聖盾

 三人の斥候が悪魔の手によって殺された後、生き残った斥候は聖盾達の元へと帰っていた。


「どうだった?」

「殺られた。俺以外の三人が殺られちまった」


 その言葉に、その場にいた全員が固まる。


 金級ゴールド白金級プラチナ灰輝級ミスリル冒険者が1人づつ殺られてしまったのだ。


 これで驚くなと言う方が無理である。


「奴ら、相当な手練だ。しかも、気配の感じる奴からの攻撃じゃない。おそらく、悪魔達だ」

「魔王出なく、その手下の悪魔と戦ってこのザマか........」


 聖盾は一旦下を向いて何か考え込む仕草をしたあと、その場にいた冒険者たちに指示を出す。


「全員で行こう。戦力を小出しにして各個撃破されるのが1番マズイ」


 この場で1番偉いのは聖盾である彼だ。


 ここで異論を唱えようものなら、後に何があるか分かったものでは無い。


 冒険者たちは聖盾の指示に頷くと、各々が武器を取り出す。


「先頭は俺が行く。俺の盾の効果範囲から出るなよ?」


 そう言って聖盾達は、悪魔が潜む森の中へと足を踏み入れた。


「大丈夫なのかねぇ?」


 俺はその様子を見ながら、悪魔たちの気配を辿る。


 ちなみに、彼らの会話は俺には聞こえていない。


 唇の動きで読み取っているので、もしかしたら会話が違っているかもしれないが、それなりに練習したので大筋は会っているだろう。


「今までの悪魔達と違って、連携も大したものだ。何より、気配の消し方が上手いってのがなぁ」

「シャ?」

「いや、剣聖並とは言わずとも、それなりには戦えるだろ。まだ俺が手を出すには早すぎる」



 今まで見てきた悪魔達は、割と個人技に頼った戦い方が多かった印象だ。


 剣聖の爺さんと戦ってた悪魔達は、多少の連携こそしていたものの練度は低い。


 俺の時もそうだ。


 即席の連携といった感じて、いくらでも穴がある。


 暴食の魔王の時は瞬殺されていたので分からないが。


 今回の悪魔たちは、かなりの連携と下準備をしているように思える。


 魔王の配下の為か、多少の傲慢さが見え隠れしていた今までとは違い、彼らは狩人と化している。


 気配を殺し、罠を仕掛け、気が緩んだ瞬間を狙い、弱いものから確実に狩る。


 俺の知っている悪魔とは、随分とかけはなれた戦い方だ。


「今回の悪魔達が特別なのか、それとも人間は侮れないと認識を改めて対策をねってきたのか........どっちだと思う?」

「シャーシャ」

「前者か。まぁ、そもそも魔王は人間に封印されているわけだしな。人間が侮れないことは知っているか。知っていてなお傲慢な態度を取る辺り馬鹿なのか?」


 俺が悪魔についての考察をしていると、ひときわ大きな気配が突如として現れる。


 何事かと思ってその方を見ると、そこには聖なる盾が顕現していた。


「“聖盾”。なるほど。名前負けしない輝きだ」


 金と白と青で彩られたその盾は圧倒的な存在感を放ち、細かな装飾に恥じない輝きをしている。


 その輝きは、誰もが見ても“聖盾”の名にふさわしいだろう。


「剣聖に並べられる程の男には見えなかったが、あの盾を持った瞬間気配が変わっている。異能の力だな」


 異能のおかげで今の地位まで登り詰めたのだろう。


 だからこそ、剣聖の異様さが目立つ。


 俺も使いづらいとはいえ、終末アポカリプスと呼ばれる異能の一つを持っている。


 基本は異能に頼らない戦い方をするが、やはり異能がなければ大して俺は強くない。


 それは今見ている“聖盾”とて同じだろう。


 あの盾を持っていなかった時は、あまり強そうには見えなかったのだから。


 その点、剣聖は違う。


 彼の異能はあってもなくても大して変わらないだろうし、その剣すら持たずとも戦えるだろう。


 今になってあの爺さんのやばさが再確認できた。


「監視はつけているけど、油断しない方がいいな」


 俺が剣聖の事を考えている間にも、聖盾達は森の中を進んでいく。


 俺としても仮想敵国の最高戦力の力を見ることが出来るので、ありがたい。


 気配を完全に消して彼らを遠目に見つつ着いていく。


 悪魔にも気を配らないといけないのが面倒だが、見つかって戦闘は避けたい。


 俺は最新の注意を払って彼らの後を追った。


