なんかヤバそう

 無事に赤腕の盾レッドブクーリエの特別講師を終えた俺たちは、久しぶりの家に帰ってきていた。


 「ただいまー」

 「あら、帰ってきたのね。おかえりジン」


 イスの背中から飛び降りると、出迎えてくれたのはアンスールだ。


 相変わらず、その目は長い髪で隠されていたが口元はニッコリと笑っている。


 付き合いがそれなりに長いと分かる。俺たちが居なくて少し寂しかったのだろう。


 その証拠に、メデューサみたいに飛びついてきたりはしなかったものの優しくハグをされた。


 もちろん、俺だけではなく、花音とイスにもハグをする。


 1ヶ月も会わないと、どこか懐かしさを感じるな。


 「何か問題はあったか?」

 「特にはないわね。強いて言うなら、マーナガルムとフェンリルの元気が無かったぐらいかしら?」

 「あぁ、すっごい想像できる」

 「フェンが落ち込む姿が目に浮かぶねぇ........」


 フェンリルもマーナガルムも相当な甘えん坊だ。


 1ヶ月も放置されれば、二匹ともかなり落ち込む。


 噂をすれば、2つの気配が猛スピードでこちらへ向かってきていた。


 俺も花音も振り返って手を広げると、その腕の中に人よりも大きな魔物が飛び込んでくる。


 がっしりと受け止めてあげたかったが、やはり体格差と言うのは覆せない。


 俺も花音も押し倒されると、ぺろぺろと顔を舐められた。


 「おい、くすぐったいぞ」

 「わっ!!フェン!!興奮しすぎ!!」


 余程寂しかったのか、その可愛い顔を俺に擦りつけてくる。


 あのクールぶっているマーナガルムが、ここまで甘えてくるのは初めてだった。


 「おー、そんなに寂しかったのか?全くしょうがないやつだなぁ」

 「ゴルゥ!!ゴルッ!!ゴルゥー!!」


 俺はそんな可愛いマーナガルムの顔をゴシゴシと撫でてやると、機嫌よく喉を鳴らす。


 モフモフとした感触は、いつもよりも磨きがかかっているように感じ、マーナガルムの柔らかさを堪能する。


 ちらりと横を見れば、花音も同じようにフェンリルの頭を撫でていた。


 ........この状況、何も知らない人から見たら捕食される3秒前だよなぁ。


 しばらく構ってあげると、満足したのか顔を離して尻尾を巻き付けてくるマーナガルム。


 冷静さが戻ったのか、そな顔はどこか恥ずかしげだった。


 「ふふふ。随分と気に入られたわね。フェンとカノンは最初から仲が良かったけど、マーナガルムとはそこまでだったでしょ?」

 「そうだな。最初こそフェンリルに対抗している感じがあったけど、今じゃ単純に俺に甘えに来るもんな」

 「ゴルゥ........」

 「あはは。そう落ち込むなよ。好かれて嫌な気分になった訳でもないし、むしろモフモフを堪能できて嬉しいんだから」

 「ゴルゥ!!」


 少し落ち込んだかと思えば、直ぐに機嫌を直す辺りチョロい。


 いいのか?仮にも厄災級魔物として人々に恐れられる“月狼”マーナガルムがペットのような扱いで。


 まぁ、俺としてはモフれるからいいんだけどさ。


 俺はマーナガルムの尻尾をモフモフしてやると、どこか嬉しそうに俺の頭に鼻を当てる。


 その様子を見ていたアンスールは、あらあらと言いながら口元を抑えていた。


 「ふふふ。人も魔物も、こんな短期間で変われるものなのね。私も変わったのかしら?」

 「短期間て........まぁ、変わったんじゃないか?初めてあった時に比べて、随分と表情が豊かになったと思うぞ」

 「そうかしら?」

 「そうだよ。よく笑うようになったし、感情を表に出すことが多くなった。あの島にいた頃は困ったぞ?あまり笑わないし、目は見れないから怒ってんのかどうか分からなかったし」

 「あら、私、ジンやカノンに怒ったことなんて1度もないわよ?」

 「知ってるよ。でも、不機嫌そうに見える時とかあったから、“あれ?怒らせちゃった?”とは思ったな」


 殆ど表情を変えず、声色も変わることなく「そう........」とか言われたら、不機嫌なのでは?と思ってしまってもしょうがないと思う。


 懐かしいな。俺も花音も地雷を踏んだんじゃないかとハラハラしたもんだ。


 それを聞いたアンスールは、自分の顔をグニグニと抓るとニッコリと笑う。


 「コレなら怒ってるように見えないわよね?」

 「いや、怒りが頂点に達して笑わざるをえない様に見える」

 「........難しいわね。自分の表情なんで考えた事殆ど無かったから、どうすればいいか分からないわ」

 「花音辺りにでも聞いておけ。外面だけはいいからな」

 「じーん、聞こえてるよ?」

 「聞こえるように言ったんだよ」


 花音、お前はもう少し裏の顔を何とかしようね?知ってるからな?お前が俺の古着をこっそり集めてるの。


 この世界に写真とか無いからって、本人の使い捨て下着とか集めるか?普通。


 なんなら、俺の抜け毛まで収集して保管してるのも知ってるからな。


 それを許容してあげている俺の心の広さに、感謝して欲しいものである。


 しばらく話していると、もうひとつ大きな気配が近づいてくる。


 「Yah!!団長さんおかえりデース!!........ぼふっ」


 俺に抱きつこうとしたものの、マーナガルムの尻尾に阻まれそのモフモフを体感するメデューサ。


 よくやったぞマーナガルム。


 メデューサは、未だにハグと言うなの突進をかましてくるからな。


 マーナガルムの尻尾に阻まれたメデューサは、その尻尾をどかすと俺にハグをしてきた。


 相変わらずスキンシップが激しい。


 「シャー」


 メデューサの髪の蛇と目が合う。


 その顔は蛇だと言うのに、どこか疲れ切っていた。


 毎日のようにこのテンションのメデューサに振り回されて、お前たちも大変だな........


 俺は目で“どんまい”と語りかけると、その蛇は何かを悟ったかのように半目で静かに頷いただけだった。


 なんと言うか........その、頑張れ。


 俺にハグをして満足したのか、直ぐにメデューサは俺から離れて花音にもハグをしに行く。


 案の定、フェンリルの尻尾に阻まれているが、本人は楽しそうだ。


 「メデューサは変わらんな」

 「ええ、そうね。あの子は昔からあんな感じよ。私と出会った時も、警戒よりも先にハグをしてきたわ」


 なんともメデューサらしい。


 これだけの力を持つアンスールを見て、警戒するどころかハグをするとは........


 俺は助けてもらった恩があったりしたので、逃げるような真似はしなかったが、もし万全の状態でアンスールに出会っていたら間違いなく逃げていた。


 「そのうちポックリ逝きそうで怖いな。警戒心無さすぎて」

 「同意だわ。でも、悪意には敏感だから大丈夫じゃないかしら?」


 心配するだけ無駄か。


 そうやって仲良くみんなと話しているその時だった。


 「だ、団長さん!!大変!!」


 珍しく大声を張り上げて走ってきたシルフォード。


 その顔は青く、只事ではない事が分かる。


 流石に何かヤバいことが起こったのかと感じとったマーナガルムは、俺から尻尾を離してくれた。


 空気の読める子は好きだよ。


 ゼェゼェと息を切らしているシルフォードの息が整うのを待った後、シルフォードはとんでもない事を口にした。


 「スタンピード。スタンピードが起こる!!このままだと一つ国が滅ぶ!!」


 うん、なんかヤバそうだ。

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