その足音は確実に
落ち着きを取り戻したジーザンは、長椅子に座ると頭を抱える。
その顔は、疲れ切っていた。
「ったく。なんで普通に子供たちの世話をしてただけでこんなことになるのやら........」
「日頃の行いじゃね?」
「俺は毎日真面目に生きてるぞ」
俺の煽りにも普通に返すとは、かなりお疲れのようだ。
俺はモヒカンから視線を外すと、心の底からほっとしているシスターマリアに話しかける。
「久しぶりだな。シスターマリア」
「お久しぶりです。ジンさんマルネスさん」
「おう、久しぶり。早速で悪いが、“神の宣誓書”を使わせてくれないか?金はコイツが出すから」
サラッと俺が金を出す事になってしまったが、今回は俺がマルネスの口止めをするので必要経費だと諦める。
手持ちはかなりあるので問題ないだろう。
マルネスの言葉を聞いたシスターマリアは、軽く首を傾げる。
その姿に隣の変態幼女が軽く興奮したように見えたが、俺は何も言わなかった。
「“神の宣誓書”ですか。結構な額しますよ?」
「いくらだ?」
「大金貨1枚です。あの羊用紙とインク、そして魔法陣は相当高度で高価な物なので........これでも教会に利益はほとんど入らないんですよ?」
確かに契約書1枚に対して払う値段ではないが、それだけ生産が難しく、それだけ価値があるということだろう。
存在だけしか知らなかったが、これを機に“神の宣誓書”を詳しく見てみるのもいいかな。
俺はマジックポーチから大金貨2枚を取り出すと、それをシスターマリアに渡す。
何も躊躇わずに金を渡した事にシスターマリアは驚きつつも、手のひらに乗った大金貨を見て慌てて俺に1枚に返そうとする。
「あの、1枚多いです」
「それはお布施ってことで。今日は孤児院に食べ物を持ってきてないので、それで何か美味しいものでも食べさせてやってくれ」
「いえ、しかし、以前も相当な金額を........」
「あの時よりは少ないだろ?あ、金貨の方が使い勝手がいいか」
俺はそう言うと、さらに金貨10枚をシスターマリアに手渡した。
もちろん、大金貨は受け取らずに。
「ちょ、多すぎです!!この前貰ったのもまだ使い切っないのに!!」
シスターマリアは俺に金を返そうとするが、そんなものは無視だ無視。
俺はマルネスの頭に手を置くと、そのまま“話を合わせろ”と目で訴える。
「んじゃ、行くかマルネス。その“神の宣誓書”ってのは別室でやるんだろ?」
「その通りさ。聞かれてまずい会話を、こんな場所で離すわけないだろ?後、私の店でもあれぐらい買ってくれよ」
「ふざけんなよ?もう少しマトモのものを売れや」
「マトモじゃないか。あ、そういえばこの前貰ったアイディアの試作品ができたんだ、見てくれないか?」
「本音は?」
「オセルちゃんとイチャイチャしたい」
「ほんとブレねぇな」
「ちょっと待ってくださいってば!!」
そう話しながら俺達は教会の奥へと歩いていくのだった。
━━━━━━━━━━━━━━━
世界が仮初の平和を取り戻して以来、神聖皇国では毎日のように祭りが行われていた。
異世界から来た勇者たちが、魔王を屠り、この世界の平和に貢献したという武勇伝は最早世界中に知られている。
神聖皇国から広まった武勇伝は、少しづつ形を変えながら世界のあちこちで聞かれるようになった。
「騒がしいですねぇ........今日も変わらず平和を歌うのですか」
神聖皇国の大聖堂、その書庫で本を広げているロムスは、外の雑音が気になり書庫の窓から街を眺める。
窓の外では、人々の笑顔が溢れかえっており、平和な世界を体現したかのような状態だ。
だからこそ、ロムスは顔を顰める。
「この後、何があるのかを彼らが知っていたらどのような顔をしていたのでしょうね。少なくとも、ここまでのお祭り騒ぎにはならなかったでしょうに」
「そうだね。この後起こる戦争のために、彼らは食料を溜め込んだり、金を節約するだろうね」
不意にロムスの後ろからかけられた声。
声からしてその爽やかさが伺える。
ロムスは驚くことなく、振り返ると少しだけ笑って声の主に話しかける。
「何の用ですか?ジークフリードさん」
「........少しは驚いてくれてもいいんだよ?」
「空気の流れで分かりますよ。気配を消していても、空気の流れは変えられないのだから」
「........まぁいいや。それで、要件なんだけどね。君にも戦場に出てもらいたいそうだ」
ジークフリードの言葉に、ロムスは再び顔を顰める。
先程、街の人々を見ていた時の顔とは違い、心の底から嫌がる顔だった。
「契約の範囲外では?」
「それは承知の上だそうだよ。契約とは別で報酬を用意するってさ」
「内容は?」
ロムスがそう聞くと、ジークフリードはニヤリと笑う。
「戦争に参加するはずの、彼らの監視さ。万が一彼らが敗北した際は君と僕がその場で暴れることになっている」
「彼ら?........まさか」
「そのまさかさ。教皇様は、ジン君達にさほど重要ではない戦線を丸々一つ任せるつもりらしい」
「それはまた.......思い切りましたね。英断とは言えませんが」
ロムスは、暴食の魔王が復活した際に仁達を見ている。
気配は抑えていたようだが、それでもかなりの実力を持っているのはわかっていた。
しかし、戦線1つを丸々相手にできるかと言われれば首を傾げざるを得ない。
気配だけでは測れない強さがあるのだ。
「僕達は、彼らが敗走した時の保険だろうね。僕とロムスさんならなんとでもなる」
「剣聖程の化け物が出てこなければ、ですがね。そもそも、彼らは来るのでしょうか?」
「さぁ?でも教皇様曰く“絶対に来る”そうだよ。使えないゴミの掃除を彼らは望んでいるみたいだから」
「ゴミが殺される可能性は?」
「あるだろうね。でも、そこを上手くやるのが教皇様だよ」
ジークフリードはそう言うと、適当な本を手に取って読み始める。
ロムスはその姿を見て、どこか懐かしむように微笑んだ。
「勇者達は出ないのですか?」
「1人は出るそうだ。アイリスさんと仲のいい.......リュウジ君だったかな?」
「へぇ、彼は出るのですか。他の二名は?」
「まだなんとも。2人は計画を知らないですからね」
その言葉に頷いたロムスは、もう一度窓の外を見ると青い空に向かって小さく呟いた。
「会える日が楽しみですね」
━━━━━━━━━━━━━━━
「そこで俺様が魔王の首をスパン!!とはねたわけよ!!」
「さすが勇者様ぁ!!かっこいいー!!」
「ギャハハ!!そうだろうそうだろう?俺達は最強なんだよ!!」
神聖皇国の大聖堂、その地下室で下品な笑い声が室内に響き渡る。
3年前に仁の暗殺を企てたもの達は、逃げられないように見えない首輪をつけられ、断罪されるその日を待つ。
最も、断罪される本人たちはその事実に気づいていない。
「今日も俺様が可愛がってやるよ」
「やん♪勇者様ったら♪」
「ふむ。良き世界だ」
彼らの首輪が外され、死神に追いかけられる日は着々と近づいている。
それは、死の足音。気づけない。気づいたとしても逃げれない。
それが訪れる日、彼らの終わりとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます