記憶の欠如
新たな同士ができたことにより一時は混沌を極めた傭兵ギルドだったが、日が沈み夜が深まるとその混沌も暗闇に消えていく。
傭兵共の殆どが酔い潰れ、屍の如く床に転がっている姿は何度も見た光景だった。
「ふははは!!中々に楽しめたな!!暇が出来ればまた来るとしよう!!」
「静かに飲むお酒もいいけど、こうして騒ぎながら飲むお酒もいいわねぇ。団長さんのおかげでこの街の出入りはできるようになったし、また今度遊びに来ようかしら?」
酔い潰れた傭兵達を見て、高らかに笑うストリゴイと静かに微笑むスンダル。
元々ノリが良く、酒飲みな二人はこの混沌とした空気が気に入ったようだった。
「それは良かった。基本自由にしてもらっていいが、呼び出した時はちゃんと来いよ?」
「分かっておる!!我も優先順位を履き違えるほど、バガではないのでな」
「安心して欲しいわ。そこら辺は弁えているわよ」
ファフニールほど自由人ではないのであまり心配はしていないが、一応釘は刺しておく。
こういうのは、言っておくのと言わないのでは色々と違ってくるのだ。
満足そうな吸血鬼夫婦の横では、少し顔を赤らめたドッペルがウトウトしていた。
「流石に飲みすぎました........」
「そりゃ、ここらにいる傭兵共を相手に飲み比べしてればそうなるわな。理性がちゃんと残っているようで何よりだ」
「大丈夫ですよぉ。いざと言う時は、酔い覚ましの薬を持っているのでちゃんと覚醒できます」
顔を赤らめながらそういうドッペルは、マジックポーチから丸薬を1つ取り出すと、それを口に放り込む。
ガリっ、と硬いものをかみ潰した音がすると同時にドッペルは顔を顰めた。
「相変わらず苦いですね」
すると、みるみる内にドッペルの顔は元に戻り、綺麗な少女の顔に戻る。
これだけ効果がある酔い覚ましなら、売れば大儲けできそうだ。
「凄いなそれ」
「私特性の秘薬です。今度、団長さんも飲んでみますか?酒の酔いが綺麗に無くなるので、どれだけ酔っても問題ないですよ」
「いや、俺は酒を飲むのが苦手なのであって、酔うのが苦手なわけじゃないから」
「そうですか........」
しゅんとして落ち込むドッペルだが、そんな可愛い顔をしても苦手なものは苦手である。
こればっかりは諦めてくれ。
「お前たちはどうだった?」
ドッペルから目を離し、獣人達に話しかける。
彼らは同じ獣人族に話しかけられており、自分達が奴隷であることを明かしていた。
この国ではあまりいい目で見られない奴隷だったが、生い立ちや俺に買われる時の話をしていたようでギルドマスター達は感動の涙を流していたのを覚えている。
いい歳こいたおっさん達が大泣きするその姿は、正直見るに絶えなかったが。
「いい人たちでした。団長様の悪口を言いつつも、そこに悪意がないのがとても良かったです」
「副団長様も好意的に受け取られていたようで、皆気さくな良い人達でした」
「良かったな。白色の獣人が獣王国では迫害されているのを知っていながら、俺達に普通に接してくれたのが特に」
「旦那と同じねー。いい人達だと思うわ」
「誰もが団長さんの愚痴を吐きつつも、誰一人として悪意がないのは面白かったですね」
「そ、そうか。それは良かった。休みの日とかは自由に出入りしていいからな」
アイツら、俺の悪口言ってたのか。
今度飲む時はそれを脅しの材料として、高い飯を奢らせてやる。
俺は顔には出さずにそう決めると、最後に三姉妹に目を向けた。
マルネスにダークエルフと見破られた三姉妹は、想像以上に周囲の警戒をしていたようで、1度もそのフードを外すことは無かった。
ちなみに、その見抜いた本人は傭兵達と仲良くなって酒を飲みまくり、今では腹を出して机の上で爆睡している。
どうせ明日になるまで起きないと思ったので、その場に放置だ。
「いい人達だった。団長さん達以外の人間を知れてよかったと思う」
「面白い方達でしたね。私達がフードを被っていることに疑問を持ちつつも、誰も触れませんでした。良識あるいい人たちです」
「変な人ばかりだけど、みんな優しかったよ!!」
「それは良かった。とは言え、あのアホどもが良い奴と言うだけであって悪い人間の方が多いことを忘れるなよ?」
「問題ない。資料で腐るほど見てきてるし、実例もある」
シルフォードはチラリと花音を見たが、花音は考え事をしているのかその視線に気づかなかった。
ってか、花音を悪い人間みたいな言い方をするなよ。
確かに、俺も花音もどちらかと言えば悪い方になるけどさ。
自分の復讐の為だけに世界戦争を起こそうとしてるんだし、やってることは完全に悪だ。
あれ?面子も魔物ばかしだしそれを束ねる俺って魔王じゃね?
そんなアホなことを考えながら、俺は団員達を引き連れて傭兵ギルドの前にある宿に泊まるのだった。
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彼女は、人が何かを失った瞬間の顔が好きだ。
彼女は、大切なものを忘れた瞬間の顔が好きだ。
彼女は、それで狂って死んでしまう人の姿が好きだ。
歪に歪んだ彼女の性癖は、街中を歩く罪なき人にも降り注ぐ。
「ねぇお兄さん。私と遊ばない?」
「お?かわい子ちゃんじゃないか。ここで客引きか?」
「そんなところよ。お兄さんの名前は?」
「俺か?俺はアルドって言うんだ」
「へえ、アルドって言うのね」
歪んだ狂気は、その男に触れるとそのまま裏路地へと引っ張りこむ。
アルドと名乗った男も満更では内容で、そのままなされるがままに裏路地へと入り込んだ。
「随分と積極的じゃないか。そんなに俺とやりたいのか?」
アルドはニヤニヤと笑い、その手を女に近づける。
「ええ。
ニタァと笑うその女は、素早くその手を出した男の眉間をつく。
「──────────っ」
すると、アルドの目から光が消え、アルドはその場に立ちつくした。
そこに意識は無い。
アルドはただの木偶の坊となったのだ。しかも、文字通り動けず意識のないマネキンである。
「ふふふふふふふ!!あぁ、あなたはどんな記憶を持ってるの?そして、あなたはどんな
チラリのその記憶に触れると、彼の記憶から1人の女性が浮かび上がる。
「あら?恋人がいるの?なのに私の誘いを受けるだなんて、随分と罪な男ね?」
最初はつまらなさそうに記憶を除く。
しかし、その記憶を遡っていくと徐々にその口は大きく歪められた。
「ふふふ!!すれ違いによる倦怠期。この男はその女をちゃぁんと愛しているのね」
これを奪えばどうなるのか。これを忘れたら周りはどう反応するのか。
何かを失った喪失感だけが残り、その全ては闇へと消えていくのか。
それとも、その女の手によって新たな道を歩むのか。
それは未来しか知らない。
「さて、それじゃ
女は醜く歪んだその顔で、記憶を一昔前の映画のフィルムのように取り出すと根元からバッサリと切り倒す。
「
楽しげに笑った狂気は、その場を後にする。
その後、記憶を失ったアルドはその空っぽの器を耐えることが出来ずに自殺することになるが、それはまた別の話だ。
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