大賢者マーリン
“神の宣誓書”は思っていたよりもあっさりと終わった。
シスターマリアを無視し続けていると、諦めたのか懐に金貨をしまって“神の宣誓書”を持ってきてくれた。
その後、色々と“神の宣誓書”をジロジロと見て理解しようと思ったのだが、ハッキリ言って何も分からなかった。
羊用紙に関しては全く俺の知らないものであり、インクも何が原材料が分からない。
それでも魔法陣ぐらいは少し分かるかと思ったが、複雑すぎて全く理解が及ばない。
マルネス曰く、この魔法陣を考えたのは“大賢者”マーリンと言う故人であり、彼は魔術の基礎を作りあげた天才だそうだ。
かつては大国とされた魔導王国デプロスを支えた1人であり、その強さはたった一人で国を消し飛ばせたそうだ。
魔術の祖であり、魔法の天才。
魔術の中には、彼しか使えない複雑すぎる魔術もあったそうな。
マルネスが“大賢者”マーリンの事を語る時の顔は、英雄に憧れる少女そのもので、下手に話を聞くと2時間も3時間も話し続けそうだったので、無理矢理話を切り上げた。
そして、問題なく“神の宣誓書”をマルネスと結び終えた俺達が、モヒカン達がいる所へ戻るとそこでは縄で縛られた男が騒いでいた。
「この縄を解け!!僕を誰だと思ってる?!」
「うるせぇ........」
「私、結構変な信者様とかと話したりするんですが、ここまで変なのは初めてですね」
思わず耳を塞ぐモヒカンと、人を見る目ではない目で男を見るシスターマリア。
いつ目覚めたかは分からないが、どうやらそれなりの時間騒いでいたようだ。
「目が覚めたのか」
「あぁ。縄に縛られてるから少しは冷静さを取り戻したかと思ったが、どうやらこれが素らしい。話が通じねぇし、そもそも会話にならん。何とかしてくれ」
「おい!!貴様ら!!僕を縛るこの縄を解け!!そしたら命だけは助けてやるぞ!!」
男は何とか縄からの脱出を試みるが、縄は音を立てることなく静かに男を拘束し続ける。
先程は興味なくて見ていなかったが、これ魔道具か。
微妙に魔力を感じる。
「魔道具の縄か」
「捕縛ちゃんだよ。1度縛り付けると、私の許可がない限り解けない最強の縄さ。まぁ、抑える相手が怪力すぎると壊れるけどね」
「聞いてるのか?!」
ひでぇネーミングセンスだ。
捕縛ちゃんも、心做しかその名前に抗議しているように見える。
「これ、店で売ればそれなりに売れるんじゃないのか?」
「これだけの強度を出すのにどれだけの素材を使ってると思っているんだ?」
「........おいくらで?」
「白金貨5枚。私が8年かけて作った」
「これをほどけ!!」
そりゃ売れませんわ。
高いし、時間がかかりすぎている。
男一人を捕まえられるぐらいの強度はあるようだが、俺や花音が相手なら難なくちぎれるだろう。
「安さが売りのお前の店じゃ、ちょっと厳しいな」
「ちょっとどころか、普通に無理だっての。素材を集めるのに3年かかってんだぞ?それに、白金貨5枚ってのは素材だけの値段だ。そこに技術料も入れば、倍近い値段になっちまうよ」
「おい!!僕を無視するなよ!!僕はあのシスバーグ元老院と繋がりがあるんだぞ!!」
男を無視し続けながらマルネスと話していたが、先程から外野がうるさい。
俺は男の髪を掴むと、そのまま強引に床に叩きつけた。
ゴン、と鈍い音と共に、男の額から軽く血が流れる。
さすがに教会の床を陥没させる訳にも行かないので、このぐらいの威力が限界だろう。
「で?だからどうした。お前がこの教会に迷惑かけてる事実は変わらんだろうが」
「うぐぁ........」
軽く白目を向いている男の髪を離すと、男は頭から床に倒れる。
しかし、威力が足りなかったのか、数秒もすれば男の意識は回復した。
「な、何をするんだ!!僕に手を出したな!!蛮族共め!!これは冒険者ギルドに報告させてもらうからな!!マリア様も見ていたでしょう!!このゴミ共は悪です!!さぁ!!僕の縄を解いてください!!そしたら僕がこの者達を消して差しあげます!!」
気絶から回復してすぐに騒げるその胆力は凄いが、状況判断の四文字がこいつの頭には無いのか?
