怠惰、強欲、憤怒の魔王復活

 お風呂場でダウンしたロナを救い出し、ストリゴイとゼリスと仲良く話した後、俺は夕食を取ってゆっくりと休む。


 明日は早いのだ。ゆっくりと体を休めるのも大事である。


 そして翌日。


 日が顔を出し始めた頃に、俺達は各国に向けて飛び立った。


 俺が目指すのは正共和国。


 いずれ敵国となるその国に俺は飛んで行く。


 「今回で魔王は最後か。予定では、一ヶ月もあれば終わると思ってたんだけどなぁ」


 魔王が復活する前の時は、七大魔王全てが同時に復活するものだと思っていた。


 魔王だって馬鹿じゃない........はず。


 一体一体順番に復活するよりも、七体同時に復活した方が人類への被害は大きくなる。


 魔王とマトモに戦える勇者は三人程度しかいなかったし、魔王が封印されていた場所も大陸全土に広がっている。


 2箇所は場所が分かっていたとしても、残りの五箇所全てに対応できるわけが無いのだ。


 「なのに復活は一体づつ。復活するにもなにか必要なものがあって、一体しか復活させられなかったのか、それとも別の目的があったのか。真相は闇の中ってやつだな。お前はどう思う?」

 「シャ?シャー........シャ」

 「ぷはは。分からんか。真相は神のみぞ知るってことだな」


 6時間近くも一人で空を飛び続けるのは、正直いって寂しい。


 俺は影の中に潜む子供達話しながら、正共和国へと向かう。


 しばらく飛べば、お目当ての場所へとたどり着く。


 正共和国の首都レレノフ。


 民主主義の国家である正共和国は、国民の自由と権利の尊重を唄う国だ。


 しかし、蓋を開けてみれば、正共和党と呼ばれる与党の独裁政権。


 その正共和党の代表であるキーペンに権力が集中し、結果として絶対王政と同じような国になっている。


 国民の自由などほとんどなく、権利なんてクソ喰らえ。


 重い税に苦しむ人々が、正共和党への悪口を言おうものなら国家反逆罪で捉えられて、悲惨な最後を遂げる。


 唯一の救いは、正教会国よりはましという事ぐらいだろう。


 最低限の人権はあるし、税金こそ重いが、普通に暮らす分には彼らにその矛先がむくことは無い。


 以前お忍びでとある商店に来ていたキーペンが、子供にぶつかった時はしっかりと謝って頭を撫でてやったなんて報告も見た。


 その子は今もちゃんと生きているし、普通の生活を送れている。


 これがグータラ・デブルなら、その子供はその場で打首だ。


 神の代理人である自分にぶつかるとは何事だ。不信者には鉄槌をとか言ってな。


 それで国が成り立っているだから驚きである。


 「しっかし、人が多いな。もしかして国中から灰輝級ミスリル冒険者を呼び集めたのか?」


 レレノフ近辺の森には、多くの冒険者や兵士が集まっている。


 正教会国の時は剣聖1人と、兵士達数名だった。


 「随分と気合が入ってるな。有名人ばかりだ」


 “聖盾”を始め、有名な灰輝級ミスリル冒険者や兵士が多くいる。


 パッと見ただけでも10人近くいるのだ。小国であるアゼル共和国とは比べ物にならない。


 もし、この2カ国で戦争をしようものなら、アゼル共和国は瞬殺されるだろう。


 「そろそろだな」


 空を見上げれば、太陽が天高く昇っている。


 俺は戦火に巻き込まれず、それでいてバレずに監視できる場所に身を隠すと魔王の復活を待った。


 「今回は悪魔もいるのか?嫉妬の魔王の時はいなかったけどどうなんだろう?」

 「シャ」

 「あぁ。やっぱりいるのね。魔王は復活する時に膨大な魔力を使うためか、十五分ぐらいはまともに動けないもんな」

 「シャ、シャーシャー」

 「だよなぁ。悪魔が時間を稼がなければ、イージーゲームなのに」


 暇つぶしに子供達と話していると、それは突然訪れる。


 膨大な魔力が森の中で渦巻き、木々をざわつかせる。


 大地は揺れ、激流にも近い魔力の奔流が辺りを覆う。


