教会での騒動

 マルネスの正体を考えている間に教会へとたどり着いた俺達だったが、どうも教会の様子がおかしい。


 教会自体に違和感は無いのだが、その隣にある孤児院の庭が問題だった。


 この時間帯なら、子供達が昼飯を食べ終えてワイワイと騒いでいる時間だが、誰一人として庭に出ていない。


 これが雨の日ならともかく、今日は雲ひとつ無い晴天だ。


 マルネスもおかしいと気づいたのか、俺を見ながらポツリと呟く。


「最近の孤児院は引きこもることがブームなのか?子供は外で元気に駆け回るのが仕事だろうに」


 俺のいた世界でなら老害発言にも取られるつぶやきだが、この世界はとにかく娯楽が少ない。


 子供の遊びなど外で駆け回ったり、英雄や魔王を倒すごっこ遊びぐらいだ。


 孤児院はお世辞にも広いとは言えない。


 子供が駆け回るには狭いし、何よりあのおっちょこちょいのシスターが邪魔だから外で遊べと言うだろう。


「誰もいないのはおかしいな。と言うか、孤児院を訪れたことがある言い方だな?女神は信じていないんじゃないのか?」

「お前の中で私がどのように見られているのか一回問いただしたいが、それは後にしておこう。私だって人さ。罪なき子供が苦しむ姿はあまり好きじゃない。余裕がある時は幾らか寄付してるんだよ。ってのは建前で、少しは教会に媚びを売っておけばこの街では動きやすくなる。それだけの話は」

「へぇ。つくづく価値観が似てるな」

「お前のような奴と価値観が似てるのは非常に不本意且つ不愉快だがな」

「安心しろ。俺もだ」


 ただ、ひとつ違うのは建前も本音というところだな。


 確かに、罪なき子供達の苦しむ姿を見るのは好きではない。だが、寄付するかと言われればNoだ。


 俺はそんなに善人ではない。


 利益があるのであれば、その利益を受け取るついでに子供たちの笑顔を見る程度である。


 それにしても、マルネスが教会に布施をしているなんて初耳だ。


 報告書を見た時に見逃したか?それとも、その前に弾かれたのか?


