スタンピード

派閥って面倒

 シルフォードと契約を結ぶ精霊のサラが、下位精霊から上位精霊へと至ってから1ヶ月が経った。


 魔王と言う驚異が過ぎ去ってから仮初の平和を保つこの世界では、闇に紛れて着々と戦争の準備が整いつつある。


 その中心に居るであろうおれと花音は、今日も今日とて積み上がった報告書を眺めていた。


 「流石に誤魔化し続けるのは無理だな。正教会国も神聖皇国が戦争を仕掛けるのでないかと疑い始めてる。出来れば、計画が動くまでは大人しくしていて欲しいな」

 「正教会国は疑ってはいるけど、対策はしてない感じだね。随分と悠長に見えるよ」


 ここ一ヶ月近くで、神聖皇国は随分と兵力を南へ移し始めている。


 それに伴い、物資もかなり動くので全てを隠し通すのは無理だ。


 神聖皇国内やその属国にいる正教会国のスパイを消していたとしても、限界はある。


 各国で正教会国のスパイを暗殺する子供達と言えども、手が足りていなかった。


 「もう少し子供達をスパイ狩りに回すか?いやでもそれだと他の国の監視が緩まるな........」

 「別に無理しなくていいんじゃない?もう情報は漏れちゃってるし、何より商人の話が広まれば嫌でも正教会国の耳には入るからね。流石に、正教会国と何も関わりのない商人にまで手を出したらキリがないよ」

 「人の口にとは立てられないって訳か。幸いなのは、正教会国の動きが遅い事だな。相変わらず権力争いに明け暮れていやがる。この前は、力をつけ始めてた司教の1人が暗殺されてたな」

 「今回は、その司教を暗殺した勢力の幹部が暗殺されてたね」

 「おー怖い怖い。つくづく、召喚された国が神聖皇国で良かったと思うよ。もし、正教会国で召喚されたらその権力争いに巻き込まれて、胸糞悪い異世界召喚系のラノベになるところだった」