 「来るぞ」


 その呟きに合わせるかのように、土が爆ぜ、木々をなぎ倒しその魔王は姿を見せる。


 「........あん?見えねぇな」


 魔力は感じるが、姿が見えない。


 今までの魔王は体が大きかったが、今回はそうでも無いようだ。


 その場にいたもの達も、まさか木に隠れて見えなくなってしまうとは思っていなかったのだろう。


 お互いに顔を見合せたあと、恐る恐る森の中へと足を踏み入れる。


 「我は強欲の魔王。この世の全てを欲する者」


 その声は誰にも届かない。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 神聖皇国の都市ルマドン近辺の森に着いた花音は、その身を上手く隠しながら勇者である龍二達を監視していた。


 「あれがエルドリーシスちゃんかぁ。あのエルフが私達を調べてたんだよね?」

 「シャ」


 肯定を表す敬礼。


 花音は子供達の言葉が分からないので、基本的にはジェスチャーを混じえての会話になる。


 一応、言葉も書けるのだが、何となく花音はジェスチャーでのやり取りにしていた。


 本人は気づいていないが、小さい蜘蛛が頑張って何かを表現している姿を見て可愛いと感じている。


 彼女は仁に毒されていた。


 「暴食の魔王の時は沢山の人が居たけど、今回は少数精鋭って感じなのかな?」


 今回、魔王の討伐任務に着いているのは5人。


 いつもの3人組に、エルドリーシス。そして、ルマドンを拠点にしている灰輝級ミスリル冒険者だ。


 「名前は.........確か“剛腕”アルフレッドだったかな?」


 “剛腕”アルフレッド。


 彼の腕はその名に相応しい逞しさがある。


 花音の好みでは無いが。


 「なんか弱そう。見掛け倒しって感じ」

 「シャ」


 そうやって気配を消しつつ、子供達と監視を続けていると、その時は訪れる。


 魔力が渦巻き、大地は揺れ、森はさざめく。


 その地は、先程と違い混沌とした空気が支配する。


 膨大な魔力が弾けると共に現れたのは、2本の角を持ち、漆黒の翼を纏った堕天使。


 「我は憤怒の魔王サタン。我が怒りに震えろ」


 その言葉は、近くにいるもの達に恐怖を与える。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 獣王国の武術都市ダバラでは、集まった武術家達をイスがつまらなさそうに見下ろしていた。


 「あれが国王なの?」

『そう。獣神ザリウス。話では剣聖に並ぶとか』

 「あれが?あの化け物と並ぶ?冗談キツいの」


 獣王国のもの達が聞けば、血相を変えて怒るだろう。


 だがら獣王の姿を見たイスは、剣聖との格の違いを知っていた。


 剣聖は化け物。獣王は人。その違いは大きい。


 「もしかして、戦う時に気配が変わったりするのかな?」

『それは始まってからのお楽しみ。ワタシ達の仕事は、魔王に負けそうなら手を貸すこと。そこを間違えちゃいけない』

 「分かってるの。でも、さっさと始末してパパとママと遊びたいの」


 イスは小さくため息を着くと、空中に創り出した氷に腰を下ろす。


 足をプラプラとさせながら、天高く登る太陽を見た。


 「そろそろなの」


 イスの言葉と同時に、平原に魔力が渦巻く。


 「そこそこの魔力。魔王の復活なの」

『目的を間違えないように』

 「問題ないの」


 念を押してくるベオークに少しイラッとしつつも、イスは平原を見下ろす。


 現れた魔王は横に倒れている。


 「我は怠惰の魔王ベルフェゴール.........自己紹介は終わったから我は寝る」


 そう言って魔王は仰向けになると、小さくいびきを立て始める。


 これにはイスもベオークも、更には獣王や武術家達も困惑していた。


 ともかく、魔王は復活したのだ。

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