仁VSバラガス②

  バラガスの頭を地面へと叩きつけた後、潔く負けを認めたバラガスは盛大に笑っていた。


 多少手加減したとはいえ、地面に叩きつけられて平然と立ち上がる辺り、相当タフだな。


 鳩尾に撃ち込んだダメージも回復している。まだ少し苦しそうだが、30秒もあれば呼吸も戻るだろう。


 「いやぁ!!参った参った!!アッガスからバカラムの槍を素手で受け止めたと聞いた時はなんの冗談かと思ったが、どうやら本当だったらしい。俺の剣すらも掴むとは流石だな!!」

 「そりゃどうも。随分と力技の剣だが、格上相手には意味が無い。剣が素直すぎる。もう少しフェイントを入れるべきだな」

 「なるほど。俺の戦い方は一対多のものだからな。確かに、格上とのタイマンを考えたものじゃない」

 「その剣は振り回すだけで戦争では驚異になるが、所詮は力任せ。オークが棍棒を振ってるようなものだ。もちろん、それを振り回す技術もあるんだろうが、何かもうひとつ戦える技能が欲しいな」


 俺や花音は、基本的に武器に頼った戦い方をしない。


 それが無ければ戦えないなんて事があっては困るからだ。


 アイリス団長に耳にたこができる程言われたからなァ........


 そのおかげで今の強さがあると思うと、感謝しかない。


 龍二との結婚式の時は、ドン引きするほどの御祝儀を渡しておこう。


 さて、話を戻すが、どうもバラガスは大剣のみに頼った戦い方をしているように見える。


 それが悪いとは言わないが、大剣を失った時が大変だ。


 バラガスの強みは、圧倒的な間合いからの強靭な一撃。


 それが失われてしまえば、驚異にはならないだろう。


 俺は、確認するつもりでバラガスに提案する。


 「バラガス。今度は素手でかかってこい。自分の強さがいかに大剣に依存していたか、教えてやろう」

 「それは楽しみだな。だが、俺をあまり舐めるなよ?俺だって、大剣を手放して戦場で暴れたことぐらい何度もあるのさ!!」


 バラガスはそう言うと、大剣を地面に突き刺して俺へと向かってくる。


 大剣が無い分、先程よりも動きが早い。


 あの大剣、相当重いんだろうな。


 「オラァ!!」


 バラガスは、振りかぶった右拳を真っ直ぐ俺に向かって振り下ろす。


 そこにフェイントなど一切なく、力任せに振り下ろしていたのがよく分かった。


 「ほい」


 真正面から受け止めても良かったが、技というものを見せてやろう。


 俺は、振り下ろされた拳を手の甲でいなすと同時に、踏み込んでいる左足を払った。


 するとどうなるか?


 答えは簡単。軸足を無くした体は、地面へと落ちていく。


 要は、転ぶのだ。


 「おぐっ」


 一瞬浮遊感に襲われたであろうバラガスは、間抜けな声を出して腹から地面に転ぶ。


 すぐに立ち上がろうとしているのはさすがだが、この隙に追撃を入れられる。


 俺は起き上がろうと、支えになっていた右手を足で払う。


 「ぐえっ」


 バラガスは再び腹を地面につけた。


 ついでとばかりに、俺はバラガスの背中を踏みつける。


 バラガスは何とか立ち上がろうと藻掻くものの、背中を踏みつけられている状態では厳しかった。


 コレが力の弱い女の子とかならなんとでもなっただろうが、相手は俺である。


 踏みつける力も相当なもので、生身の人間をこの力で踏みつけたら間違い無く肋骨が何本か折れるだろう。


 バラガスが耐えていられるのは、自身の体を魔力で覆っているからだ。


 「動けん........!!」

 「んー、このままでもいいけど、やっぱもう少し技と言うのを見せた方がいいかもな。これだけだと、技の凄さが伝わらんだろうし」


 俺はそう言って、バラガスから足を離す。


 拘束から開放されたバラガスは、何度か自分の体を触って何かを確かめた後再び拳を握って構えた。


 ここら辺の切り替えの速さは、実践を経験してきた強みが出ている。


 コレがリーゼンお嬢様なら、踏みつけられた事を引きずって戦うだろう。


 「次は上手くやるぞ」

 「できるといいな」


 再び間合いを詰めてくるバラガス。


 先程よりも勢いは無いが、視線のフェイントを入れているのがわかった。


 とはいえ、ここまであからさまだとフェイントですらないが。


 「シッ!!」


 振り下ろされた拳。しかし、これは釣りだな。


 俺はその場から動く事すらなく、その拳をただ見つめる。


 最初から俺に当てるつもりのない拳など、避ける必要すらない。


 ピタッと俺の目の前で拳が止まると、続けて左拳が俺に迫る。


 目の前で止められた拳は、俺の視界を遮るようになっており、左拳の攻撃は目に見えない。


 「うーん。3点かな?」


 発想は悪くない。


 死角を意図的に作りだし、そこから攻撃するのは戦いの基本だ。


 だが、その全てがお粗末すぎる。


 俺はバラガスの右腕を掴むと、足を払いつつ軽く捻った。


 「うをっ?!」


 180もある巨体は、いとも簡単に空中に放り投げられ、回転し、背中から地面へと落ちる。


 更に、追撃としてバラガスの顔面の真横に拳を振り下ろした。


 ズゥゥゥゥゥン


 魔力の篭ったその拳は、大地を揺らし、地面を陥没させ、天から隕石が落ちてきた後の様なクレーターを作り出す。


 それでいて、威力が広がらないように浸透されているので、俺を中心に半径2m程にしか被害がない。


 地面が揺れて、鳥が飛び立ったのは許してくれ。


 さすがに、そこまで衝撃を制御する事はできないんだわ。


 「........死んだかと思ったぞ」

 「模擬戦で殺したりしねぇよ。憎い相手ならともかくな」


 殺す気は欠片もなかったが、死を錯覚したのだろう。


 殺気を当ててはいなかったのだが、顔の真横に拳を振り下ろされるその光景は正に死だ。


 それが、自分とは比較にならない魔力を纏った拳なら尚更。


 俺は、拳を地面から引き抜くと、寝転がっているバラガスに手を差し伸べる。


 「悪いな」


 バラガスは俺の手を取って立ち上がると、その戦いを見ていた団員たちに向かって叫ぶ。


 「見ていただろうお前達!!彼は俺よりも強い!!彼から、彼らから学べるものは多いだろう!!我々は絶対的強者ではない!!故に強くなるために学び続けるのだ!!それが我々、赤腕の盾レッドブクーリエだ!!進歩無き者に進化無し!!我々は常に歩み続ける!!その事を忘れるな!!」

 「「「「「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」」」」


 軍隊のように立ち上がった彼らは、背筋を伸ばしてバラガスに返事を返す。


 あのヘラヘラとしたアッガスですら、傭兵としての顔をしていた。


 「“我々は絶対的強者ではない”か。俺も気をつけないとな........」


 世界は広い。


 厄災級魔物と戦える力を持った俺達ですら、敵わない相手はいる。


 この世界で生きている限り、会う可能性はある。


 俺達も歩み続けなければならない。


 「ファフニールですら敵わない相手........かぁ」

 「いつか会うかもね」


 サラッといつの間にか俺の横にいる花音は、俺のつぶやきに応える。


 「勘弁願いたいな。会うとしても、敵としては会いたくない」


 なんとなくは想像が付く。おそらく原初オリジンの異能を持つ者達だ。


 ファフニールと同格以上の相手など、本気でやり合った日にはタダでは済まない。


 出来れば、戦いたくはないな。


 俺はそう思うのだった。

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