大帝国の現状
戦争が始まるまでにやるべきことをまとめた俺だったが、どれもすぐにできるものでは無い。
しばらくはゆっくりと過ごすことを決めた次の日、俺達はアゼル共和国の首都デルトに来ていた。
「久しぶりね!!先生!!」
「お久しぶりですジン様、カノン様、イス様」
デルトの街に入り、大通りを抜けてひとつ大きな屋敷の前に行くと、元気な少女とメイドが俺達を出迎えた。
この街を束ねる元老院の1人である、ブルーノ・ガル・ローゼンヘイスの一人娘であるリーゼン・ガル・ローゼンヘイスだ。
そして、その後ろに控えるのは、リーゼンお嬢様の護衛であるサリナである。
元は暗部の暗殺者だったのだが、ヘマをやらかして死にかけていた所をリーゼンに拾われた経緯がある。
「よう。久しぶりだな。元気にしてたか?」
「お久。元気そうだね」
「久しぶりなの!!」
俺は、年相応の眩しい笑顔で俺達を出迎えるリーゼンに軽く手を挙げて挨拶をするとさっさと屋敷に足を踏み入れた。
今日は、週に二回ほど行う戦闘訓練の日だ。
この一年間は基礎力を上げるために、走り込みを中心に色々な事をやっている。
自分たちの基礎を見直すいい機会になるので、俺も特訓だと思ってリーゼンお嬢様と一緒に走ったりしていたりする。
裏庭へと着いた俺たちは、早速リーゼンお嬢様に練習内容を告げた。
「さて、早速だが走るとするか。身体強化は無しでこの小さい庭を10週。全力で走ってくれ」
「わかったわ!!今日こそ8分を切ってやるわよ!!」
そう言ってダッシュで走り始めたリーゼンお嬢様を見ながら、俺達も軽く体を解して準備運動をした後走り始める。
この裏庭は、だいたい100m四方の大きさなので、10週すると約4kmの距離となる。
元の世界でこの距離を走ろうものなら、15~6分近くかかるだろうが、この世界では違ってくる。
11歳の少女ですら10分もあれば走りきってしまえるのだ。
魔力によって肉体が強化されるのが原因らしいが、詳しい事は分からない。
ともかく、リーゼンお嬢様は自己最高記録を更新しようと躍起になっており、とてつもない速さで裏庭を駆け巡る。
しかし、あれはどう見てもペース配分を考えているようには見えない。
そして、6分後。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
「少しは頭を使って走れよ........」
案の定、リーゼンお嬢様は息を切らしていた。
普段は頭がいいはずなのに、どうして急に脳筋戦法を取るのか。
盛り上がると、ペース配分とか一切考えないのはリーゼンお嬢様の悪いところである。
ちなみに、リーゼンお嬢様よりも遅く走り始めた俺達は既に走り終えており、死にそうな顔をしながら走るリーゼンお嬢様の応援をしていた。
その三分後に、10週を走り終えたリーゼンお嬢様は地面に寝転がると悔しそうにタイムを見る。
「きゅ、9分13秒。またしてもダメだったわ........」
「そりゃ、あれだけペースを考えずに走ってればそうなるわな。調子に乗って配分を考えないのは悪い癖だぞ」
「そうですよ主人。速攻で相手を仕留めるのも必要ですが、継戦能力もなければ戦えません。特に、主人のように異能が戦闘に使えない人ならば、尚更ですよ」
「そう言われると、ぐうの音も出ないわね........調子に乗りすぎたわ」
天を見て仰ぐリーゼンお嬢様だったが、まだ訓練は始まったばかりである。
俺は休憩もそこそこにして、次の訓練を始める。
「次は身体強化アリで20週だ。今度はちゃんとペース配分を考えろよ?」
「モチのロンよ!!次はペース配分を間違えたりはしないわ!!そして目標は12分!!」
その後、11分46秒で走りきるあたり、やればできる子なのだろうと思わされるのだった。
