騒がしくも静かな店

 リーゼンお嬢様の戦闘訓練が終わったのは、日が地の境界線に隠れ始めた頃だった。


 朝っぱらからずっと動いていたリーゼンお嬢様は、その疲れきった身体を癒すために湯船につかりに行き、俺達はエリーちゃんの店へと足を運ぶ。


 偶にリーゼンお嬢様の家族と夕飯を食べることもあったが、今日はその日ではなかったようだ。


 しばらく歩くと、一件の宿が見えてくる。


 相変わらず静かなその宿の扉を開くと、ごっついガタイをしたお姉さん(オッサン)が顔を輝かせて出迎えてくれた。


 「あら!!ジン君達じゃないの!!久しぶりねぇ」

 「久しぶりだな。エリーちゃん。今日は俺たちだけか?」

 「いえ、ダーリンもリックもメルも後でくるわよぉ。ダーリンはもうすぐ来るんじゃないかしら?」


 相も変わらず元気なエリーちゃんは、ルンルンと機嫌よく俺達を手招きしてカウンターのある席に座らせる。


 そして、何も頼んでいないにもかかわらず、アポンのジュースを出してくれた。


 「注文もせずにジュースが出てくるあたり、俺達も常連になってきた感じあるよな」

 「わかる。大将、いつもの。で通じるやつね。エリーちゃんノリがいいから、やってみたら?」

 「いいわよぉん。でもジン君達の好みは大体分かってるから、お口に合うものを出させてもらうわぁ」

 「それは楽しみだな。次きた時に頼むとするよ」


 そうやって何気ない会話を楽しんでいると、店の扉が開かれる。


 静かに空いたその扉の先には、どこか知的な男がいた。


 「おや、今日は四番目か」

 「ダーリン!!おかえりなさぁい!!」


 エリーちゃんはいつもの如く、カウンターから飛び出すとラベルに盛大なハグをしてくるくると回る。


 ラベルも毎日のようにされているため、随分と慣れているようで、なされるがまま大人しくしている。


 本人達には言えないが、傍から見ると人間を閉め殺そうとするゴリラだ。


 筋骨隆々なエリーちゃんのハグは、ナヨナヨとしているラベルの身体をへし折らんとしているように見えてしまう。


 その気になれば、背骨とかゴキってできてしまいそうだ。


 10秒ほど回った後、満足したのかエリーちゃんは、ラベルを下ろすとホクホク顔でカウンターへと戻ってくる。


 振り回されたラベルも、何事も無かったかのようにカウンター席へと座った。


 「いつもの」

 「はい。エール。料理はもう少し待ってね。ジン君達のを先にやっちゃうから」

 「大丈夫だよ。僕よりも先に来ていた人を優先するのは当たり前なんだから」

 「うふふふふふ。そうね。それじゃ、作ってくるわぁ」


 エリーちゃんはそう言うと、店の奥に消えていった。


 さすがは常連客。“いつもの”でオーダーが通る。


 「久しぶりだね」

 「久しぶりだな。今日の仕事は終わったのか?」

 「うん。終わったと言うよりかは、仕事がキャンセルされたって言う方が近いかな?君達も知ってるだろ?3日前に元老院の1人であるシスバーグ元老院が亡くなったんだ。僕はその親族から依頼を受けていてね。今日がその日だったんだけど、今は色々と忙しくてそれどころじゃないから依頼はキャンセルって言われたのさ」

 「........それは........災難だったな」


 うん。なんというか、その、ごめんな?仕事を奪っちゃって。


 ちょうどジジィのリストにもあったし、教会にちょっかいかけてくる奴の後ろ盾を消してやろうと思ってやったら、こんな所にまで被害が出ていたとは。


 これが全くの赤の他人ならともかく、ラベルは既に友人と呼べるような関係だ。


 流石に友人の仕事をおじゃんにしたのは申し訳ない。


 それに、相手が元老院の親族って事は、コネや報酬も良かっただろうに。


 今日は奢ってやろうと心に決めると、ラベルは苦笑いしながら言葉を続けた。


 「まぁ、キャンセル料貰ったし、こういう言い方は悪いけど描きたくも無い絵を描かされなくて良かったと思っるよ。それに、シスバーグ元老院は良くない噂が多いからね。そこと仲良くなるのは嫌だったんだ」

