ編みした長く揺れる金髪は、豊作の麦畑よりも金色に光り輝き、その目は快晴の空よりも蒼く、奥に光る暗い闇は深淵へと誘われている気分になる。
普段、相手をしてくれる娼婦よりは見た目が劣るものの、大聖堂内では滅多に見ないメイドに彼らは心躍らせた。
残る2人は、純粋に酒の味を楽しみつつ、この後どうしようかと話し合う。
若干距離が近いのはこの3年間でさらなる友好が深まった為か、それとも別の感情が芽生えてしまったのか。
ゲスな視線を送る3人に、メイドは不快感を覚えつつ目配せでその場にいた娼婦達にはこの葡萄酒を飲まないように指示を出す。
「ギャハハ。なぁ、メイドさん。俺たちと仲良くしないかぁ?気持ちよくしてやるよ」
「申し訳ありません勇者様。私はまだほかの業務があるので、これにて失礼致します」
本職程では無いものの鮮やかに頭を下げてみせるが、己を世界の救世主と驕った彼らはメイドの事情など考えていない。
「そんな事言うなよ。仕事なんざ俺達と遊ぶよりも下に来るものだろ?もし怒られたら俺達が擁護してやるからさ。これでも世界を救った勇者様だぜ?誰も文句はいえねぇよ」
「........」
彼らはそう言うと、メイドを逃さないように手を伸ばす。
しかし、その手はメイドの身体を掴む前に地面へと向けられた。
「──────────え?」
膝から力が抜け、崩れ落ちた体は床へと落ちていく。
膝だけではない。全身の力が抜けると同時に、瞼が重くのしかかる。
「優太!!──────────っ!!」
急に崩れ落ちた友人を見て、慌てて立ち上がろうとするも、彼らも同じように床へと落ちる。
「薬が効き始めましたか。では、皆様良い旅路を」
彼らが最後に見たのは、醜く口の歪んだメイドの笑い顔だった。
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彼らが目が覚めると、そこはどこか見覚えのある風景だった。
日に照らさてれ輝く白を基調とした女神像。両手を胸の前で組み、顔はローブで隠れている。唯一見える口元は優しく微笑んでいるが、今の彼らにはその微笑みが歪められて映っていたことだろう。
「これより、女神イージス様の名のもとに断罪裁判を始める。罪人達を前に」
何が起こったのか理解するよりも早く、正装である祭服に身を包んだ教皇は愚者の断罪を始める。
既に事情を知るもの達は集められており、愚者が地獄の果てに堕ちるその様を今か今かと待ちわびる。
教皇が驚きだったのは、普段全くと言っていいほど言うことを聞かない“禁忌”ロムスですらもこの催しには参加した事だろうか。
普段もこのぐらい素直ならば楽なのにとは思うが、元々そういう契約なので文句は言わない。心の中で留めておく。
「異世界の人間、タケル、ユウタ、シュウイチ、シズル、カミナリ以下5名を勇者殺害の罪に問う。異議は?」
「「「「「なし」」」」」
何が起こっているのか分からない。そう言いたげな表情をする愚者の5人は、ただ呆然と裁判という名の茶番を眺める。
身体を縄によって縛られている為まともに動く事はできないが、声を出すことは出来る。しかし、脳が動いていない状況では言葉を覚えていない赤子同然だ。
「よろしい。勇者とはこの世界の救世主であり、その希望の一筋を潰えさせた罪は重い。よって、5名は晒し首とする。異議は?」
「「「「「「なし」」」」」」
ここでようやく能が本来の昨日を取り戻し、何が起こっているかを大まかに把握した5人は顔を青くした。
バレたのだ。
自分達が東雲仁と言う男を殺した事が。
しかも、相手はこの国の最高権力者である教皇だ。
それだけではない。パッと見で如何にも偉そうな服装をした人物がちらほらいる。
行政が司法を行うという、三権分立など知ったことかと言わんばかりの裁判。
どれだけ愚かで救いようがなくとも、今の状況がどれ程不味いのかは分かる。否、分かってしまう。
何とか酒によって上手く回らない頭を回して、現状を打破せんと妙案を考える。
裁判において、求められるものは何か?