 まぁ、マルネスのプライベートまで調べれるほどの余裕がなかったからな。


 やはり、知らないことが多すぎる。


 戦争が起こる前に、自分の拠点にしている街と国、そして関わっている人の情報を一旦綺麗にする必要があるな。


「さて、教会に来たはいいが、どうも客が来ているらしい。2人ほど。どうする?」

「気づいていたのか」

「オセルちゃんの魔道具すら見抜いた私だぜ?この程度は朝飯前だよ」


 孤児院の庭に子供が出てきていないのは、このふたつの気配が原因だろう。


 1つは思いっきり知り合いだが、もう1つの気配は誰か知らない。


 だから、俺はマルネスに聞いてみた。


「誰かわかるか?」

「1人はわかるな。おそらくジーザンだ。相変わらずマリア司教に入れ込んでるらしい。もう1人は知らない気配だ」

「マルネスもか。ってかお前ジーザンを知ってるのな」

「あれだけ愉快な髪型をしてるなら、いやでも目立つだろう?物見遊山で見学した時に気配は覚えたからな。向こうは私を知らないだろうが、私は彼を知っているってわけさ」

「なるほど」


 俺がマルネスの言葉に納得したその時だった。


 教会の中で、モヒカンともう1つの気配の闘気が膨れ上がるのを感じ取る。


 明らかに只事ではない。


 俺もマルネスも、お互いに顔を見合わせると教会の扉を勢いよく開けた。


「マリア様に近づく不埒者めが!!僕が成敗してくれる!!」

「人の話を聞けや!!このクソガキがァ!!ぶち殺すぞ!!」

「あわわわわ、お、落ち着きましょう!!冷静に!!」


 扉を開けたその先では、お互いに腰に下げた剣に手をかけた状態で睨み合う2人が目に入る。


 一触即発所ではない。


 少しでも均衡が揺げば、お互いに殺し合う事になるだろう。


 流石にシスターマリアも慌てており、何とか2人を落ち着かせようとしている。


 が、その声は耳に届いていない。


 お互いに、ゆっくりと剣を引き抜こうとその腕を動かし始めていた。


「おいやべぇぞ。このままだと、教会を血風呂ブラッド・バスにちしまうぞ」

「そのブラッド何とかってのが何か知らねぇが、これは止めないとやべぇ!!ジン!!さっさと止めろ!!」

「俺に命令すんなや!!」


 俺はそう言いつつも、割と本気で身体強化を使って一瞬でモヒカン達の間に入る。


 そして、2人には軽く鳩尾に1発叩き込んだ。


「おぐ!!」

「おっふ」


 二人とも急な攻撃に反応出来ず、その身体を反射的にくの字に曲げる。


「何やってんだよジーザン。お前はシスターマリアの前で血の海を見せるつもりか?」

「じ、ジン........すまない」


 俺を見て、冷静さを取り戻したモヒカンだったが、もう片方は冷静さを取り戻すどころかさらに暴走させてしまったらしい。


 目を血走らせながら、その腰に下げた剣を引き抜いて俺に斬りかかろうとしていた。


「マリア様を守るのはこの僕だけだァァァァァァァァ!!」

「うるせぇぞ。ここは教会だ。静かに願おう」


 俺の後に続いてきたマルネスは、素早く俺と相手の間に入るとその顎を素早く撃ち抜いた。


 元金級ゴールド冒険者と言っているだけあって、その動きは洗礼されており流れるように顎を撃ち抜いたマルネスはそのままどこから取り出したのか、縄を巻き付けていく。


「これで良し。全く“神の宣誓書”をやりに来ただけなのに面倒事に巻き込まれたな」

「綺麗な手際だったぞマルネス。流石はロリババアだ」

「それ褒めてなくね?」

「褒めてる褒めてる。すごいよマルネスちゃん」

「........ここが教会じゃなきゃ殴ってたぞ」

「教会じゃなくても殴れんだろうに」


 額に青筋をうかべるマルネスをからかった後、冷静さを取り戻してシスターマリアに頭を下げていたモヒカンに話を聞く。


 この少しの間に、イチャイチャしてんじゃねぇよ。


「おい。何があったんだ?」

「俺が聞きたいぐらいだぞ。いつもみたいに孤児院のガキンチョ共と遊んでたらよ、急にこのイカレポンチがやってきて、俺を指さしながら『孤児院の子供たちを狙う悪人め!!この僕は騙されないぞ!!』とか言い出して騒ぎ始めたんだよ」

「は?モヒカン。お前、ここの孤児を買い取ってどこか変態共に売りさばいてたりするのか?」

「んな事するわけねぇだろ!!」


 俺の言葉にモヒカンがキレる。


 だよな。モヒカンは子供たちが調べて“白”と判明している。


 普通に良い奴だし、見た目こそ怖い感じの人だが、孤児院の子供たちと遊ぶ姿を見て、街の人々にも割と受け入れられていた。


 ココ最近は、俺が目立ったのもあって傭兵に対する街の人々の反応も変わってきている。


 少なくとも、以前よりは悪い印象を抱かれているとは思えなかった。


「じゃ、なんでコイツはモヒカンを悪人呼ばわりしたんだ?」

「この街では見かけない冒険者だ。大方ジーザンの悪人面を見て、子供達が襲われる!!とか思ったんじゃないか?」

「そうかもな........ところで、この子はどちら様で?」


 先程のマルネスの動きを見て、只者ではないと感じ取ったモヒカンは、かなり下手に出ている。


 見た目こそ、可愛い子供のように見えるがその実力は相当なものだからな。


 尋ねられたマルネスは、ジーザンに右手を出すと自己紹介をする。


「マルネス魔道具店の店主マルネスだ。君の事は一方的にだか知ってるよジーザン」

「マルネス魔道具店?あぁ、価格は安いけど実用性にかけるものばっかり売ってるって噂のあの店の店主か。俺はジーザン。よろしく」


 二人とも暑い握手を交わしていたが、俺はマルネスの顔が軽く引き攣っているのを見逃さなかった。


 噂のことを気にしてるんだなと思いつつ、俺は笑うのは我慢するのだった。

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