各国の現状①
神聖皇国から西に位置する聖王国。
その国王であるジャハド・ジャハドは神聖皇国から送られてきた報告書を見て、立派な髭を撫でる。
「ほう。神聖皇国は随分と面白いことを考えるな」
その手に握られた報告書に書かれていた計画。国王は既に乗るき満々だった。
「どう致しますか?神聖皇国と大帝国と手を組むのは、確かにメリットがありますが同時にデメリットもありますよ」
既に乗るき満々の国王を見て、この国の宰相であるシララバは焦りを感じつつ一旦止めに入る。
11大国に並べられる聖王国、その国の国王を務めた者全てが賢王だった訳では無い。
中には愚王も多く存在し、聖王国の基盤を揺るがす者までいた。
ジャハド・ジャハドは賢王と呼ばれるほど賢くはなく、そして愚王と呼ばれるほど愚かではない。ごくごく普通の王。凡王だった。
しかしジャハドは、自分の事を賢王に近いと思っており、時に愚王のような振る舞いをすることがある。
周りの意見を聞く耳がある為最悪の事態は避けられているが、その隣で国王の他をする宰相の心は休まらない。
下には下がいるため凡王となっているが、時代が違えば愚王と呼ばれていただろう。
今回もそのような臭いを感じ取った為、国王が勝手に結論を出す前に止めに入ったのだ。
国王はその立派な髭を撫でながら、宰相の意見を聞く。
「ふむ。メリットは?」
「神聖皇国に多少の恩が売れることと、宿敵である正共和国を消すことができます。正共和国とはいづれ決着をつけねばならない相手であり、その終止符を打てるのは大きいでしょう」
「そうだな。それは私も考えた。ではデメリットは?」
「下手をすれば貴族派が力を持つこと。場合によっては、戦争中に反乱を起こされます。それと、戦争には食料が必要ですが、去年の災害によって備蓄が少ないです。戦争を始める時期にもよりますが、どちらにしろ民への負担は計り知れません」
「貴族派か。奴らに実権を握らせるのは少々良くないな。私の子が王になった時、それは邪魔になる」
聖王国にも貴族と言う特級階級がある。
聖王国に所属し、その先祖が何かしらの功績を挙げて貴族になったもの達だ。
その権力は凄まじく、自分たちが治める領地では王として振舞っても問題ないほどには権力が強い。
領地事に法律が違い、とてつもない重税を課すところもあれば、領民のことを考えた優れた経営をするところもある。
そんな貴族たちには大きくわけて3つの派閥がある。
聖王国を中心として考える王国派。
貴族の権力を強めようとする貴族派。
そして、そのどちらにも属さない中立派。
この三勢力が、聖王国内で毎日のように派閥争いをしているのだ。
国王としては国の力が内部から崩壊する恐れがあるので、みなで仲良く手を取り合って欲しいものだが、そういう訳にも行かない。
国王としては、悩みの種の1つだった。
「貴族派閥に力を持たせるのはまずいな。何とかして功績を挙げられない戦線に配置しなければ」
「既に参加する前提なのですね........」
「当たり前だ。デメリットも確かにあるが、それ以上に正共和国は潰さねばならん。こ100年間、聖王国と正共和国との争いは也を潜めていた。そろそろ決着をつけに行ってもいいだろう」
聖王国と正共和国の争いの歴史は長い。
2000年も前から争ってきた両国は、お互いに憎み続けているのだ。
「民の負担は増えますが?」
「それで言えば、無能な貴族派の連中も同じだろうに。奴は民を人と思っておらぬからな。民なくして王と非ず。それが貴族にも言えると言うのが分かっておらん」
「貴族派は自分のことしか考えていませんからね。彼らがいなければ、もう少しこの国を発展させられただろうにとは思いますよ」
「そうであろう?ならば、これは賭けだ。上手く行けば正共和国との決着をつけれる上に、貴族派の連中の力を削げる。幸い、聖魔や他の
「もし、貴族派が勝った場合は?」
「その時は、国王の権限で無理やりにでも貴族位を取り上げるさ。そうすれば反乱を起こすだろう?それを鎮圧すればいい。聖魔がいる時点で、貴族派に勝ち目はないのだからな」
「........そう、ですね。分かりました」
どちらにしろ、民には大きな負担となる。
宰相は、その言葉を無理やり飲み込んでその場を後にした。
「凡人め。貴族としてならばそれなりかもしれないが、あれば王の器ではない。早く何とかして王太子殿下に国王になってもらいたいものだ」
宰相も貴族の1人だ。民の負担など考えずに、やらねばならない時があるのもわかっている。
しかし、国王は口では分かっていると言いつつ、実際には何も分かっていない。
民のためと言って税を減らしたかと思えば、財政がすぐに厳しくなって税を戻すどころかさらに上げる始末だ。
ここまで酷いのは本当に稀にしかないが、それでも幾つかの失策をしている。
「王太子殿下こそが王の器。なんとしてでも殿下を王にしなければ........」
国王の子である王太子は、かなり賢く、それでいて慈悲深い。そして、時として冷徹な判断をくだせる決断力もあった。
宰相が求める王としての器を完全に満たしており、宰相は出来るだけ早く彼を王の座に付けたかった。
しかし、貴族派閥の妨害や今回の戦争。
とにかくタイミングが合わない。
戦争が始まれば、その間王が変わることは無い。
暗殺されれば別かもしれないが、さすがの宰相も暗殺を企てるほど愚かではなかった。
「つくづくタイミングが悪いな。貴族派閥の妨害も神聖皇国の戦争も、もう少し遅ければ既に王は変わっていたというのに。私としては、一刻でも早く王太子殿下に王の座についてもらいたい。そうすればこの国は安泰だ。国王陛下、唯一の功績かもしれん」
聖王国は11大国に数えられているが、人間国家の中では1番力が劣ると宰相は考えている。
どっちつかずの政治によって、本来得られるはずの利益が得られていないのだ。
そのため、徐々に力を落としていると宰相は思っている。
事実税収は少しづつ落ちており、国家の運営に影響こそないものの、確実に弱っていた。
最近では他国の間者も多くなっており、それの取り締まりに多くの人員を割いている。
中には、他国と手を組もうとする貴族すらいたのだ。
あまりに短絡的すぎであり、そして愚かである。
「邪魔者を消し易くなるという点においては、今回の戦争は有難いかもしれんな。民の負担も大きくはなるが、そこは何とかして和らげるとしよう。先ずは.......そうだな。奴に話を持っていくか。何かいい案が浮かぶかもしれん」
宰相はそう呟くと、誰も居ないその道を歩く。
コツコツと自分の足音だけが廊下に響くその姿は、たった1人でこの国を支えようとする宰相を表しているようだった。
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