証拠だ。証拠がなければ、裁けるものも捌けまい。
そう考えた愚者の1人である武田優太は、起死回生の一撃とばかりに叫ぶ。
「しょ、証拠がないじゃないか!!そんな言いがかりをつけられても困るぞ!!」
「そ、そうだ!!俺達は何もしていない!!」
「そうだそうだ!!」
「我が愚民を態々殺すわけないだろ!! 」
「闇に染められたとしても、暗黒面に落ちることは無い!!」
その一言に一筋の光明を見た4人も、次々に彼の言葉に賛同する。
しかし、彼らは気づいていない。ここは日本ではなく神聖皇国。日本以上に権力者は強く、その最高位ともなれば証拠があろうがなかろうが捌けてしまうのだ。
真っ白な紙に黒のインクを掛け、犯罪者として仕立て上げる事など朝飯前であり、このような場を設けている時点で彼らに救いはない。
とはいえだ。
逃げ道を一つ一つ潰して絶望した顔を見たいと言う要望により、丁寧に対応をしてやることになる。
教皇としても、無駄に税を使わせてきた愚者の絶望した顔は見たかった。
「証拠。これのことか?」
教皇が1人の司教に合図を送ると、映像を記録できる魔道具が動き始める。
そこに映し出されたのは、一人の男に魔法を打ち出して殺さんとする愚者の5人。
数秒まで水を得た魚のように騒ぎ立てていた5人が、水を抜かれ、死んだ魚のようにピクリとも動かなくなった。
往生際が悪かったり、防犯カメラの様なものが日本になければ“これは俺達を嵌めようと誰かが作ったものだ!!”と言えただろう。
だが、映像を記録できる魔道具に何ら疑いを持つことが出来なかった5人は静かに映し出された映像を眺めるだけだった。
「これが証拠だ。さてはて、これを見る限りこの魔法を打ち出す者は貴様らに見えるのだがな?」
誰も何も答えない。
もっとゴネると想定したいた教皇は、少し楽しくないと思いつつも黙りこくった5名の罪人を牢に叩き込むように指示を出した。
無理やり立ち上がらされ、人を扱うとは思えぬ雑さで蹴り飛ばされながら連行される。
そして、視界の端で捉えた。
この暗殺計画に加担した最後の一人の姿を。
「龍二!!お前も加担しただろうが!!」
なぜ自分達だけ捕まって彼は捕まっていないのか。それを考えるよりも早く言葉が出ていた。
「さぁ?何の話だ?」
平然とする龍二にイラつきを覚えつつ、教皇に聞こえるように声を荒らげる。
「お前も仁を殺す計画に加担したじゃないか!!お前も同罪だろ!!」
「知らんなぁ。お前らみたいなクズと一緒にしないでくれよ」
「んなっ!!ふざけんなよ!!お前!!」
「そんなに言うならさ。証拠出せよ証拠。さっきお前らが言ってただろ?証拠を出せって。俺が仁を殺す計画に加担したって言う証拠を出してくれない?」
ニヤニヤと人を小馬鹿にしたような顔で証拠を求める龍二。
ここで証拠を提示出来ればまた流れは違ったかもしれないが、我が身一つだけの状態で証拠を出せるわけも無い。それに、録音なども何一つしていなかった彼らにそもそも提示できる証拠はない。
それが分かっている上で、龍二は心の底から楽しそうに煽った。
「しょーこ出してよしょーこ。もしかして出せないの?おいおい勘弁してくれよ、そんな言いがかりつけられても困るぞ?なんだっけ........あぁそうだ。闇に染められたとしても、暗黒面に落ちることは無い。んで、しょーこは?」
「い、今は無い」
「ふーん。もういいや」
龍二はそれだけ言うと、興味が無くなったのか部屋を出ていく。
実際は笑いが堪えられそうになくて急いで出ていったのだが、彼らがそれを知る由もない。
「学友との別れの話は終わったか?なら連れて行け」
再び引き摺られるように運ばれる彼らは、最後の最後まで騒ぎ立てていた。
「俺は勇者だぞ!!こんなことしていいと思っているのか?!」
「いでぇ!!離せ!!俺達は勇者なんだぞ!!」
「........っ!!」
「神の生まれ変わりと言われるこの我を引き摺るとは何たる不敬!!今すぐ縄を解け!!今ならば慈悲深い我は許してやるぞ!!」
「........」
次第に声は遠く消えていき、彼らは大聖堂の地下牢に叩き込まれるのだった。
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深く沈む影は、世界の行く末を見つめる。
「お、動いたようだね。なら、こちらも動くか」
「準備は万端です。行きますか。彼女も上手くやってくれましたね」
5人の愚者が死神に肩を掴まれたその日。
世界の全ては動き始めた。
復讐の序章が始まるまでに300話以上かかるアホ。反省も後悔もしてはいないが、長すぎるだろ..........
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