 「随分と言うな。その親族とやらに聞かれたら大問題だぞ?」

 「大丈夫だよ。こう見えてコネだけは色々とあるからね。もし、何か仕事に困ったら僕に言うといいよ。安全なものから危険なものまで、紹介できるのは多いからね」

 「それは怖いな。言い方を変えれば、安全な後ろ盾から危険な後ろ盾まである訳だ」

 「後ろ盾では無いかな。そこまで親しくはないからね。でも、何か困った時に動いてくれるぐらいには仲がいいかな?人1人ぐらいは簡単に消せると思うよ」


 サラッと危ないことを言うラベルに、軽く顔をひきつらせているとタイミングよくエリーちゃんが戻ってくる。


 その手には、俺達が頼んだ串焼きセットがあった。


 「はい、これね。ダーリン?あまり脅すのはダメよ。ジン君達の後ろにはローゼンヘイス家がいるんだから」

 「それは怖いな。と言うか、僕は別にジン君達をどうこうしようとは思ってないよ。言葉遣いこそ悪いけど、何かあくどい事をやってるような人じゃないからね」

 「当たり前だ。俺は女神ですら褒め称えるほどの聖人君子様だぞ。そんな悪い事をやってるわけないじゃないか」


 暗殺とかどっかのやべー組織から金をがめったりしているが、あれば世界平和のためだからセーフである。


 多分女神も許してくれるよ。


 ほら、悪を捌く悪みたいな。


 俺が頭の中で言い訳していると、エリーちゃんもラベルも怪しむ顔を向けてくる。


 そんなに俺が聖人君子には見えないのか。


 気持ちは分かるけど。


 「聖人、君子?」

 「なかなか面白い冗談だねジン君。あまりの面白さに、一周まわって笑えないよ」

 「喧嘩売ってるだろ。俺はどこからどう見ても聖人君子だろ?それこそ、女神の生まれ変わりだって言われても不思議ではないぐらいにはな」

 「それ、教会関係者に間違っても言わない方がいいよ。冗談抜きに殺されるから」

 「んな事は分かってるさ。流石に言う相手は選ぶっての」


 そうやってワイワイと話していると、再び店の扉が開かれる。


 リザードマンと牛の獣人だ。


 2人は俺達を見つけると、どこか楽しそうな笑みを浮かべながら店の中に入ってくる。


 「今日は騒がしくなるな」

 「そうねぇ。お酒が進んじゃうわぁ。明日も狩りがあるのにねぇー」


 ギザギザの歯を出してニカッと笑うリックと、のほほんとしながら手を頬に当てるメル。


 2人は普通席に座ると、飲み物を注文して俺たちの会話に入ってきた。


 「そう言えば知ってるか?シスバーグ元老院が自殺したって話」

 「知ってるさ。ついさっきその話をしていたところだ 」

 「色々と黒い噂が耐えない人だったわよねぇ。冒険者ギルドにも、シスバーグ元老院の手が入った者が多くいたって話だし。全く、怖くて仕方がないわぁ」

 「ケッ、“殺戮牛のメル”がよく言うぜ。何かあれば暴れ牛になるくせに」

 「あらぁ?乙女に向かって何か言ってるわねぇ?リックー?吐いた言葉は戻せないのよー?」


 メルはそう言うと、リックのアタマを鷲掴みにしてギリギリと力を込めていく。


 にっこりと笑っているが、その手にはとんでもないほどの力が込められているのが分かった。


 「あだ!!あだだだだだだ!!痛てぇ!!痛てぇから!!」

 「ごめんなさいは?」

 「ごめんごめん!!謝るから!!」

 「誠意が足りないわ」

 「いででででで!!」


 こうして、傭兵ギルドとはまた違った騒がしさで人の少ないこの店は盛り上がるのだった。

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