甘すぎた予測

 ベイスはベテラン冒険者だ。


 20年以上もの長い時を冒険者として過ごしてきた。


 その間には様々な出来事があった。


 仲間ができ、共に歩み、時として喧嘩をし、それでもなお固い絆で結ばれていた。


 そして、時として仲間は死に、自分も重症を負う。


 それでも尚、冒険者としての生き方を捨てなかったのは、それ以外の生き方を知らなかったからだろう。


 40間近のオッサンに惚れた変わり者の女に猛アタックされ、いつの間にか結婚していた事も彼の人生の1ページとして刻まれている。


 そんな様々な経験を積んできたベテラン冒険者のベイスだが、彼もスタンピードという現象を目の当たりにするのは初めてだった。


 「なぁ、どう思う?」


 ベイスの隣で大きな盾を持つパーティーメンバーの1人、ルーカスはまだ何も見えない荒野を眺めながら話しかける。


 「どう思う?だけじゃ分かんねぇよ。主語を言え主語を」

 「スタンピードだよ。この戦力でどうにかなるのか?」


 ルーカスは、そう言って城壁の周りに集められた面子を見渡す。


 彼らが集まっている場所は、冒険者のエリアだ。


 普段からよく見かける者もいれば、滅多にギルドに顔を出さない者までいる。


 更に奥に目をやれば、筋骨隆々の傭兵達も待機していた。


 普段は街の警備などを引き受けていたりする彼らだが、警備する街が無くなっては意味が無い。


 魔物退治の専門ではないが、大きな戦力となってくれるだろう。


 そして、隊列を組んで一糸乱れずに待機をする兵士たち。


 彼らは領主直属の兵士であり、有事の際はこうして街を守るのが仕事であった。


 冒険者約150名、傭兵約50名、そして兵士約1800名。


 総勢約2000名がこの街を守ろうと城壁の前に集まっている。


 40年近くこの街で生きていたベイスですら見たことない戦力だ。


 だからこそ、自信を持って言える。


 「どうにかなるだろ。流石に死傷者は出るだろうけどな」


 ベイスも夢見がちな少年ではない。


 このスタンピードで犠牲者が出ないとは思っていない。


 その犠牲者が、自分かもしれない事もしっかりと分かっていた。


 「事前に準備できるのは不幸中の幸いだったな。目当ての魔物を探してる時にたまたまスタンピードを見つけれたお陰で、対応が早かった」

 「ホークのおかげだな。アイツの目はこの荒野にはピッタリだ」


 ベイスのパーティーメンバーであるホーク。


 彼の異能は遠くを見通せると言うものだった。


 どこぞの巫女のような千里眼じみたマネはできないが、この障害物が少ないだだっ広い荒野ではその目が生きることが多い。


 透視も出来なければ、距離が遠くなればなるほど見える物の鮮明さも落ちていく。


 しかし、魔力が続く限りは遠くを見ることが出来る。


 普段ならば10kmも見れば魔物が見つかるはずだったが、見つかることはなく、仕方がなく魔力を消費しながら20、30と距離を伸ばしていたところ、約100kmほど離れた場所でスタンピードを確認したのだ。


 「本当に運が良かったな」


 なぜここら周辺の魔物がいなかったのか、なぜスタンピードが起こったのか。


 そのような疑問も残るが、まずはスタンピードをどうにかするのが1番である。


 「地竜アースドラゴン一体程度ならタコ殴りにできるか?」

 「できるだろ。ホーク曰く、スタンピードの規模はさほど大きくないようだし、ギルドマスターの予想では大体300もいれば多い方だって言ってたしな。それに殆どはゴブリンとオークだ。精々強くてもゴブリンソルジャー辺りだろうよ」