あまりの物言いにモヒカンは呆れかえり、マルネスは苦笑い。
こと男の狙いであろうシスターマリアに至っては、少し怒りが見える。
恐らく、モヒカンを悪く言われたのが腹に据えかねたのだろう。
いくら司教であっても、感情を持つ人である。
俺たちが来る前から散々モヒカンの悪口を言われ続ければ、キレるだろう。
それが思いを寄せる人ならば尚更。
シスターマリアは何か決心したような顔をすると、俺に向かって宣言する。
「冒険者ギルド所属なんですね?決めました。私達教会は今日から傭兵ギルド並びにこの街の衛兵達を支援します」
「いいのか?」
「構いません。少なくとも、彼が所属する冒険者ギルドよりも貴方の方が信頼できますから」
「なっ?!マリア様!!考え直してください!!傭兵ギルドも衛兵共も、所詮は自分の利益しか求めないカス共です!!僕のような高潔なニンゲンが集まる冒険者ギルドこそがこの街を仕切るに相応しいんです!!」
あまりの物言いに、俺は思わず目を見開く。
その理論で行けば、殆どの人間がカス共になるだろう。
人という生き物は自分の利益を真っ先に求める生き物なのだから。
「凄いな。ここまで突き抜けた馬鹿だと、一周まわって感心するぞ。私も色々な人を見てきたが、この手合いは初めてだ」
「感心してる場合か?コイツの言葉を信じるなら裏に元老院がいるんだろ?」
「ジーザン。元老院とて所詮は人だ。邪魔になれば........な?」
「おっかねぇな」
サラッと暗殺を口にするマルネスと、感心したかのように頷くモヒカン。
そんな2人を見ながら、俺はこの男の後ろにいるという元老院の名前を思い出す。
確か、シスバーグ元老院だったか?
俺はちらりと影から取り出したリストを見ると、そこにはシスバーグの名前が記されている。
どうやら、あのジジィにとってこの元老院は不要なようだ。
対象はいつでも殺せる。俺から見ても悪人なら消すつもりで、コイツは悪人だ。
今、命令を下せば、この元老院は帰らぬ人となるだろう。
「シャ?」
影の中にいる子供達が“殺る?”と尋ねてくる。
俺はそれに小さく頷くと、指示を出した。
「殺っちまえ。首を括ったように偽装してな」
「シャ」
子供達の何匹かが影を移動して行くのを感じながら、俺は未だにギャーギャー騒ぐその男の顎を撃ち抜く。
「ゴカッ........」
男は白目を向いて意識を失うと、再び床に倒れた。
「さて、うるさい奴も黙った(黙らせた)し、衛兵を呼んでくるか。それと、そろそろ冒険者ギルドを潰しに行こう」
「おい、まさかカチコミとかしないよな?」
「しねぇよ。冒険者の中にはちゃんとまともな奴もいるのは知ってるんだ。邪魔なのはギルドマスターなんだろ?なら、手の込んだ嫌がらせをしてやるよ」
「いいねぇ。その話、もちろん私も噛ませてくれるんだよな?」
ニヤニヤと笑うマルネス。
彼女の情報収集能力ならば、知りたいことは全部知れるだろう。
「おれも手を貸すぜ。最近の冒険者ギルドは調子に乗りすぎだ」
「私も動きましょう。こういう言い方は悪いですが、教会の言葉は信頼されやすいですからね」
こうして、バルサルの勢力図は馬鹿な冒険者のせいで大きく動き、圧倒的に冒険者ギルドが不利な状況に陥った。
更に、その日のうちにシスバーグ元老院が首を吊って死んでいるのが見つかり、その裏で繋がっていた冒険者ギルドのギルドマスターは大打撃を受けることになる。
俺達は、軽い打ち合わせだけをして、別れるのだった。
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