原始鳥:擬似不死鳥
大地を揺らし、砂埃を巻き上げ、死の足音を響かせる荒野。
スタンピードと呼ばれるその現象は、時として街を飲み込み国をも飲み込む。
そんな大災害と言っても過言ではない魔物の行進を前にしても尚、シルフォードは落ち着いていた。
緊張感はある。だが、負ける気がしない。
かつてダークエルフの集落にいた頃にこの光景を見れば、間違いなく足は震え逃げ出していただろう。
もしくは、全てを諦めて魔物の波に飲まれていたはずだ。
しかし、今は堂々とその先陣に立っている。
自分が強くなったと言うよりは、ここ1年での経験した恐怖よりもマシだから耐えられていると言うべきか。
上位精霊と契約し、人ならざる力を手に入れたとしても最上級魔物、それも、世界最強と言われる竜種を150匹も相手するには力不足である。
未だにサラの力を制御できておらず、出力は不安定だ。
どこぞの団長見たく、頭のネジが何本か外れているならばともかく、シルフォードは魔物の波に嬉々として突っ込むほど馬鹿ではない。
幸い、取り逃しはその頭のネジが何本か外れている団長と、その団長以上に頭のネジが外れている副団長と、その2人に育てられた比較的まともな子供が処理してくれる。
シルフォードがやるべきなのは、己の力を信じ、仲間との連携を確かめる事であった。
「みんな、準備はいい?」
シルフォードが後にいる仲間に問いかけると、全員がゆっくりと首を縦に振る。
いつの間にか彼らのまとめ役になっていたシルフォードは、その頼もしい仲間達と共に開戦の狼煙をあげた。
「初手は私がやる。あとは手筈通り、私達姉妹と獣人組に別れて戦う。ノルマとして、人数分の
「「「「「「「了解」」」」」」」
簡単な指示を出した後、シルフォードはサラの力を借りて魔法の準備を始める。
上位精霊の力を借りるともなれば、ここら一帯の地形を変えることは容易い。
しかし、それをしてしまうと今後の計画にどのような支障が出るか分からないため、シルフォードはなるべく広範囲かつ地形を変えない魔法を選択した。
「拠点は森の中だから使えないけど、ここなら問題ない。行くよサラ」
「──────────!!」
シルフォードの呼び掛けに上位精霊のサラが反応する。
嵐の様に吹き荒れる魔力を、シルフォードは気合いで制御しながら徐々にその魔力は炎として形を作っていく。
「その業火は不死鳥の如く。消される事も厭わずは、燃え盛る原始の炎」
魔力は炎となり、その炎はやがて空を飛ぶ鳥となる。
視線を感じる。
自分達よりも遥かに強い団長達はどこか面白がった視線を、2000名にも及ぶ戦士達は英雄に憧れる少年のような視線や遥かなる高みを見た時の、絶望、畏怖、恐怖、好機、希望、逃避、驚愕、様々な感情の籠った視線を、後ろにいる仲間達に至っては視線すら向けておらず、獲物となる魔物だけを見据えている。
「世界はその炎を認めることなく、理からの逸脱は、我が定めた者のみを燃やす」
渦巻く魔力はシルフォードの魔力制御だけでは操れない。詠唱の補助によって補完し、そのイメージによって形を作る。
翼を丸めた炎の鳥が、今、この世界を羽ばたく時が来た。
「羽ばたけ、そして燃やし尽くせ
魔法が完成すると共に、翼を丸めた不死鳥はその大きな翼を広げて産声を上げる。
「Priiiiiiiiiiiiiiiiiii!!」
その鳴き声は行進を続ける魔物たちの足音を消し去り、大気を揺らして業火を轟かせる。
その鳴き声に誰もが耳を塞ぎ、行進する魔物達の足を一瞬止めるにまで至った。
そして、足を止めた魔物は後ろからやってきた魔物の波に飲まれて死に至る。
流石にこれは狙ってなかったが、シルフォードは内心ラッキーと思いつつ振り上げた右手を下ろした。
「行け」
振り下ろされた右手と同時に、擬似不死鳥は魔物の群れに突っ込んでいく。
5mもある不死鳥は、翼をめいいっぱい広げながら魔物の群れの中に飛び込むと、その体となっている炎で魔物を焼いていく。
