染まりつつある黒
イスの異能が解除され、ブルボン王国エートの街に降り立った。
正確には、魔物を迎え撃つために集まっていた冒険者や兵士たちよりも少し前の辺りである。
俺達が空から降りてくると、誰しもがこちらを見て固まっている。
おいおい、今から一万近くの魔物と戦おうってのにそんなに呆けてていいのか?とは思うが、今回は俺達が全て終わらせるつもりなので大人しくしてくれる分にはありがたい。
「あーこちら傭兵団
軽い自己紹介を済ませると、そのままイスに目をやる。
「頼めるか?」
「任せるの!!」
イスはちゃんと察してくれたようで、異能を使って2000名近くの戦士達に危害が行かないようにした。
「
突如として出現した氷の壁。
想定をはるかに超える魔物の量に絶望し、俺達が現れた事に困惑していた戦士達は氷の出現に反応することすらできず、気づいた時には氷の中に閉じ込められていた。
「お、ちゃんと要望通りになってるな。すごいじゃないか」
「この程度どうってことないの!!流石に私達の拠点を作れって言われると時間がかかるけど........」
作れないわけじゃないのか。
イスが出現させた氷の壁。
その壁はエートの街の戦士たちを囲むと同時に、その内部を観客席のように階段状にしていた。
透明で混じりっけのない綺麗な氷のおかげで、氷に閉じ込められた戦士達の困惑がよく見える。
なんなら困惑している声も聞こえる。
あっちこっちで話しているため、内容までは聞き取れないが。
「仁、そろそろ来るよー?」
「そうか。それじゃ、頑張れよー。俺と花音とイスは取り逃した魔物の始末をするから、安心して暴れて来い」
「
既に射程圏内に入っている魔物たちを見ながら、俺は三姉妹と獣人達を応援する。
流石にこの数を全て捌き切るのは無理なので、俺達も多少は手伝うことになるだろう。
「行ってくる。ヤバかったら助けてね?」
「うーん、トラップをどうしましょうか。悩みますねぇ」
「いってきまーす!!」
「ぼ、僕、頑張ります!!」
「副団長様、団長様。行ってまいります。イスちゃんのご要望に答えられるよう、精一杯やらせてもらいますね」
「俺とプランは一緒に行くか。受けは得意でも攻撃が厳しいしな」
「あら、魔物を2人で倒すのは懐かしいわね。警備隊をやってた頃みたいだわ」
「行ってきます........ところで、私の異能が通用するんですかね?」
各々が己の力を試すいい機会だ。
存分に暴れて来い。
あ、地形を変えるような大規模攻撃はナシだぞ。
特にシルフォード。お前の炎はヤバいからな。
こうして、スタンピードと
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仁達が魔物の大軍と勝負を始めていた頃、神聖皇国に所属する勇者、黒百合朱那は静かな廊下を歩いていた。
魔王が討伐された今、彼女達の力を必要としている場所は多い。
魔王が討伐されたとはいえ、魔物の脅威は残っているのだ。
街程の規模があるならばともかく、小さな村やちょっとした街では少し強い魔物が出るだけで簡単に滅んでしまう。
そのため、空を飛べる朱那や光司達は、神聖皇国の村や町を守るためにあちこちを飛び回っていた。
今いる場所も大聖堂がある首都ではなく、辺境の街だった。
「魔王が討伐されたからと言って、世界が平和になるわけじゃない。とは言っても、魔物を狩り続けるのも疲れるねぇ」
思わず漏れる本音。
どこに行っても“天使様”と言われて、頭を下げられるその行為は三年と少し前までただの一学生だった朱那には慣れないものだっだ。
誰しもが認める天使として、誰しもが憧れる天使として、その翼をはためかせ人々に希望を与える。
少しでも背筋が曲がってしまえば、そのあこがれは簡単に崩れ去ってしまう。
だからこそ、その重圧が朱那の心を蝕んでいく。
「まるでアイドルね........疲れるなぁ」
本音を言えば、誰かに甘えたかった。
しかし、誰もが天使である彼女を天使として見てしまう。
この世界の住人では無い光司や龍二は普通に接してくれるものの、甘えられるほどの関係ではない。
と言うか、甘えた瞬間、敵を作ってしまう。
彼らには既にパートナーがおり、それを横からかっ攫うマネをした日にはドロドロの恋愛劇が幕を開けてしまう。
それに、朱那は光司も龍二も友人と言う枠組みであり、特に恋愛感情は持っていなかった。
クラスメイトもいたが、朱那は高嶺の花であり、その近寄り難い雰囲気を出していた朱那に近づく者はいない。
いたとしても、下心が丸見えの下衆ばかりだった。
「はぁ、どこかに私を私と見てくれる可愛い子がいないかなぁ........」
思わず呟いてしまう。
誰も聞いていないからこその呟き、だが、それを聞いている者がいた。
「あら?今代の
「?!」
(誰?!気配はなかった筈なのに!!まさか、敵?!)
耳元で囁かれた声、朱那は大きく鳴った心臓の音を聞きながら、素早く距離をとって反射的に異能を行使する。
「
理から外れた光の槍は声のした方へと突き出され、声の主を貫く。
否、貫いたはずだった。
「へ?」
振り向きざまに放った一突きは、間違いなく声の主がいた場所を穿いている。
しかし、そこには何もいなかった。
「乱暴ね?三年前なら対話を試みたはずでしょうに、随分とこの世界に染まっているわ。そう思わない?」
再び耳元で囁かれる声。
朱那は、全身の毛が逆立つ程不気味さを感じ取った。
そして、本能的に感じた。
“ここでやり合うのは良くない”と。
敵意がないのは分かっている。ならば、大人しく話すべきだ。
3年間もの訓練の間で、反射的に攻撃に出る癖がついてしまっていた事を少し残念に思いながら、朱那は声の主に話しかける。
「あなたは何者?」
「私は─────。この言葉、貴方なら聞き取れるでしょ?」
「........今更私に接触して、なんのつもり?」
「実は私、あなたの事を見てたんです。そして、あなたの事が好きになっちゃいました」
「........」
「ですから、私と組みませんか?あなたにとっても悪い話ではないですよ。上手く行けば、私たちは自由になれる」
甘く囁かれた蜜。
黒百合朱那は、この日のことを忘れることは無いだろう。
「さぁ、どうします?私と組みますか?」
「........その話とやらを聞いてからよ」
「えぇえぇ!!もちろんです」
どこか嬉しそうなその声は、まるで初めて友人を得た子供のように弾んでいた。
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