頑張れ未来の俺

 それから、魔物たちが殲滅されたのは1時間後だった。


 前線で大暴れする三姉妹と獣人組は、時間が経つと共に連携が巧みになっている。


 とはいえ、後ろに魔物が流れてくるのでその対応は俺達がやった。


 基本はイスが凍らせては、おやつ代わりに死と霧の世界ヘルヘイムへと送られていたのだが、流れてきた地竜だけは譲って貰うことに。


 流石は鉄壁の甲羅を持つ竜と言われているだけあって、軽く殴ってもビクともしなかった。


 オーク程度なら弾け飛ぶ勢いだったんだけどなぁ........


 ちなみに、5割程の力で殴ったら甲羅が弾け飛ぶ前に衝撃で内部が破壊されてしまった。


 外装だけ強く、中身は貧弱なようだ。


 花音も地竜と戦いたいと言って飛び出して行ったが、鎖を使うことすらなく圧勝して帰ってきた。


 本人曰く“肉を気づ付けないように狩るのは面倒”らしい。


 「これで終わりだな」


 俺の視線の先には、運よく、否、運悪く最後まで生き残ったスコーピオン系の魔物が、三姉妹と獣人組にリンチされており、これが動物ならばどこぞの愛護団体がすっ飛んでくる事案になっていただろう。


 「ようやく終わったな。街の被害は窓ガラスが幾つか割れたぐらいか?」

 「そうだね。あと強いて言うなら街の外の地形が変わったぐらいかな?」


 荒野を見渡せば、カラッと乾いた荒野の面影がどこにも無い。


 赤や緑の血の海が乾燥した荒野を潤しており、血生臭い鉄の匂いが辺りを漂う。


 この匂いに釣られて魔物が来たりしないかと不安に思ったが、そんな魔物は既にいなかった。


 そして、花音の言う通りあちこち地形が変わってしまっているのがわかる。


 特に酷いのは、ラナーが吹き飛ばした辺りだろう。


 地形破壊のことを一切考えずに最大火力を発揮したその罠は、隕石が落下したかのようなクレーターを作り出している。


 しかも一つだけではなく、何十個ものクレーターがあるのだ。


 ここは月面か?


 更に、ラナーが地形を変えたことで、シルフォード達のタガが外れたのかかなり容赦ない魔法を使っていた。


 結局“精霊ノ灯火ガイスト・エグゼ”も使っていたし(火力は抑えていた)、トリスに至ってはなんかよく分からないバベルの塔らしきものまで建築してしまった。


 多分、ラナーを庇ったんだろうなとは思うが、庇い方というのがあるだろうに。


 今回のスタンピードは、どこぞのお気楽ドラゴンの気が緩んでいたことが原因だ。


 ファフニールにはキッチリとお仕置を受けてもらうが、ラナー達には軽く小言を言うぐらいで済ませてやるとしよう。


 獣人組は上手くやってくれたようで、殆ど地形を変えることなく魔物を殲滅してくれた。


 地形を変える程の火力を持った攻撃手段が無かっただけかもしれないが、俺の要望に1番近い形でこのスタンピードを収めてくれたことに代わりはない。


 頑張ってくれた三姉妹と獣人組には何か特別報酬を用意するべきだな。


 「イス、地竜はどのぐらい集まった?」

 「130ぐらいなの。これで今日は焼肉パーティ!!」


 残りの20は、思いっきりやりすぎて食べられなくなったりしたものか。


 流石に甲羅を食べようとするほどイスは悪食では無い。


 ........いや、ゴブリンとか蠍とかをおやつ呼ばわりして食べる子供は悪食だな。


 今、イスの異能の中には多くの魔物の死体が入っている事だろう。


 かなり手当たり次第に魔物を凍結した世界へと招いていた筈だ。


 さて、地竜の肉を食べれることに喜ぶ我が子の頭を撫でながら、俺はこの後どうしようかと悩む。


 スタンピードは片付けたし、街にほぼ被害を出すことなくこの一件を終えたのだが、問題はそこではない。


 今も視線を感じるが、今の俺達は絶望的なスタンピードの中颯爽と現れて全てを解決した英雄だ。


 かつて、神聖皇国で揺レ動ク者グングニルとして活動した時に向けられた視線と同じような視線を向けられているのが分かる。


 これが自然に起きたスタンピードなら、胸を張ることはできただろう。


 しかし、今回は仲間のファフニールが起こしたスタンピードを俺達が殲滅したのだ。


 これを世間一般でなんと言うか?そう、答えは“マッチポンプ”である。


 正直堂々と胸を張れるものでは無い。


 俺だって良心の一つや二つはあるのだ。


 マッチポンプ出英雄になろうとは思わないし、そもそも英雄になりたい訳でもない。


 どうしたものかと悩むが、このままグズグズしていると人が来てしまう。


 そうすれば、説明を求められるだろう。俺としてはあまり目立ちたくないし、お披露目はもっと先がいい(既に遅いとは思うが)。


 俺は色々と悩んだが、最終的にひとつの結論に達した。


 「よし、未来の俺に頑張ってもらうとしてここはさっさととんずらしよう」

 「最悪この国に寄り付かなきゃいいんだがら、逃げるのが無難なんじゃない?神聖皇国に話は通ると思うけど」

 「絶対爺さんに迷惑かけるやつじゃんそれ。計画が狂ったとかなるやつだよ。大丈夫だよね?戦争は起こるよね?」

 「そんなに焦らなくてもいいんじゃない?街に被害は出なかったし、国にも迷惑はかかってない。むしろ、大半の魔物の死体は置いていくんだがら、魔物の素材が手に入って喜ぶかもよ?」

 「あと片付けさせる事を良くもまぁ好意的解釈にねじ曲げれるな........」

 「いいんだよ。マッチポンプだろうがなんだろうが、向こうから見たら私達は街の滅びを止めた英雄なんだよ?使わない手はないよ」


 言っていることは理解できるが、どうしても申し訳なさの方が先に来てしまう。


 しかし、花音の言う通り向こうから見れば俺たちは英雄だ。


 ........考えるのが面倒になってきたな。さっきから堂々巡りになっている気がするし。


 「よし、さっさととんずらしよう、そうしよう」

 「........それさっきも言わなかった?」

 「言った気がするし、しなかった気もする。三姉妹達をさっさと呼んで逃げるぞ!!イス、お前が飛び立ってから冒険者たちを囲っている氷を解除していくれ。できるか?」

 「問題ないの。欲しい魔物は集めたし、ママは?」

 「私は欲しい魔物とかないからいいよ」


 花音はそう言うと、イスの異能に取り込まれていく。


 俺も続くように取り込まれ、少しすれば三姉妹達も死と霧の世界ヘルヘイムへとやってきた。


 「全員揃ったな。なら帰るとしようか」


 俺は全員が頷くのを見てから、イスに飛び立つようにお願いする。


 この世界からだと分からないが、イスは街を覆うほどの霧を発生させて竜へと変身して飛び立っただろう。


 明日辺り、ウロボロス連れてここら辺一帯を治してもらわないとな。


 俺はそう思いながら、頑張ってスタンピードを沈めた団員達を褒めるのだった。


 こうして、神聖皇国と正教会国がぶつかる前に起こったスタンピードは、被害をもたらすどころか利益をもたらして終わりを迎えた。


 その裏には、たった11人で1万の魔物に向かっていった英雄がいたのだが、誰もその名を知らない。

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