 少し歩けば、斥候達が最初に奇襲を受けた場所に辿り着く。


「気をつけろ。俺達はここで奇襲された」


 斥候の言葉を聞いて緊張感が高まる。


 今回集められた冒険者は、皆ベテランだ。


 警戒を怠らず、しっかりと周囲を見渡しているのがよくわかる。


 流石に2回目の奇襲は無く、静かな時間が流れるが、あまり時間をかけすぎると魔王が本格的に動き出す。


 しかし、そんなことを知らない彼らは、安全第一の動きだった。


「んーもうすぐ15分経つよな?」

「シャ」


 子供達から帰ってくるのは“肯定”。


 このままでは、万全な状態の魔王と悪魔を同時に相手することになる。


 俺としては戦力が減ってありがたい限りではあるが、減りすぎるのも困る。


 戦争が起きなくなれば、今までの計画がパーだ。


「とは言っても、介入は出来ないんだよなぁ........もどかしい」


 こんな事なら情報を流しておくべきだったかもしれない。


 今更遅い反省会をしていると、動きがあった。


 聖盾たちの方ではなく、悪魔達の方にだ。


「........?気配が遠ざかってる?」


 先程までずっと聖盾達をマークしていた悪魔たちの気配が、徐々に遠ざかっている。


 ここから何かを仕掛けるのかと思っていたが、その様な様子もない。


 これはどちからと言うと、退却しているように見えた。


「........そう言えば、色欲の魔王の時も悪魔は退却していたな」


 あの時は剣聖が化け物すぎるというのもあっただろうが、割とあっさり引いていたように思える。


 そもそも悪魔達の仕事は、魔王が動けるようになるまでの時間稼ぎだ。


 もうすぐ15分経つ為、彼らの仕事はここで終わりなのだろう。


「キッチリ時間を稼がれたというわけか」


 斥候として偵察に来た冒険者を殺し、警戒を強めさせて足を遅くさせる。


 ここは森の中だ。足止め用の罠を仕掛けようと思えば幾らでも仕掛けられる。


「魔王が動ける前に叩き潰すには、全てをガン無視して狙いに行くのが正解だったな」


 まぁ、聖盾達は魔王が復活してから約15分間まともに動けないことを知らない。


 仕方が無いと言えば仕方が無かった。


「さて、お手並み拝見と行こうかね」


 この調子でまりを進めば、魔王と接敵するまで約5分。


 ついに、最後の魔王達と人類の存続を決める戦いが始まるのだ。


 俺は少しワクワクしながら、その時を待つのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 強欲の魔王の護衛に付いていた悪魔たちは、時間を稼いだ後合流して拠点へと帰っていた。


「これで仕事は終わり。しばらくは暇になるな」

「ここ数年は忙しかったからねぇ。1年ぐらいは暇してもバチは当たらないでしょ」

「そうじゃのぉ。悪魔と言えど、老体には堪えるわい」

「あら、皆様お揃いで」


 そう呟く悪魔達の元に、1人の影。


 悪魔たちは、その声の主に振り向きもせずに無視して話を続ける。


「夕飯どうする?」

「たまには贅沢に行かないか?ワイバーン狩って来るからさ」

「ほっほっほ。それはいい案じゃのぉ」

「あのー無視されるのは悲しいんですけど」


 悪魔達はそのまま無視を続けても良かったが、あまりやりすぎるとキレられる。


 年寄りくさい言葉遣いをしていた悪魔が、小さく舌打ちをしてその影に話しかけた。


「チッなんの用じゃ魔女」

「ここまでハッキリと聞こえる舌打ちをされるといっそ清々しいですね。まぁ、それはさておき。指示があります」


 悪魔達全員が嫌そうな顔をする。


 ただでさえ嫌いな奴なのに、そいつの指示とか聞けるかよと言った顔だ。


「そう嫌そうな顔をしないでください。泣きますよ?」

「貴様に泣ける心があるとは知らなんだ。で?要件は?」

「“しばらくは静かにしてろ”との事です。あなた方は優秀なので、ここで失うと痛手ですしね」

「了解した。要件が終わったのならば、さっさと帰るが良い」

「えぇ。それでは」


 魔女はそう言うとどこかへと消えていく。


 悪魔たちは、心の中で中指を立てて見送った後、楽しそうにワイワイと打ち上げの話に戻るのだった。

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