世界は闇に満ちている

 神聖皇国のとある場所。そこに第五聖堂騎士団団長エルドリーシスはいた。


 コツコツと鳴り響く足音は、その薄暗い道の中に反響し何度も重なった足音が耳に入ってくる。


 「ここに来るのも久しぶりね」


 誰もいないその空間。しかし、よく見れば違和感を感じるだろう。


 薄暗く静かなその空間には、どこか小さな魔力を感じる。


 エルドリーシスは、魔力が篭っている場所に手を当てると合言葉を呟いた。


 「闇の中に我らの灯火はあり。闇の中は静かな安寧。我らは歩く闇なり」


 合言葉が呟かれると、魔法陣が現れて何も無かったはずの壁にひとつの扉が現れる。


 茶色くどこかみすぼらしい扉は、エルドリーシスが近づくと自動で開き、エルドリーシスを迎え入れる。


 「ほう?随分と珍しい客だ」

 「久しぶりね。情報屋パンク」


 扉の先に入れば、全身を黒の布で覆ったいかにも怪しい人物が興味深そうにエルドリーシスを眺めていた。


 “情報屋”パンク。彼は闇に生きる情報屋であり、神聖皇国内で彼の知らない情報は無いとまで言われている。


 実際、彼の情報網は凄まじく、こうして神聖皇国の中でも立場のあるもの達も利用する程だった。


 パンクは、どこか劇の演者のように大袈裟な立ち振る舞いをしながら、要件を聞いた。


 いくら優れた情報屋とは言え、相手の知りたい情報までもがわかる訳では無い。


 大方予想が付いている辺り流石だが。


 「第五聖堂騎士団団長エルドリーシス殿が、一体なんの用かな?」

 「神聖皇国が何を裏で動いているのか、あなたは知ってる?」

 「それだけでは分かりませんね」

 「神聖皇国がこっそりと兵力を南へ配置している。何が目的が知ってる?」

 「........あぁ。アレですか。知ってますよ」

 「幾ら?」


 情報は一種の財産だ。それを知っている事で価値となる。


 その為、重要な情報の値段は高い。


 エルドリーシスは、今持つ全財産を投げ打つ覚悟だった。


 しかし、情報屋は首を振る。


 「これに関してはいくら積まれても言えませんよ。下手をすれば、私の首も飛びかねない」

 「........なに?」


 情報屋は情報を売るのが仕事だ。


 それを売らないというのは、ある意味職務放棄だった。


 金さえ払えば売って貰えると思っていたエルドリーシスの顔が歪む。


 「こちらは貴様を捉えることも出来ると言うことを忘れていないか?その首をは撥ねようと思えば、いつでもできるんだぞ?」

 「脅しのつもりですか?貴方程度では無理ですよ。こう見えても逃げ足だけは早いのでね」

 「なぜ言えない。本当に知っているのか?」

 「知っていますよ。私も絡んでいるのでね。だから言えないんですよ」


 情報屋が絡んでいる。その事を金も払わずに知れたことはかなりの収穫なのだが、少し頭の弱いエルドリーシスはそれに気づかない。


 そもそも、南に兵力を移していることが分かっていれば何となく想像がつくだろう。


 どこかの国と戦争するのではないか?と。


 しかし、彼女はそれがわからなかった。


 「........分かったわ。大人しく帰らせてもらうわ」

 「えぇ。その方が良いでしょう。ここで騒ぎを起こすものではない」


 エルドリーシスは、これ以上自分一人での捜索は無理だと判断し、友人を頼ろうと決意した。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 エルドリーシスが帰った後、情報屋パンクは部屋の隅に視線を向ける。


