亜人連合国の現状③

 最後の扉が開かれたのは、阿修羅が来てから20分後だった。


 飽きもせず言い合いを続けていたハーピィとラミアも、流石に20分喧嘩するだけの体力は無く今では大人しくしている。


 「おや、私が最後ですか。遅れて申し訳ない」


 開かれたと扉の奥からやってきたのは、ケンタウロスと呼ばれる種族。


 ラミア種と同じように、上半身だけ人の形をしており、下半身は馬の形をしている。


 かつては人の馬として人と共に歩んできたこともあったが、通常の馬よりも賢くそれでいて戦える彼らは命令を聞かせるために奴隷とされた。


 ある時は肉壁に、ある時は殺戮者として人間に飼われたのだ。


 大魔王がこの世界に現れて以降、何とか人間から逃げ出した彼らは亜人連合国とは別の場所に集落を作って暮らしていたのだが、ある時そこも人間に突き止められて襲われた。


 そして、亜人連合国の噂を聞いていた彼らはこの国に足を運んだ。


 この国では、足の速さを活かして連絡員の様なこともやっている。


 そんな歴史を持つケンタウロス達は、自分達が馬である事をあまり快く思っていない。


 誰も何も言わなかったが、“駄馬”はケンタウロスを侮辱する言葉である。


 「遅いぞ“天聖”。この国の代表が時間を守れなくてどうする」

 「申し訳ないです。普通に遅れました」


 会合の古参であるリザードマンのリベルは、少し申し訳なさそうにしているケンタウロスの長であり“天聖”であるアケンに小言を言う。


 どこか神聖な雰囲気を持つアケンは、深く頭を下げる。


 誰も何も言うことはなく、アケンが頭を上げるのを皆が静かに待った。


 「さて、全員お揃いなのでさっさと始めてしまいましょう。いやまぁ、遅れてきた私が言うセリフでは無いんですがね?」

 「それで?今回会合を開いた理由は?」

 「ふむ。皆さんも知っていると思いますが、最近神聖皇国の動きが怪しいそうです。具体的には、南に戦力を移しつつあります。私としては正教会国辺りと戦争を始めるのでは?と思っていますが........みなさんはどう思います?」


 神聖皇国が戦力を南に集めつつあるのは知っている。


 正教会国側は亜人差別が激しすぎる上に、国に足を踏み入れた瞬間に即攫われて奴隷に落とされてしまう為諜報員などを送ることは出来ないが、神聖皇国は違う。


 魔物でなければ受け入れる神聖皇国や神聖皇国側のイージス教の教えを信じる国では、亜人も対等な人間として扱われるのだ。


 「俺としてはそのまま戦争を始めると思うね。むしろ起こさない理由がない。勇者の召喚によって、イージス教としての格は神聖皇国の方が上だし、正教会国がなにかしてくる前に先手を打つつもりなんだろ。魔王の驚異もなくなって、勇者と言う戦力があれば正教会国も簡単に落とせそうだ」

 「阿修羅殿の意見に同意だ」

 「同じく」

 「私も同じね。少し付け加えるなら、大帝国や聖王国もその戦争に参加するんじゃないかしら?」

 「ワテも同じやねぇ」


 全員、その種族を纏めているだけあって、理解が早い。


 女神に直接頼まれた神聖皇国のイージス教とイージス教を名乗っているにもかかわらず、女神に何も頼まれていない正教会国のイージス教では格の違いが出ている。


 神聖皇国のイージス教は女神公認であり、正教会国のイージス教は女神は認めていないと言っているようなものだった。


 女神公認と言う大義名分があれば、神聖皇国は正教会国に戦争を挑む。


 それが亜人たちの見解だ。


 全員の意見を聞いたアケンは、どこか納得したように頷く。


 「皆同じ意見ですね。大帝国と聖王国にも動きがあるらしいけど、まぁ、それは一旦置いておくとして、我々の動きも決めてしまいましょうか。どうしますか?この戦争に介入しますか?」


 神聖皇国はともかく、正教会国側に恨みを持つ亜人は多い。


 他国から亜人を攫っては、本国へと連れ帰り奴隷として扱う彼らを快く思うはずもない。


 亜人連合国は正教会国からかなり遠く、更に人間は殆どいない。


 そのため、滅多に人攫いが来ることは無く、例え来たとしてもあっという間に補足され捕まってしまう。


 そして、その連中の口を割らせると大体が正教会国か正共和国か正連邦国だった。


 「正教会国は邪魔だな。友好的に接するメリットも無い。なら神聖皇国に少しでも恩を売っておいた方がいいだろう」


 ドラゴニュートのシンバルがそう言うと、他の亜人たちも頷く。


 かつては人間に魔物として扱われてきた歴史があり、今でも人間の事を嫌う者は多いが、それでも自分たちの利益になるのであれば我慢する。


 そのぐらいの理性は持っていた。


 アケンは全員の反応を見た後、どこか満足気に頷くと結論を出す。


 「うん。なら、そのための準備をしましょう。戦争が始まるのは早くても半年後。それまでに準備をしてしまいますか。それと、これを機に大エルフ国とも仲良くします。少なくとも、不可侵条約を結べるほどには」

 「いいんじゃないか?大エルフ国との仲は今までなぁなぁだったからな。あの時は“亜人”の括りをされていたにもかかわらず、人間と対等な立場に立てていたってのが気に入らなかったって話だし........」

 「それ、エルフからしたらいい迷惑よね?」

 「せやなぁ。まぁ、人の恨みっちゅうもんはどこで買ってるかわからへんでなぁ」


 当時、まだ少数しかおらず戦争に参加していないドラゴニュートを除き、他の種族は大エルフ国と戦争をしている。


 自分達の先祖の話を聞く限り、亜人側が悪だった。


 「大エルフ国と大帝国はなにか動きはあったのか?」

 「大エルフ国は特にありませんね。上位精霊の契約者がいただのいないだのの話が会ったぐらいでしょうか?大帝国は帝位争いが少しづつ激化していますね。第一皇子と第五皇子だけでなく、そろそろ第六皇子も参戦してくると思われます........が、それも戦争が始まれば分かりません」

 「出来れば第五か第六に勝って欲しいな。第一は無能と聞く」

 「皇帝も大変ですなぁ。第六辺りが長男として生まれれば、簡単に皇太子の座を渡せたでしょうに」

 「亜人であろうと、人間であろうと無能はいるってわけね」


 大帝国との仲ははっきりいって微妙だ。


 お互いに不可侵を結んではいるものの、破ろうと思えば破れてしまう。


 かつて、独ソ不可侵条約を結んだのにも関わらずソ連に攻め込んだヒトラーなどがいい例だろう。


 もちろん、この世界にはヒトラーもいなければ鉤十字ハーケンクロイツも無い。


 しかし、条約と言うのはお互いの信頼の上で成り立っているだけであり、破ろうと思えばいとも容易く破れる。


 無能と呼ばれる第一皇子が、その条約を破る可能性はおおいにあるので、亜人連合国としてはまだマシな第五が第六についてもらいたい。


 「裏から手を回すか?」

 「無理ですよ。それこそ下手をすれば戦争になりかねませんからね。私達は大人しく行く末見るだけですよ。勿論、ある程度の対策はしておきますが」


 そういう言って静かに笑う“天聖”は、どこか危なげな雰囲気を出しつつ話題を切替える。


 「そういえば──────────」


 亜人達が集まってできた国亜人連合国。


 この日、世界大戦が起こると感じ取ったこの国は参戦することを決定した。

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