うなぎ登り

 神聖皇国にその知らせが届いたのは、全てが終わってからだった。


 「何?!ブルボン王国でスタンピードだと?!」


 久々の休暇にゆっくりとしていた教皇シュベル・ペテロは、その報告を聞いて慌てふためく。


 ブルボン王国は正教会国と神聖皇国の境界線とも言える国であり、最前戦となるこの国が落ちるようなことがあれば、今後の計画に支障が出るほどだった。


 そんな最重要と言っても過言ではない国に襲いかかったスタンピード。


 長年神聖皇国のトップとしてやってきたからわかるが、無傷でスタンピードを乗り越えるのは不可能である。


 久々の休暇だと言うのに、それを狙ったかのように湧いて降ってきた厄介事を教皇は忌々しく思いながらも何とか平静を保つ。


 ここは神聖皇国であってブルボン王国に行くには、どんなに早くとも二ヶ月以上かかる。


 今から援軍を出すのは無理だ。多少、神聖皇国からも騎士がブルボン王国内に入ってはいるが、スタンピードの被害をゼロにするのは無謀である。


 「........規模は?」


 教皇は、スタンピードの規模を聞いていなかった事を思い出し、報告に来た枢機卿フシコ・ラ・センデスルに視線を向ける。


 今日も忙しく働いており、どこか疲れた表情をするセンデスルは苦虫を噛み潰したような顔をしながら答えた。


 「分かりません。しかし、あの土地には地竜アースドラゴンの巣があります。もしかすると、何らかの要因で地竜アースドラゴンの巣から飛び出てきた者が暴れているのかも知れません」

 「........ブルボン王国に灰輝級ミスリル冒険者はいたか?」

 「確かいなかったはずです。白金級プラチナ冒険者が二名居るだけかと........」


 最上級魔物である地竜を倒すには、白金級冒険者が5~6人必要だと言われている。


 規格外の灰輝級冒険者ならばともかく、人の限界値に近いだけの白金級冒険者が2人だけでは最上級魔物を倒すことは厳しかった。


 教皇は盛大にため息をつき、天井を見上げながらセンデスルに問う。


 「今から援軍を出したとして間に合うと思うか?」

 「思っているのなら早急に引退することをオススメしますよ。例えジークフリード殿を派遣したとしても間に合いません」

 「まぁ、そうなるわな」


 スタンピードとは、気づいた時には時すでに遅しなのだ。


 その都市に強者がいなければすぐさま飲み込んでしまう魔物の波、それがスタンピードである。


 教皇としても無傷で乗り切って欲しいとは思うが、地竜が絡んでいる可能性が高いスタンピードを無事に乗り切れるとは思わない。


 そして、援軍も間に合わない。


 いくら地形を無視して空を飛べるからと言って、瞬間移動できる訳では無い。


 ブルボン王国で起きたスタンピードが神聖皇国に伝わるまでのラグも考えると、既にブルボン王国はスタンピードと交戦している可能性もあった。


 「今からでも遅くはないが........計画の大幅変更は余儀なくされそうだ」

 「下手をすればブルボン王国が戦争に参加出来なくなります。そうなれば、正教会国への橋頭堡が無くなるも同然です。あの国にはかなりの物資も移動させてありますし、が逃げる時の手引きもあります」

 「そうだ。このまま戦争を起こさないとなれば、全てが水の泡となる。場合によっては敵に回さなくてよかった者まで敵に回しかねん。もう遅いかもしれんが、空を飛べるジークフリードと、勇者殿達に頑張ってもらうしか無いだろうな」

