決定
トントンと優しく肩を叩くと、疲れきった顔をした教皇の爺さんはビクッと全身を跳ね上げて素早く後ろを振り向く。
銃声に驚いた兎ですらもう少し穏やかに驚くであろうその様子は、3年前の記憶で止まっている俺たちからすれば中々に新鮮なものだった。
「........誰じゃ」
疲労が溜まりすぎて頭が回っていない教皇は、俺たちの姿を見ても誰だか分かっていないようだった。
仕方が無いので、仮面を外して軽く頭を下げる。
今、この部屋には教皇と俺達しかいないので、素顔を晒しても問題ないだろうとの判断だ。
表にいる護衛兵は夢の中で気持ちよくなっているだろうしな。
「お久しぶりです、教皇陛下。いや、教皇の爺さんと言った方がいいか?」
教皇の爺さんは、暫く俺の顔を見て固まり、数秒後に何かを思い出したかのように目を見開いた。
「お主、ジン殿か」
「おぉ、ちゃんと覚えていたとは驚きだ。最初“誰じゃ?”と聞かれた時は遂にボケが始まったのかと思ったよ」
「仮にも一国の王にそんな口を聞ける辺り、ジン殿も変わっていないようだな。そのふてぶてしさは、この地位についてから中々見れるものでは無い」
教皇の爺さんは、俺達の正体が分かると、目に見えてホッとしながら立ち上がりかけていた椅子に座り直す。
指摘はしないが、僅かに殺気が漏れていたのを見るに俺達を暗殺者とでも勘違いしたのだろう。
暗殺者するなら肩なんぞ叩かずに縊り殺してるっての。
昔は軍人でかなりの手練だったらしい教皇だが、どうしても老いという時間の流れには逆らうことは出来ない。
それでも、盛れ出していた殺気から見るにそれなりの強さはあるみたいだが。
ある程度の暗殺者ならば返り討ちに出来そう。
俺はどこか嬉しそうな教皇の爺さんを見ながら、軽く肩を竦めた。
「そりゃどうも。褒め言葉として受け取っておくよ」
「全く........それで?大聖堂に不法侵入してきて何の用だ?」
「何の用って決まってるだろ?そろそろ断罪の時が来たと思ってな。既に準備は終わってるんだろ?」
「一体どこからその情報を手に入れたのやら........」
教皇の爺さんはどこか芝居がかった仕草でやれやれと首を振ると、楽しそうに目を細めて笑う。
「喜べ。既に全ての手配は済ませてあるし、向こう方にも匿ってくれる連中がいるのでな」
「そりゃすごい。向こう方ってのは正教会国のことか?」
「いかにも。向こうとて一枚岩では無い。現体制を崩したいものなど腐るほどいるのでな。少し甘い汁を垂らせば寄ってたかってくる。光に集まる蛾よりも厄介で扱いやすいぞ?なんせ、考えが全て透けて見えるのだからな」
「流石は教皇様だ。手配が全て終わっているとは恐れ入る」
「ふはは、そうであろうそうであろう。相当内密に進めたからな。どこぞの小僧には漏れているようだが........」
もちろん、この話は俺も花音も知っている。
子供達が毎日山のように集めてくる報告書の中にこの情報も乗っていた。
どの国も一枚岩という訳にはならない。様々な思想を持つのが人間の美点であり欠点である。
己の欲のために他国と組んで国を破壊しようとするものもいれば、おのが国をさらにより良くするために奮闘する者もいる。
そして、その亀裂に1本の太い杭を打ち込もうものなら、岩は容易く崩れ去るのだ。
やはり、30年以上も神聖皇国の政敵や敵国を相手にしてきたトップはやることが容赦ない。
イージス教の“皆仲良くしましょうね”はどこへ行ったんだ?