 これがラノベの世界なら胸糞悪いだけで済むが、それが現実になったら溜まったものでは無い。


 何も知らない異世界で、その悪意と戦わされるなんて真っ平御免だ。


 この点に関してだけは、女神に感謝である。


 もしかしなくても、勇者を暗殺しろみたいな命令があって俺達を殺そうとしてくるだろうからな。


 ........あれ?そんな命令無くても暗殺されかけたな。


 俺に関しては、どっちも変わらなかったかもしれない。


 そんな悲しい事実には、気付かないふりをして俺は長椅子に置かれた紙束を手に取る。


 正教会国や正共和国、そして正連邦国の情勢も大事だが、それ以上に足踏みを揃える仲間の国の情勢も大事だ。


 「大帝国も権力争いしてんな。次期皇帝の座を争って第一皇子と第五皇子がドンパチやってやがる。しかも、その争いに第六皇子が介入しようとしてるな」

 「嫌だねぇ。どこもかしこも権力争い。もう少し平和に生きれないのかな?」

 「それは無理だろ。人間、3人集まれば派閥ができるんだ。たった3人ですら仲良くできないのに、それの何万倍もの人が住む国で仲良く出来ると思うか?」

 「無理だね。比較的仲のいい揺レ動ク者グングニルですら、派閥はあるからねぇ........」


 人間、3人集まれば派閥ができる。それは俺達揺レ動ク者グングニルも例外ではなく、幾つかの派閥に分かれている。


 1つは俺を中心とした派閥。


 この派閥に属するのは、恐らく俺と花音とイス、そしてベオークの4人だろう。


 人数こそ少ないものの、勢力としては1番大きい。


 2つ目は、厄災級魔物達が属する派閥。


 これは厄災級魔物達全員がこの派閥だと言って過言ではない。


 彼らは人間とは違う価値観を持っていることが多いので、特に派閥や権力などは気にしていない。


 国家の王であった吸血鬼夫婦も、自由の身になれたのに態々派閥争いなどやる気は無く、特になにかするという事は無い。


 そして最後にシルフォード達の派閥。


 シルフォード達の派閥がが1番人間味のある派閥だろう。


 とは言え、三姉妹は俺に借りがあり、獣人達に至っては俺や花音の奴隷だ。


 俺の派閥だと言っても過言ではない。


 さらに言えば、三姉妹とは獣人達で別れているのだが、お互いに差別されてきた過去がある為かかなり仲がいい。


 ごく稀に、相手の文化などを知らずに差別的な発言をしてしまうこともあったりしたが、1年近くも過ごせばそれも無くなる。


 そんな訳で、俺達揺レ動ク者グングニルは派閥らしきものこそあるものの、全員が全員仲がいいのだ。


 「派閥があっても争いがないのは、差別されてきた者達の集まりだからだろうな。厄災級魔物の連中はそもそも自己中心的過ぎて派閥なんてあってないようなものだし、俺や花音はそういう面倒事を好まない。三姉妹や獣人達は差別されてきた過去がある為か、仲がいい。最初は人間や獣人、エルフや亜人で構成された傭兵団を作るつもりだったが........これはこれでよかったかもな」

 「そうだね。これが一般的な価値観をもった人達や、野心家を仲間にしてたらもっと大変だったと思うよ」

 「あの島に流れ着いたのは、結果的に正解だったって訳だな」


 俺はそう言いながら、大帝国についての報告書を置く。


 次期皇帝の座を争ってはいるものの、まだまだ現皇帝の権力が強い。


 既に世界規模の戦争が怒ることを知らされている皇帝は、今帝位争いが激化するのを黙って見過ごすような真似はしないだろう。


 それに、戦争で戦果をあげれば皇帝の座が近づくという事で、今争っている第一皇子と第五皇子もそちらに集中するはずだ。


 対して不安には思っていない。


 それよりも問題は聖王国だ。


 俺は聖王国の報告書を手に取って眺めると、ため息を着く。


 「どうして貴族ってのはこんなに愚かなんだ?国が弱まって困るのは自分達だろうに........」


 大帝国にも言えるが、基本的に内部での権力争いは国家の力を弱めることになる。


 それもそのはず、これはある種の内乱だからだ。


 下手をすれば他国に付け込まれ、そのまま切り崩されることになる。


 大帝国の場合はそこら辺を弁えているようだったが、聖王国の場合は節度がない。


 「貴族派閥が随分と好き勝手にやろうとしてるな。凄いぞ。中には国家を分裂させて正当な聖王国を建国するべきだと言うやつもいるらしい。ここまで来ると権力争いじゃなくてただの内乱だな」

 「それを放置する王様もどうかと思うけどね........とっととそんな貴族消せばいいのに、下手に貴族派閥に配慮するから馬鹿どもがつけ上がる。何を考えてるんだろう?」

 「まぁ、その立場にならないと見えてこない物ってのもあるから、一概にダメとは言えないけどな。とは言え、これは国家反逆罪で捕らえてもいいとは思う」


 ただの一般人に国王の立場の考えなどわかるわけが無い。


 長年連れ添っている花音ですら、何を考えているのか分からないのだ。


 国王は国王なりの考えがあるのだろう。


 「珍しく肩を持つね」

 「元国王のストリゴイが言ってたのさ。“王とは民に配慮した国を作るべきだ。だが、国家を運営するもの達の顔色を伺わなければならない。王とは孤独で面倒な仕事だ”ってな。あのストリゴイが心の底から死にそうな顔をしながら言ってたんだぞ?あの優秀なストリゴイが。凡人のこの国王はもっと大変なんだろうなと思うと、少し同情がな」

 「........仁に同情する心なんて残ってたんだ。私はそっちの方が驚きだよ」

 「急に来た右ストレートは良けれませんわぁ........」


 こうして、俺と花音はイスが“遊んで!!”と言いに来るまで報告書と睨めっとするのだった。

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