 「天使様........シュナ様はどう致しますか?彼女はしばらく休暇が欲しいと言っておりましたが」

 「天使様。それも七大天使グレゴリウスに名を連ねるお方に我々が命令出来るわけないだろうに。魔王討伐に力を貸して頂いたのも、ご好意だぞ」

 「では休暇を?」

 「休暇もクソもあるか。我らは天使様のお言葉にただ頷くだけよ」


 天使は女神の使徒と言われている。女神イージスを信仰する神聖皇国において、否、イージス教を信仰する者にとって天使とは女神と同列に扱われても不思議ではない者なのだ。


 それが例え異世界から来たものであっても。


 「では天使様以外の勇者殿達に手伝ってもらいましょう。コウジ殿も魔物相手ならば嫌な顔はしませんしね」

 「そうだな」


 異世界に来て早三年。この世界の価値観になれたと言っても、まだ昔の価値観を引きずる事は多い。


 特に、平和ボケした日本にいた彼らは人を殺すことをあまり快く思っていなかった。


 それでも必要とあれば容赦なく殺せる辺り、この世界の価値観に順応していると言えるが。


 ブルボン王国に援軍を出すことが決まり、センデスルがその場を離れようとしたその時、扉が勢いよく開かれ神官の格好をした青年が息をきらしながら報告する。


 「き、教皇様!!」

 「どうした?」

 「ブルボン王国で起こったスタンピードですが、既に鎮圧されたそうです!!」

 「........ん????」


 思わず固まってしまう。


 つい先程までブルボン王国のスタンピードの対策を考えていたにもかかわらず、たった数分でその必要が無くなった。


 しかし、スタンピードとはそんなすぐに収まるものでは無い。


 規模にもよるが、少なくとも1時間以上はかかるだろう。


 数秒のフリーズを得た後、教皇はセンデスルの方に視線を向けた。


 「どういう事だ?」

 「私にも何が何だか........」


 戸惑っている2人を見た神官の青年は、何となく状況を察して補足を入れる。


 彼は空気の読める出来た男だった。


 「おそらく情報の行き違いか何か起こったのでしょう。そして、スタンピードが起きたという部分だけセンデスル様のお耳に入ったのかと........」

 「........可能性はありそうだな。後でそこら辺は詳しく調べておこう。それで?スタンピードが制圧されたというのは本当か?」

 「はい。ブルボン王国本土からの入電ですので、間違いないかと。話によればたった11人の傭兵団が魔物の大群を蹂躙したとの事です」

 「被害は?」

 「殆どありません。被害らしき被害は、エートの街のガラスが割れた程度らしく、人的被害は無し。それどころか、討伐した魔物のほとんどを残していったので、儲けたと言う話すらあるそうです」

 「........その傭兵団の名前は?」


 教皇の質問に、神官の青年は少し躊躇った後答える。


 「........揺レ動ク者グングニルと」


 再び静寂がその場を支配する。


 揺レ動ク者グングニルと言えば、この国では影の英雄として人気のある傭兵団だ。


 たった3人しか居ないが、誰もが恐れる魔王が暴れる中で人々を助け出し死者を減らしたその功績は人々が褒め称えるものである。


 「同じ名前の傭兵団だったりするか?」

 「可能性はありますが........」


 世界は広い。同じ名前を持つ者もいれば、同じ名前を持つ傭兵団の一つや二つはあるだろう。


 “狂戦士達バーサーカー”の様に有名な傭兵団ならともかく、神聖皇国のみに知られている傭兵団の名前ならば被っていてもおかしくなかった。


 しかし、その推測を青年は否定する。


 「それはないかと。聞いた話によると、あの特徴的な模様が入ったローブをしていたようで........」

 「姿まで似る........という事はないだろうな」

 「恐らく彼らでしょうね」

 「ということは、彼らは我々よりも早くスタンピードを察知して鎮圧に向かったのか。流石としか言いようがないな」

 「情報収集能力には驚かされますね。それに、戦争するにあたって地竜の巣は問題にもなっていました。彼らはそれも分かった上でやっていたかもしれませんね」

 「全く、大きな借りを作ったものだ」


 実際はスタンピードも仁達が起こしてしまっているのだが、教皇達がそれを知る由もない。


 よって、仁の評価はうなぎ登りになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る