「それで?決行日は?」
「いつでも構わん。少なくともお主らが来るまでは大人しくしておこうと思ったのでな。役者が揃った今、何時でも決行できるぞ」
それはいいな。いち早くアイツらには絶望を味わってもらいたいものだ。
子供達の報告によれば、毎日のように酒や食い物を怠惰に飲み食いしながら色んな女を抱いているそうだ。
俺には花音がいるため羨ましいとは正直思えないが、本人達が楽しそうにしているのがとにかく不愉快である。
さっさと絶望して、戦争に巻き込まれて合法的に地獄へ叩き落としてもらいたいものだ。
殺り方は既に決まっているし、あとはその時を待つのみである。
俺が少しワクワクしながらクズ共を殺す想像をしていると、教皇は話を続けた。
「で?どうする。これはジン殿カノン殿。君達の復讐劇だ。好きにするといい」
話の分かる爺さんだ。ここで勝手に日程を決めるのではなく、俺たちの機嫌を取るあたりちゃっかりしている。これほどにまで柔軟な思考と対応力があるから、この国のトップになれたのだろう。
「どうする花音」
「私はいつでもいいよ。既にやることはやったしね」
「“いつでもいい”が、1番困るんだけどな........」
「この前“夕飯何がいい?”って聞いて“なんでもいいよ”って答えた人がなんか言ってるね?」
「スゥー、やっぱりいつでもいいっていい言葉だよな!!」
思わぬ地雷を踏んでしまった俺は、すぐさま手のひらを返す。
花音の目がほんの僅かに笑ってなかったように見えたが、何も見てないナニモミテナイ。
そんな茶番をしつつ、俺は教皇の爺さんに日程を提案する。
「無難に三日後とかでどうだ?」
「ふむ。明日でも問題なかったが、まぁいいだろう。ジン殿にも顔を合わせたい者がいるだろうからな」
「流石爺さん。ところで、俺達今日泊まる宿がないんだけど........」
「人目につかないとなると........あそこだな。案内してやろう」
「後、この街にはいる時に監視を気絶させまくったから、何とかしておいて欲しいなー」
「待て待て。どうやってこの街に入った?」
「え?そりゃ城壁よじ登ったに決まってるじゃん」
「........」
口を大きく開けたまま固まった教皇の爺さんを見るのは、結構面白かったとだけ言っておこう。
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絶望の足音が大きくなっている事にも気づかない愚か者たちは、今日もその部屋を王城かのように占拠する。
酒の匂いが充満するその部屋では、怠惰の魔王にも劣らない怠惰な生活を送り続ける家畜以下の人間がいた。
「ギャハハ!!今日も俺の勝ちだな!!」
「やーん、勇者様ったら強すぎー」
「........」
「流石は勇者様〜!!私、惚れ直しちゃいました〜」
「ウェーイ!!君も可愛いねぇ」
「やっ!!勇者様のエッチー」
品のない笑い声とともに、両隣に女を侍らせた男はその肩を抱いて引き寄せる。
甘く上品な匂いは、この三年で太りに太った豚にはもったいないものだった。
そして、そんな豚を家畜を見るような目とまでは行かずとも軽蔑した目で見る者が2人。
「全く、見てられんな」
「
「全くだ。全知全能の神と言えども、その力を使わねば次第に劣る。全知全能だからこそ、力は使わねば劣るということを知っている」
昔こそ酒や女に溺れていた厨二病と純粋にヤベー奴だが、今では正気を取り戻して5人の中では割とまともな生活を送っていた。
酒もほどほど女もほどほど。最も、最近は女すらも抱かなくなったが。
この2人は遊ぶ時間以外は訓練をし始めていた。
理由は特にない。ただ、やらねばならない気がしたそれだけだ。
「明日は天界へと登る道でも伸ばしてみるか」
「いいね。俺は冥界へと至る道でも作ってみよう」
いささか親友にしては距離の近い2人と欲に溺れた3人が、絶望ど地獄を振りまく死神に肩を掴まれるまであと三日........彼らはその時どのような顔をするのだろうか。
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