 仁が聞けば鼻で笑うような予測。


 しかし、これは仕方がないとも言えた。


 ホークの異能は遠ければ遠いほど認識力が落ちる。


 数多くの魔物がこちらへ向かっていることが分かったとしても、その数までは正確に分からない。


 また、スタンピードを発見してすぐに異能を解いてしまったのも問題だった。


 それにより、正確な情報を掴むことができなかったのである。


 さらに、荒野に住む魔物が普段地面に潜って暮らしている生態を知らなかったという事もこの予測の外れ具合に拍車をかけている。


 土地の荒れ具合が比較的マシなエートの街付近では、魔物は土の中に潜らずに外で生活する場合が多い。


 魔物が態々地面に潜るのは、その厳しい環境故であり、地上で生活できなくもないエート付近の環境では地下で暮らすメリットは少なかった。


 また、学者などが魔物の生態を調べていたりするのだが、何日もかけて過酷な荒野の真ん中を歩きその魔物の生態を調べようとする物好きはいなかった。


 正確にはそういう物好きもいたが、荒野の魔物に飲まれてしまったと言うべきだろう。


 そんなわけで、エート南部周辺の魔物の数から推測されたスタンピードの数が約300となったのだ。


 実際は、150近くもの地竜アースドラゴンと何体かの最上級魔物、更には地面からはい出てきた何千もの魔物達が砂埃を上げながら大行進してきている。


 そうして膨れ上がった魔物の数は約1万となる訳だが、それを今のベイス達が知る由もない。


 「そういえば、ベイスはいつになったら子供を作るんだよ」

 「なんだよ急に」

 「いやだってよ?もう結婚して2年になるじゃねぇか。そろそろ子供の一人や二人作ってもいいんじゃないか?」


 この世界では成人は15歳であり、結婚もその辺でする。


 ベイスはかなり遅れていた。


 「子供を作ると金がかかるだろ?それに、嫁さんが子供を作るのは反対らしいんだよ」

 「は?なんで?」

 「子供ができると、その子供だけを俺が可愛がるからだってさ。嫁は俺に甘えられなくなるから嫌なんだと」

 「........チッ」


 ルーカス、渾身の舌打ちだった。


 もうすぐ40に差しかかる独身男性(結婚願望有り)が、既婚者の惚気を聞くには厳しいものがある。


 ルーカスの人生の中で三本の指に入るぐらいイラついた舌打ちである。


 「自分で聞いておきながらその舌打ちは酷くね?」

 「割とマジめに“死ね”と思ったね」

 「おいおい勘弁してくれよ。今から魔物と戦うってのに、死ねとか縁起が悪すぎるだろ」

 「そう言われても、ムカつくのはムカつくんだよ!!なぁ?みんな?!」


 ルーカスは聞き耳を立てていた冒険者達に同意を求めると、冒険者(主に独身)から“そうだそうだ!!”“嫁さんの惚気ばかりきかせやがって!!”“なんであんな美人が嫁になるんだよ!!”と温かい?声援が送られる。


 ノリのいい冒険者は、少し騒がしくなったベイスの方を向いて適当に野次を飛ばしたりもしていた。


 しかし、そこに悪意は無い。


 誰しもが笑顔だった。


 「良かったな。みんなお前の事が好きなみたいだ」

 「........釈然としねぇな」


 ベイスは何か言いたげだったが、それをぐっと飲み込む。


 今何を言っても、数では勝てないのは分かっていた。


 「ったく、お前も少しは──────────」


 ベイスは頭を書きながら、少し呆れたようになにか言おうとしたその時だった。


 大地が揺れ、大きな砂埃を巻き上げながらこちらへとやって来る何かを発見する。


 「来たぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 見張り役をしていた1人が大声をあげる。


 緩まっていた空気が張り詰める。


 そして誰もが固まった。


 「おい、予想では300じゃなかったのか?」


 誰かが口を開く。


 声を張り上げなかったのは、これを現実と捉えたくなかったからだろうか。


 彼らの視線に映る魔物の数は、どう見ても300を容易に超えている。


 1000はあるのでは無いのだろうか?いや間違いなく超えている。地平線1杯に広がった魔物の大群は、彼らの心をへし折った


 「........嫁に別れの言葉ぐらいは言った方が良かったかもしれん」

 「頼むから縁起でも無いことを言うなと言いたいが........これは無理だな」


 早くも諦める冒険者達。冒険者だけではない。


 傭兵も領主直属の兵士も、あの数には勝てないと本能的に悟ってしまった。


 誰もが声を張り上げることなく、誰もがその場から動かない。


 死を前に、人は動けない。


 だからこそ、空から降りてきた11もの影に誰もが目を見開いた。


 「あーこちら傭兵団揺レ動ク者グングニル。訳あって助太刀します。と言うか、そこでじっとしててくれ」


 背中に刻まれた逆ケルト十字、異色の傭兵団が人目に姿を表した。

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