大エルフ国の現状

 大エルフ国にはエルフ種が多く住んでいる。


 精霊樹を拠り所とし、精霊達と力を合わせることで発展してきた国だ。


 その成り立ちはかなり古く、今や討伐された魔王がこの世界に現れるよりも前から存在している。


 この世界で、1番長い歴史を持つ国家と言えるだろう。


 「何?上位精霊を見つけた?」


 そんな長い歴史を持った国を支える“長老”の1人、ゼパイル・シュレイドは、ある報告を聞いて片眉を上げていた。


 「はい。おそらくその上位精霊は、契約していると思われます。背中にこのような紋章をつけた者達です」


 ゼパイルに報告をしていた青年のエルフは、1枚の紙を取り出してその紋章を見せる。


 この世界において、逆ケルト十字と言うのは珍しい模様だ。


 複雑な模様もなく、単純でありながらどこか美しさを持つ模様は中々忘れられない。


 ましてや、上位精霊を携えていたともなれば記憶にしっかりと残るだろう。


 ゼパイルも紋章を見て思わず感嘆を漏らす。


 「単純でありながら、実に綺麗な模様だな。それで?そのもの達の足取りは追えているのか?」

 「いえ、いかんせん報告に上がったのが今朝なもので、急いで人員を手配していますが捜索は明日からになるかと........」


 青年はどこか申し訳なさそうにしつつも、悪びれた様子はない。


 無理なものは無理であり、また、長寿であるエルフにとって一日など誤差だと思っている。


 ゼパイルも、それがわかっている為何も言わない。


 「上位精霊と契約しているとなると、その力は灰輝級ミスリル冒険者をも凌駕するものだ。何としても引き込め」

 「わかっています。しかし、発見できなかった場合はどうしましょうか?」

 「他の長老共にも話を流しておけ。流石に直ぐにこの国から居ないなることはないだろうからな。首都から他の国に行くにも、街を経由する必要がある。その間に捕まるだろう」


 ゼパイルの考えは最もだが、相手が悪い。


 その上位精霊と契約しているダークエルフと、その仲間達は既にこの国にはいなかった。


 そのような真実を知らない青年は頭を下げると、そのまま部屋を後にする。


 ゼパイルは青年を見送った後、椅子の背にもたれながら天井を向いてため息をついた。


 「フゥ........面倒だな。早くこの仕事を降りたいものだ」


 大エルフ国では、長老と呼ばれるエルフ達が国を統治している。


 彼らはいづれも純血のエルフであり、ほかのエルフ種よりも魔力量などが優れていることからハイエルフとも呼ばれていた。


 彼らは皆精霊を見ることができるものの、長きに渡る盟約により契約はできない。


 だからこそ、精霊の力を借りる事ができる人材を重宝していた。


 また、他国へそのような人材が流れることを良しとせず、場合によっては非道とも取れる対応に出ることもある。


 しかし、ゼパイルは無理矢理にでも従わせるやり方は好きではなかった。


 頭では理解している。


 国を守る為にも戦力は必要であり、精霊の力を悪用されようものなら、その被害は尋常では無い。


 だが、心情は別だ。

 

 なりたくもない軍人にならされ、覚えたくもない規律を叩き込まれる。


 流石に上位精霊と契約している者にまでなると、対応は優しいが、自由とは程遠い世界に足を踏み込む事になるのだ。


 「出来れば穏便に済ませて欲しいな」


 相手は上位精霊の契約者、対応を間違えればこの国がタダでは済まない。


 それは歴史が証明している。


 「最近では大帝国の動きが怪しくなっている。もしかすると、儂が生きている間に再び戦争が起こるかもしれんなぁ」


 11大国に数えられる大エルフ国と大帝国は犬猿の仲だ。


 ここ数百年近くは戦争していなかったが、近頃は大帝国の動きが怪しくなっていた。


 ゼパイルはどちらかと言えば平和主義者だ。


 神聖皇国が国教として掲げるイージス教の教えは正しいと思っているし、何より誰しもが笑顔でいられる世界が出来上がればいいとも思っている。


 権力争いがほとんどなく、長寿であり、長年驚異に晒されなかった事が彼の本能を弱めていた。


 そして、彼だけでなく、他の長老たちも闘争心を削がれていた。


 だからこそ、彼らは気づけない。


 世界をも巻き込む戦火がすぐそこまで迫っていのだと。


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 大エルフ国を運営する長老は全部で六人いる。


 その内の1人であるゼパイル・シュレイドの三女カナン・シュレイドは、その紙に描かれていた模様を見て目を見開いていた。


 「これは........」


 彼女はこの模様に見覚えがある。


 それもそのはず、彼女は以前、お忍びで神聖皇国に滞在していた時に運悪く暴食の魔王の復活に立ち会ってしまった。


 厳密には、暴食の魔王を見てみたいとその場に残ったのだ。


 その復活の余波で崩れた家の下敷きになっていたところを、揺レ動ク者グングニルと言う傭兵に助けて貰ったことがある。


 もちろん、それに巻き込まれた事を父親であるゼパイルに報告され、大目玉を食らったりしたが、それは別の話である。


 カナンはその時のことをしっかりと覚えている。


 その背に背負った逆ケルト十字の模様を。


 カナンは隣にいたメイドに話しかけた。もちろん、知らないフリをして。


 「........エルマ。これは何?」

 「これは、上位精霊と契約しているであろう方達が身にまとっていた模様です。今、動かせる人員総動員で探っております。見つけるのも時間の問題かと」


 不味い。実に不味い。


 もしもこの模様をした人物がカナンの思い描く人物だった場合、最悪戦争にもなりかねない。


 神聖皇国の友人曰く、揺レ動ク者グングニルと言う傭兵団は神聖皇国と何らかの関わりがあるのだ。


 かなり密接に関わっていた場合、大エルフ国の軍に無理矢理入れる真似なんてした日には神聖皇国の怒りを買う。


 彼らがどの程度神聖皇国と関わりがあるのか知らないが、最悪を想定して動かないのは悪手だ。


 何とかしなければならないが、何か出来るほどカナン自身は偉くない。


 「........仕方ない。お父様に協力を仰ぎましょう」


 幸い、揺レ動ク者グングニルの武勇は、神聖皇国内だけに留まっている。


 それよりも、この短期間に全ての魔王を討伐した勇者の方が圧倒的にインパクトがあるからだ。


 それでも、神聖皇国の首都で聞き込みをすればあっという間に分かるだろう。


 「神聖皇国と繋がっているのは確実。でも、どこまで?それが分からないと私達も動くに動けない。かと言って、日和見を決めていると全てが手遅れになりかねない........」


 ブツブツとつぶやくカナンを不思議そうに眺めるメイドは、なにか話しかけようとするものの途中で諦めて紅茶を入れ始める。


 「お父様に話して分かってもらえるかしら?いいえ、わからせるわ。愚姉達がなにかやらかす前に、私が何とかしなきゃ」


 ガタッ!!と勢いよく立ち上がり、メイドに何も言わずに部屋を飛び出る。


 メイドは追いかけるか迷ったものの、大人しく紅茶を入れて待つことにするのだった。


 「それにしても、あの時は精霊なんていなかったわよね?あの3人のうちの誰かが、エルフの血を引いているのかしら?」


 カナンは疑問を口にするも、誰も答えるものはいない。


 こうして、上位精霊と契約した者を巡って大エルフ国は少しだけ騒がしくなる。

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