「グギァァァァァァ?!」
「ブモォォォォォォ!!」
焼かれた魔物達は何とか火を消そうと試みるが、水もなければ草木もほとんど無いその荒野では消す手段がない。
例え、水があったとしても理から外れた不死鳥の火を消すことは出来ないが。
焼かれた魔物達が、地面へと転がり火を消そうと暴れるも、火の勢いは衰えることなく燃え続ける。
次第にその火は魔物達の中に広がっていき、一部では大火災とまで言えるほどに火が舞い上がっていた。
「お姉ちゃんすごいね。私達いらないんじゃない?」
「さすがはお姉様です。今の間にトラップを仕込んでおきます。トリス、ついてきなさい」
「はーい」
純粋に姉の凄さを褒める末っ子と、シルフォードの様子を見て魔力制御がかなり難しく、未だに制御を必死にしている事を見破った次女は、魔物達が混乱している隙をついて仕込みを始めた。
2人は駆け出すと、あっという間にその姿は魔物の群れの中に消えていく。
もう暫くすれば、あちこちで罠が起動する事だろう。
「さすが私達のリーダーですね。ロナ、副団長様と団長様に無様な姿を見せないよう、注意して行きますよ」
「分かってます。団長様に褒めてもらいに行きますよ!!僕の本気を見せてやる」
妹2人が魔物の群れに突っ込んだのを見て、獣人組であるロナとリーシャの姉弟もそれに続くように魔物の群れへと駆けていく。
その後ろ姿は、かつて奴隷として生を諦めた目をしていた頃とは違い、とてつもない闘志を宿していた。
ちなみに、シルフォードは何故か三姉妹と獣人組のまとめ役になっている。
あとから入ってきた獣人組は、三姉妹よりも自分たちの地位は下だと考えているフシがあり、その三姉妹の内妹のふたりは姉を立てることが多い。
そうしていつしか“リーダー”と呼ばれるようになった。
皆が皆そう呼ぶわけでもなければ、気分で呼び方が変わることが多いのだが、人の上に立つほどの器がないと自覚しているシルフォードからしたらいい迷惑である。
「私も行きますかね。気をつけてくださいねシルフォードさん」
「........ん」
エドストルはそう言うと、腰に下げたミスリルの剣を抜いて魔物の中へと走っていく。
戦闘系の異能を持たず、格闘の才能が余りないエドストルはその攻撃力不足を剣で補っていた。
腰に下げたミスリルの剣はドッペルに打ってもらったものである。
そうしている間にも、不死鳥は魔物を焼き払っていくが、魔物とてやられっ放しという訳にはいかない。
最上級魔物の一角である、ジャイアントスコーピオンは、近くにいたゴブリンをその巨大な尻尾で持ち上げると、目にも止まらぬ早さで術者であるシルフォードに向かって投げつけた。
「クギャ?!」
運のなかったゴブリンは、風を切りながらシルフォードへと向かって行く。
シルフォードはゴブリンが飛んできた事には気づいたが、今不死鳥の制御を手放すと味方を巻き込む可能性があった。
そして、制御しながら飛んできたゴブリンを避けれるほどシルフォードの魔法は熟練していない。
1人ならば、制御を手放して避けただろう。しかし、シルフォードは1人ではない。
「おっと、そいつは困るな」
「ダメよー。私達のリーダーにちょっかいをかけるのは」
ゴブリンとシルフォードの間に現れたのは不動の盾。
そして、ゴブリンを盾が受け止めると同時に、シルフォードの後ろから矢が放たれる。
二度目の投擲をしようとしていたジャイアントスコーピオンは、その矢が自分の体を傷つける物だと判断すると、素早く避けた。
「守りは任せな。リーダーは制御に集中するといい」
「ゴミは撃ち落としてあげる。存分に蹂躙しなさい」
「助かる」
不敵に笑う夫婦の獣人を逞しく思いながら、シルフォードは不死鳥の制御に専念するのだった。
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