人は単純なり
教皇が手配してくれた部屋は、かなり快適なものだった。
以前、俺達が勇者としてこの国にいた時に与えられた部屋も中々綺麗で快適だったが、今回はそれ以上である。
なんでも、非公式に来たお偉いさんなどに案内する部屋らしく、大聖堂では滅多に見ないメイドさんなんかも配置されていた。
口は固く、それでいて全てをそつなくこなせる万能メイドさんは、俺達の姿を見てほんの一瞬驚いた後、すぐさま自身の仕事を思い出したのかスカートの裾を持ち上げて頭を下げた。
「お話は教皇様から聞いております。ジン様、カノン様、イス様の御三方で間違いないでしょうか?」
「あぁ。三日程世話になる。あ、これが教皇の爺さんから貰ったやつね。これを見せればいいんだろ?」
俺は教皇から受けとった木札の魔道具をメイドに見せると、メイドさんはそれを受け取って何やらブツブツと唱えた。
少しすれば木札は青く発光し、メイドさんがもう一度何かを呟くと光は消える。
今ので何かの確認が終わったのだろう。メイドさんは再び頭を下げると、ほんの少し笑う。
この笑顔知ってるぞ。業務用の作り笑顔だ。
貼り付けたように笑う顔はどこか不気味であり、俺の勘が“このメイドには気をつけろ”と言っている。
立ち姿から見ても相当な実力者だとは思っていたが、俺の勘が“気をつけた方がいい”と感じるとはかなりのものだ。
「改めまして。私はルナと申します。基本は部屋の外におりますので、何かあればお呼びください」
「そりゃどうも。ところで、俺達の姿を見て驚いていたようだが........知ってるのか?」
「はて?なんのことでしょうか」
「俺達が、
これで真顔で“は?誰ですかそれ”とか言われたら恥ずかしいやつだが、恐らくこの反応は俺たちのことを知っている。
そして、俺の考えが正しければこのメイドはかなりの大物だ。
ルナと名乗ったメイドは、先程の貼り付けた笑顔とは違い綺麗な顔でニッコリと笑うと深く頷いた。
「それはもちろん存じております!!なんせ、私の友人の1人が助けられたようで、休みの日に会いに行くと毎回のようにその話をするのですよ。耳にタコができるぐらい聞かされて少々うんざりしていましたが........」
「へぇ、ちなみにどんな子なんだ?」
「友人の事ですか?」
「それ以外に誰がいるんだよ」
「青髪のショートヘアと緑の綺麗な目をした子です。身長は........カノン様よりも少し小さいぐらいでしょうか。記憶にございますか?」
「んー多分覚えてる。なんか、すっごいエールを送られた覚えがあるな」
俺の記憶には、確かにそんな女の子を助けた覚えがあった。
作り話で上手く誘導できるかと思ったが、これは厳しそうだな。
「それは良かったです。あの子も影の英雄と名高いお方に覚えられていて喜ぶでしょう」
「影の勇者様ってか?あはははは!!」
「あ、あははは。正しくその通りです。影の勇者様ですね。流石でございます」
「ところで
「
はい、引っかかった。
人とは案外単純なもので、思考を少しだけ鈍らせただけで簡単にボロが出る。
特に、訓練などを積んでいない人間にはそれが顕著に現れ、こんなにも簡単に自分の本名に反応してしまう。
ピキリと顔をが固まったルナ、もといルナールさんは、先程の上機嫌な笑顔から殺気を抑える笑顔に変わる。
「ルナールとはどなたでしょうか?私はルナです」
「いやいや、今更誤魔化せないから。どうせ教皇辺りにメイドとして変な事をしでかさないように見張っとけっていう言われたんだろ?不慣れさが出ているぞ?聖堂騎士団第四団長ルナール」
俺が役職まで言い当てると、流石に誤魔化せないと悟ったのか薄く目を細めこちらを見つめた。
金髪を三つ編みにした長く揺れる髪と、どこぞの執事がつけていそうな片眼鏡。その奥に見える蒼く光る目は明らかに人を射殺す目であった。
「そんな怖い顔するなよ。大方、俺達が暴走しても止められる監視を付けたかったんだろ?んで、大っぴらに騎士団をつけると息苦しいからメイド姿になった。違うか?」
「........どこで分かったのですか?」
「最初の貼り付けたような不気味な笑顔と、佇まいが明らかに素人じゃなかった。ついでに言えば、第四はそういうやり方をする事をあるって言うのを知っていたからかな?」
神聖皇国の顔とも言える聖堂騎士団には、それぞれの団事に特徴がある。
例えばジークフリードが団長を務める第一騎士団は、総じて化け物揃いだ。
基本なんでも出来るジークフリードに習って、第一騎士団は万能型の騎士が多い。
しかも、その全員が器用貧乏ではなく万能と呼ばれるまでにその力を持っているのだから流石としか言えないだろう。
適応力という点を見れば、間違いなく俺や花音よりも優秀だ。
第五騎士団は種族による統一。エルフが主体となる第五騎士団は、魔法色が強い。元々魔力を多く持っている彼らが魔法戦をすればかなりのものになる。
まぁ、第五騎士団はそれよりも同種族による仕事のしやすさに視点を置いている気もするが。
そして、第四騎士団の特徴は防衛、元い護衛能力に優れた者達が多く所属している。
団長であるルナールを始めとした第四騎士団は、要人警護には必ずと言っていいほど駆り出され、周囲の警戒に当たる。
おそらくだが、教皇の前で護衛していた兵士も第四騎士団だ。
ちなみに、アイリス団長率いる聖堂異能遊撃団は対人特化のエキスパートである。
あまりに能力が限定的すぎて使いづらかったり、範囲攻撃のため味方を巻き込むことが多いピーキーすぎる異能を持った者達が属しているのが聖堂異能遊撃団だ。
アイリス団長は対人、それもタイマンに限っては世界最強レベルだし、シンナス副団長は一対多においては滅茶苦茶強い。
「私達のやり方を知られていたとは........流石は影の英雄と言うべきですかね?」
「さぁ?それで?俺の予想はあってる?」
「大まかには。暴走して火種を消される可能性も否めないと教皇様に言われましたので」
「ここまで来て怨みを買うようなマネはしないんだがなぁ........まぁいいや。俺達の正体を知ってるなら話が早い。龍二達を呼んでもらえるか?アイリス団長とシンナス副団長も」
「かしこまりました。ご同胞はリュウジ様だけで宜しいでしょうか?」
「それでお願いする」
バレたのに、メイドとしての対応をするとかプロ意識高いなーと思いつつ、俺達は部屋にあるベッドに倒れ込む。
部屋を出ていったルナールさんの足音を聴きながら、俺はぼんやりと天井を眺めた。
「あと三日だな」
「ようやく暴れられるね」
「俺は第八の魔王にならないか不安で仕方がないよ」
「大丈夫だよ。何を失っても、私だけはずっとそばにいるからね」
「私のいるの!!」
元気よく胸に飛び込んできたイスの頭を撫でつつ、俺は龍二達が来るまでの間のんびりと過ごすのだった。
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