 「これでよかったのか?」

 「えぇ。少し無駄話が過ぎたかもしれませんが、鈍感な彼女のことです。問題ないでしょう」


 情報屋の視線の先からゆらりと現れたのは、第一聖堂騎士団団長ジークフリードだった。


 彼は少し遠い目をしながら、エルドリーシスの姿を思い出す。


 「随分と大胆に聞いてきましたねぇ。そして察しも悪い。あそこまで知っているならば、予想は着くでしょうに」

 「どうするんだ?彼女は確か、昔やらかしてたはずだろ」


 口調が変わった情報屋の言葉を聞いて、ジークフリードは頷く。


 「何度か面倒事を引き起こしてましたね。まぁ、客観的に見れば我々の方が悪役と見られるので、正義感の強い彼女には許せなかったのでしょう」

 「今回はそうとも思えんがな」

 「そうですね。しかし、可能性はゼロではない。面倒事が起こり、万が一にでも彼らを逃がすような真似をすれば........この国は敵に回しては行けないものを回してしまうでしょうね」

 「なんだ?それは」

 「彼から聞いた話ですよ。どうも、本気で怒らせると見境が無くなるようで、実力がどれ程かはわかりませんが、下手をすれば国が滅ぶそうです」

 「んー?なんとなくはわかるが........この国を滅ぼすのは流石に言い過ぎな気もするな」

 「そうだといいですね........」


 ジークフリードは知っている。その闇はとてつもなく深いと。


 ジークフリードは知っている。その目は狂気に満ちていると。


 ジークフリードは知らない。その狂気の深さを。


 ジークフリードは知らない。その狂気の強さを。


 ジークフリードが知ることは無い。この全てが掌の上だと言うことを。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 人々の目から逃れたその場所で、影は静かに世界を見る。


 「準備は?」

 「既に終わってますよ。あとは始まりを待つだけです」

 「そう。なら、もう暫くはのんびりできるね」


 影はそう言うと、コンコンと扉が叩かれた。


 影が扉を叩いた主を確認する前に、扉は開かれその者は勝手に部屋に入る。


 「おいおい。勝手に入るなよ」

 「........?ノックはしただろ?」

 「ノックをしたからと言って、その部屋の持ち主の許可なく入るのは普通ダメだからね?」

 「これが女の子の部屋ならそうしたが、お前は男だ。諦めろ」

 「かァー!!そんなんだから君は同性に嫌われるんだよ。あの時から学ばなかったのかい?」

 「知るか。俺はあの時から自分勝手に生きるって決めたんだよ」

 「それ、いつもじゃん」


 影はそう言うと、ソファーに座るように勧める。


 入ってきた主は、遠慮せずにソファーにドカッと座ると、テーブルに置いてあったクッキーをひとつ摘んだ。


 「........っちこの身体になって寿命は考えなくても良くなったが、飯の味が分からんのは残念だな」

 「まぁ、しょうがないさ。自立機械人形オートマタの身体じゃ味覚の再現には限界がある。人間らしく見せるためにリソースを使っているなら尚更ね」

 「あぁ、また焼き鳥とか食いてぇなぁ」

 「計画が上手く行けば、ワンチャンスある。確率は五分五分だが、君なら大丈夫だろう?」

 「知るか。あの時も五分五分で外したんだ。俺は50%は信じない」


 自立機械人形オートマタはそう言うと、大きく欠伸をして天井を見上げる。


 その顔はつまらなさそうだった。


 「それで、ここに来た理由は何かしら?」

 「ん?魔女か。は元気か?」

 「えぇ。元気よ。それで、何をしに?」

 「いや?特にないけど。暇つぶしに来ただけだぞ」

 「........」


 魔女は一瞬、叩き出してやろうかと考えたが、相手はこれでも協力者だ。


 軽く首を振ってその思考を振り払う。


 「ま、しばらくはのんびり世界を観察するさ。世界大戦とか見るに限るだろ?」

 「食べ物と飲み物を用意しようかね。とは言え、まだ3ヶ月近くは暇だけど」


 影と魔女と自立機械人形オートマタは、静かに笑った。







これにて第三部1章はおしまいです。もう1章、戦争前の説明&伏線回なのでお付き合い下さい。

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