勢力図

 モヒカンことジーザンが孤児院に行くという事なので、俺達はそれについて行くことになった。


 元々は彼の兄であるジーザスが率先して孤児院に足を運んでいたが、シズラス教会国との戦争の中で帰らぬ人となってしまった彼の代わりに今、こうして足を運んでいるのだろう。


 戦争で何があったのかは知らないが、ジーザン曰く、ヘマをやらかした自分を兄が庇ってくれたそうだからな。


 そして、その兄が残したものを受け継いで罪滅ぼししているようにも見えた。


 「俺達も何か買ってくか。モヒカン。ちょっと待っててくれ」

 「そのぐらい付き合ってやるよ。出来れば、肉を買ってくれないか?気持ち程度でも、あいつらにとってはご馳走なんだ」

 「分かった」


 適当な店に入り、大量に肉を買う。


 今までもそうだったが、最近は金がさらに余るようになってきた。


 リーゼンお嬢様からの報酬や、どっかの危ない組織の資金を子供達がこっそり抜き取っていたりとか。


 魔王の脅威がしばらく無くなっている今は、特にその傾向が強く、毎日あちこちのやべー思想を持った者たちから金を巻き上げているのだ。


 以前も思ったが、完全に泥棒である。とは言え、ごっそり丸々資金を奪っていくので、狙われた組織は大抵空中分解するか、仲間割れをする。


 この世界は弱肉強食。盗みもバレなきゃ許される。前の世界と違うのは、場合によっては権力より暴力の方が強いぐらいかもしれない。


 俺は、適当に入った店の店主の目の前に大銀貨を1枚ポンと置いた。


 「これで買えるだけの肉をくれ」

 「........少し待ってろ」


 店主のおっさんはそう言うと、大銀貨には目もくれずに店の裏へと消えていく。


 そんな様子を見ていたモヒカンが、疑問を口にした。


 「他の傭兵達も疑問に思っていたが、その資金はどこから出てるんだ?ジンがまともに仕事を受けてたのは、あのお嬢様の仕事のみだったよな?」

 「そうだな。家庭教師をやってる以外は、傭兵として受けている仕事はないな」

 「........普段は何をしているんだ?」

 「それは企業秘密って奴だな。答える義理はないし、何より知らない方がいい」


 だって普段は、金にならない他国の情報をペラペラ見てるだけだもん。


 見方によってはニートと大差ない。


 しかし、俺の言い方が悪かったのだろう。


 モヒカンは少し難しい顔をしたあと、何か覚悟を決めたかのように話し始めた。


 「ジン。お前の事を調べている連中は多い。今やバルサル最強はお前だからな。その弱みを一つや二つ握っておきたい連中がいる」

 「人気者だなオイ」

 「全くだ。欠片も羨ましいと思えないが。話を戻すぞ。その中にはギルドマスターやこの街の衛兵たち、更に冒険者ギルドや教会までもがお前に興味を持っている。そして、その全員がこの街と首都以外の足取りを掴めていない。この意味分かるか?情報のプロ達が本気で調べても、全くと言っていいほどお前達の情報が流れてこないんだよ。最近、冒険者ギルドはお前達が他国の間者なのかもと騒ぎ立てているし、教会も似た考えを持ち始めている。幸い、傭兵ギルドと衛兵の連中はお前達の肩を持っているから大事に至ってないがな」


 モヒカンはここで一旦言葉を切る。


 めっちゃ長文を話すじゃん。俺、俺を調べられていることよりもそっちの方が驚きだよ。お前、長文話せたんか。


 モヒカンの言った通り、俺のことを調べようとするものは多い。


 傭兵ギルド、衛兵、この街をまとめる街長、冒険者ギルドに教会、更に裏組織まで。


 人気者過ぎて涙が出るね。


 さらに言えば、元老院のクソジジイやブルーノ元老院も俺達の素性を探っている。


 まぁ、その全部が俺達が傭兵団ということしか知らないが。


 神聖皇国での事を調べれば、多少の手がかりが得られるが連中は俺が神聖皇国と何らかの繋がりがあるとは思っていない。


 ここからかなり離れているからな。他国との関わりがあると思っても、調べるのは隣国程度だろう。


 よって、俺たちの事を真に知っている者はこの国には居ない。


 居たら困るんだけどね。


 「んで?何が言いたい?俺達のことを知りたいのか?」

 「俺としてはぶっちゃけどうでもいい。この1年間、お前たちと過ごして分かったのは、騒がしくて面白い奴ってことぐらいだからな。そして、悪い奴じゃないってことも知ってる。俺が言いたいのは、お前はこの街の天秤を動かしかねないってことだ。ただでさえ仲があまり良くない冒険者ギルドとの軋轢が、さらに深まったからな。その変わり、衛兵の連中とは仲良くなってるようだけど」

 「教会は?」

 「教会に関してはそこまで気にしなくていい。これが神聖皇国とかなら問題かもしれないが、この国の教会はさほど力はないんだ。それに、今から行く孤児院の先生は教会でそれなりの地位があるシスターなんだぞ」

 「へぇ、そんなんだ」


 俺は知らないフリをするが、知っている。


 そのシスターがこの街の教会で1番の偉いという事を。


 モヒカンの言い方が悪い。


 この国の教会の中ではそれなりの地位と言うだけであって、この街の話では無いのだ。


 今の言い方だと誤解を招くぞ。


 そして、ここでようやくモヒカンが俺を連れて孤児院に行こうとした理由がわかった。


 さほど力がないとは言え、教会が与える影響は大きい。


 この街にも信仰するものは多いからな。


 二対二での均衡を上手く崩せと言うわけだ。


 上手く行けば、冒険者ギルドVSそれ以外の構図を作れる。


 「........悪いな。今度なんか奢るよ」

 「ん?........あぁ。そういうつもりで誘ったわけじゃないんだが、今の会話の流れだとそうなるな。まぁ、味方が多いことに越したことはない。上手くやれよ」

 「偶に顔を見せる程度にしておくさ。媚びを売っているって思われた方が面倒だしな」

 「その方がいい。見え透いたゴマすりほど、人を不愉快にさせるものは無いからな」


 モヒカンはそう言うと、小さく欠伸をする。


 普段はアホな事ばかりをする連中だが、しっかりと物事を考えているのだろう。


 こんな見た目してんのに、賢いこと言われると調子狂うけど。


 「........ジン。お前、今、失礼なこと考えなかったか?」

 「気のせいだ。もう被害妄想する年になったのか?老化が早いな」

 「間違ってもシスターの前でそういうこと言うなよ........」


 おや?モヒカンの表情がいつもとかなり違う。


 シスターの話になってからだったが、普段より気配が丸い。


 これはもしかしてもしかするのか?


 俺は、イスのほっぺをむにむにと弄っている花音を見る。


 いいなぁ、俺もイスの冷たいほっぺむにむにしたい。


 むにむにされているイスは嫌がる素振りを見せず、それどころか花音の手の感触を楽しんでいる節がある。


 花音は俺の視線に気づくと、小さく頷いた。


 “多分仁の考えていること、合ってるよ”


 と言う感じの頷きだ。


 つまり、この街の孤児院を運営している偉い偉いシスターさんのことが気になっているわけだ。


 こういうところは兄弟なのかねぇ。


 俺は少しにやけながら、モヒカンの背中をぽんと叩くと笑いを含みながらこう言った。


 「善処する」

 「やっぱお前連れてくの辞めるか」


 モヒカンの顔は面白いほど引きつっていた。

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