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神聖皇国の東側に位置する大帝国では、皇帝フリードリス・フリードライヒが静かにその報告者を眺めていた。
赤を基調としたその部屋は、まさに皇帝に相応しく、血に塗られた大帝国の歴史をその部屋で表現しているかのようだ。
大帝国に理解が無いものは、この部屋を悪趣味だと思うだろう。
しかし、それが大帝国が反映してきた歴史であり、それが文化である。
「宰相。お主、これをどう見る?」
フリードリスは、宰相ククルクに報告者手渡す。
宰相は素早くその報告書に目を通すと、口元を緩めながらもどこか疲れたかのように目頭を抑える。
そして、ゆっくりと報告書を返すと自分の意見を簡潔に述べた。
「乗るべきかと」
「やはりそうなるか。しかし、我が大帝国は先程小さな国を落としたばかりだ。その統治と失った兵達の傷もいえぬまま、戦争を始めるのはどうかと思うがな........」
「それは仕方がないでしょう。今ここで指を加えてみていれば、大帝国の力は一気に落ちます。聖王国と神聖皇国はともかく、大エルフ国に力を持たせるようなことがあれば、次の大戦はそことなりますよ」
宰相の意見を聞いた皇帝は、大きくため息を吐くと天井を見上げる。
その顔は、どこか疲れ切っていた。
「分かっておる。が、ぶっちゃけ面倒だ。昔は大帝国繁栄の為と張り切っておったが、さすがに儂も歳を取りすぎた。そろそろ世代交代する時期だろうに........」
「それは、皇帝陛下の子育てが下手だったからとしか言えませんね。まさか第六皇子以外、全員が一癖も2癖もとは思いませんでしたよ」
「........子育ては妻達に任せていたからな。儂でも驚きだ。仮にも、儂の血を受け継いでいる者がここまで愚かだとは........」
皇帝には現在、6人の子供がいる。
第一皇子は既に成人しており、25という年齢でありながら未だに皇太子の座に着けていない。
皇帝が何とかして功績をあげさせようとするも、その尽くを踏み潰して悪い方へと持っていく天才(天災)だった。
第二皇子は能力こそそれなりにあるものの、本人のやる気が全くと言っていいほど無く、自分が担ぎあげられるのを物凄く嫌う。
以前、無理やり皇太子の座につけようかとした際には、皇帝の自室にまで殴り込んできた始末だ。
そこまで嫌がられると、さすがの皇帝もお手上げである。
第三皇女は根っからの研究者であり、帝位に興味が無い。それに、継承権を既に手放している。
第四皇子は病弱であり、皇帝になったとしても子を作ることすら難しいとして継承権を剥奪。
今は空気の綺麗な場所で治療に当たっている。
第五皇子はとんでもない程のマザコン野郎であり、何かあれば“母上母上”と母親を宛にする。
第五皇子が皇帝になった場合は、間違いなく母親が実権を握るだろう。
そして第六皇子。
第六皇子は優秀で、皇帝である父親に憧れを持ち、しっかりと大帝国のために何が必要かを考えれる有能さを持っている。
現状、1番皇帝にしたい子ではあるが、まだ9歳と若く、皇太子にするには実績も足りなかった。
それに、便利な傀儡が欲しい帝国貴族達は第六皇子を邪魔者扱いしており、表立ってなにかしてはいないものの、裏で何やら不穏な動きがあるのは知っている。
「儂、もう65なんだから隠居したいぞ」
「第六皇子であるフリーラム様が成人するまでは無理ですよ」
「あと6年もあるのか........長いな」
「それに、帝位争いも徐々に表面化してきています。特に、第一、第五皇子の動きが活発になっており、下手をすれば戦争が始まる前に帝位争いが本格化しますよ」
「それは止めないとならんな........はぁ、面倒だ。昔はそんなこと考えなくとも良かったのだがな」
皇帝はそう言うと、再び天井に向かって息を吐くのだった。
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