やるべき事
宿に泊まった次の日は、各自自由に街の中を歩いていた。
帰る時に、全員の顔がホクホク顔だったので、満足いく買い物ができたのだろう。
そんなほんわかとした観光とは裏腹に、冒険者ギルドでは謎の死体が見つかって大騒ぎになっていたようだが、俺は何も知らない。
いや、何となく察しはついてるし、時間から考えて間違いないとは思うのだが、触れてはいけない気がして何も言ってない。
君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし、である。
冒険者ギルドの近くを通った時の、薄らと笑った花音の顔なんて見てないから。うん。
そんなこんなで、アンスール達のお土産を買って帰った俺達は普段通りの仕事に戻るのだった。
「神聖皇国は随分と慎重に動いてるな」
「それはしょうがないよ。バレるのはなるべく遅い方がいいからね。そうすれば向こうの対応も遅れるんだから」
俺たちの拠点であるヴェルサイユ宮殿に似た建物。その一室にある逆ケルト十字が飾られた聖堂の長椅子に座り、いつものように報告書を眺めていた。
そこに書かれていたのは、神聖皇国の兵の動きとそれに連動して動いている王国、帝国の動きだ。
どうやらあの爺さんは王国と帝国に計画の一部を流したようで、正共和国と正連邦国を目の敵にしている二国には協力を仰いだらしい。
とは言え、相当極秘の話になるため、王国と帝国でもこの計画を知っている人はかなり少ない。
神聖皇国ですら10人前後しか知らない計画だしな。
違和感を持たれないようにコソコソと戦力を南に移しているのは、さすがと言えるな。
そうやって報告書の確認を行っていると、気になる報告を見つけた。
「へぇ?俺達は戦線を1個丸々任されるそうだぞ?」
「およ?もう配属される戦線が決まったの?」
「そうみたいだな。場所的に、勝てば少しだけ有利になるが負けても別に問題ない戦線だ。山が隔ててるおかげで、相手軍の進軍が遅くなるからと書かれてる」
「戦線は広いの?」
「えーと、シュカス教会国とデデロン教会国の国境だな。両方とも教会国だが、シュカス教会国は神聖皇国寄りのイージス教、デデロン教会国は正教会国寄りのイージス教らしい。常に国境沿いで小競り合いが続いているみたいだな」
「そんなところに私達が殴り込みに行くの?」
「この報告書を見る限りそうらしい。シュカス教会国は防衛に優れているが攻勢には向かないそうな。それで俺達にやってもらおうって訳だ」
「ふーん。なるほどねぇ........」
俺が簡単に内容を説明すると、花音は何か考え込むように静かになった。
こういう時は花音の中で結論が出るまで放っておくのが1番なので、俺は報告書と睨めっこを再開する。
それにしても、戦線1つを任せるとは随分と俺達の力を信頼しているように思えるな。
........いや、これは本当に信頼しているのか?
俺達が魔王を討伐したと言う事を信じたとして、これだけ広い戦線を抑えられると思っているのか?
傭兵団一つで抑えられる戦線など、たかがしれている。
多少、攻めてくる位置は絞れるがそれでも限界があるはずだ。
あの爺さんは、何か別の狙いがあるのか?
「なぁ、花音」
「なに?」
「あの爺さんは何を考えてる?」
「んー。幾つか予想は着くよ」
花音は、そう言って人差し指をピンと立てる。
「まず1つ目、単純に私達の力を信頼している。向こうには龍二やアイリスちゃんがいるし、教皇のお爺さんに私達の強さを語ったと思う。コレは、それなりに可能性が高いよ。私達の団の構成は以前話しちゃったからね」
龍二に話した覚えがあるな。
確かに俺達が厄災級魔物を従えているという話が通っていれば、たった一つの傭兵団でも戦線を抑えられるのではないか?と考えても不思議ではない。
それだけ、厄災級魔物という存在は恐れられているのだ。
俺が1人で納得していると、花音は次に中指を立てる。
「2つ目。私達の力を見ておきたい。単純に実力を測りたいって事だね。私達が魔王を討伐したのは知っているから、どこまでならやれるのか見たいと言う思惑があるかも?これも可能性は高いよ」
「その為だけに、戦線1つを任せるのか........」
「あの爺さんならやりかねないと思うよ。なんせ、私達の計画にGOサイン出した人だからね」
実力を見るためだけに、戦線1つを任せるなんてぶっ飛んだ事をするのか。
可能性としてはありそうだな。
俺が静かに頷くと、花音は薬指を立てる。
「そして3つ目。私達を戦後の驚異にしたい。戦争が終わって、明確な“敵”がいなくなれば、今度起こるのは身内の争い。教皇のお爺さんはこの戦争で私達を驚異と見なされるぐらいに暴れさせて、次の魔王として人類の敵とする。共通の敵を作ってしまえば──────────」
「人は手を取り合い、争いは起こらない」
「そゆこと。でもこれは、可能性が低いかな?戦線1つを抑えられるような傭兵団を敵に回すようなことをすれば、七大魔王以上の驚異になり得るからね。新たな敵を自らの手で作り出して、それが原因で国が亡びましたとか笑い話にもならないし」
「なるほど。確かにそうだな。俺たちを敵に回すメリットは少ないか」
さすがの爺さんもそこまで馬鹿ではないだろう。
もし、そんな短絡的な事をしたならば、2500年近く続いた神聖皇国の歴史に終焉を迎える時が来てしまう。
俺も花音も、知り合いだからと言って手加減してあげるほど、優しい人間じゃない。
俺がそん考えていると、花音は小指を立てる。
「そして4つめ。私達を取り込みたい。魔王を倒せる程の実力を持つ私達を取り込むために、実績作りとして戦線を任せた。これは有り得るね。私達に首輪をつけれずとも、仲良くしていますよアピールがしたい。そして、我が国に喧嘩を売れば、コイツらをけしかけるけどええんか?って言う脅しの道具になる」
「俺達を国に取り込みたい。もしくは、気軽に何かを頼めるようにしたいって訳」
「そゆことー。私たちは強いからね。仲良くするメリットは大きいと思うよ。この他にも理由は思いつくけど、現実的じゃない。有り得る神聖皇国の狙いは、この4つかな?」
信頼、確認、敵対、友好、この4つが有り得る訳か。
個人的には敵対以外なら何でもいい。しかし、敵対の可能性も無きにしも非ずなので、そうなった時の対応も考えておいた方がいいな。
とは言え、戦争が始まるのはまだまだ先だ。これについては、後々考えればいいだろう。
「まぁ、戦争に関しては後でいいや。それよりも、今は足元を固めておかないとな」
俺がそう言って取り出したのは、バルサルの報告書だ。
今のバルサルは、随分と勢力図が動いており、冒険者ギルドVS傭兵ギルド&衛兵&教会の図が出来上がっている。
街の住民も、何となくその動きには気づいているようで、最近では様々な噂が流れているそうだ。
曰く、冒険者ギルドのギルドマスターは犯罪を犯している。
曰く、教会で冒険者ギルド所属の冒険者が暴れて子供を泣かせた。
曰く、冒険者ギルドに死体が送り付けられた。
とにかく、冒険者ギルドに対して不信感を抱くような噂が流れつつある。
「傭兵ギルドが顔役になるのも近いな」
「今度祝ってあげよっか」
「その前に幾つか手助けしないといけないけどな」
そう言いつつ、俺と花音は2日サボって溜まった報告書に1つづつ目を通していくのだった。
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