子育ては難しい
リーゼンお嬢様の訓練を終えた頃には、日が既に地平線に隠れ始めていた。
早朝から日が沈むまでたっぷりと訓練したリーゼンお嬢様の身体はまともに動かず、青々と生い茂る芝生の上で寝転がっている。
「........疲れたわ」
「そりゃ疲れるだろうよ。こんな朝から晩まで走って魔力操作を行って。疲れていない方が驚きだ」
「それは自慢なのかしら?先生達は私と同じ訓練をやって、全く息が上がってないじゃない」
「当たり前だろ。リーゼンお嬢様に合わせた訓練なんだから。俺からしたらちょっとした基礎のおさらい程度さ」
「先生が疲れているところを見てみたいものだわ」
割と簡単に疲れるぞ。特に、報告書とかの確認は何時間もやっていると身体のあちこちが痛くなってくる。
目もショボショボしてくるし、何より頭が働かなくなってくる。
文字を目で追い続けるのは割と重労働なのだ。
俺は帰ったらまた仕事が待っていることを思い出して少しげんなりとしながら、リーゼンお嬢様が起き上がるのを待つ。
5分もすれば、リーゼンお嬢様はゆっくりと立ち上がった。
一週間と少し程度しか訓練をしていないが、間違いなく体力はついている。
体力の回復も少しづつだが早くなっているだろう。
リーゼンお嬢様は、まだ身体がダルいのか少し背中を丸めながら俺に今後のことを聞く。
「先生。次はいつ来るのかしら?」
「んー3日後とかでどうだ?」
「3日後........サリナ。何かあったかしら?」
「その日は特に何もありません。と言うか、何かあってもズラすでしょう?」
「その通りよ!!なんなら、その時の仕事は全部キャンセルするつもりだったわ!!」
いやいや。仕事を優先してくれとは思うが、まだ少女であるリーゼンお嬢様の仕事は本来学ぶことだ。
そう考えれば、俺達の教えを受けている事の方が本業だと言えるだろう。
「あら。元気そうねリーゼン」
「お母様!!」
ドン、と胸を張って仕事を放棄する事を宣言していたリーゼンの元に、母親であるカエナルさんがやってきた。
へぇ、炎の噴射を推進力に使って、空を飛んできたぞこの人。
両手と両足から炎を噴射して空を飛んでくるその姿は、まるでアイア〇マンだ。
この人ならアベ〇ジャーズに入れるでしょ。知らんけど。
空から降りてきた母親に、リーゼンお嬢様は目を輝かせて抱きつく。
先程まで、疲れて地べたに寝転がっていた人とは思えないほどのダッシュ力だ。
この感じなら、もう少し訓練内容を厳しくしてもいいんじゃないか?
「訓練はどう?私は初日しか見てないのだけれど」
「とっても楽しいわ!!日に日に強くなるのを実感できるんだもの!!」
「分かるわぁ。強くなっていく感覚が楽しくて、ついつい訓練しすぎちゃうのよねぇ。そして気づいたら首席で卒業した上に、“炎姫”なんて二つ名までつけられちゃったのよ。まぁ、その名前のおかげで得したことも多かったけどね」
親子の会話を聞いて、俺も花音も静かに頷いていた。
強くなる感覚が楽しいのはとても分かる。
昨日勝てなかった魔物に勝てた時や、昨日出来なかったことがふとできるようになったりとか。
とにかく、成長を実感できるのが嬉しいのだ。
毎日生死を賭けていた俺たちにとっては特に。
「初めて単独でドラゴンをシバキ倒せた時は嬉しかったなぁ........コレで生態系ピラミッドの上位に入れた!!って感じがして」
「懐かしいねぇ。もう3年前の話だよ。私も、ドラゴンを単独で倒せた時は楽しかったなぁ。今まで散々やられてきた相手の生殺与奪を握った時の快感は凄かったよ」
『なんか、ジンとカノンの話はベクトルが少し違うくね?』
「リーゼンちゃん達の“成長を感じて楽しい”と、パパ達の“成長を感じて楽しい”はかなり違っているみたいなの」
思い出話をする俺と花音の横で、ベオークとイスが何か言っているが気にしない気にしない。
少しベクトルが違っていたとしても、“成長を実感して楽しい”と言う根本的な所は変わってないから。
母親と楽しそうに話すリーゼンを見ながら、俺達はエリーちゃんの店にでもよって夕飯を食べようと帰りの支度をするが、それをカエナルさんが止める。
「今日は家で食べていきなさい。貴方達の分まで用意させてあるわ」
「それは俺達がここに来て直ぐに言うべきじゃないのか?この後店の予約とか取っていたらどうするんだよ」
「その時はその時よ。その言い方だと、予約は取っていないようね?食べに来なさい」
「分かった。あ、先に言っておくが飯食ったら帰るからな。明日は大事な用事があるんだ」
明日は朝からイスと遊ぶのだ。
ついでに、この前氷合戦をしてた時にハブられていた厄災級魔物達も集めてわちゃわちゃするつもりである。
イスは俺達三人だけで遊びたいのかな?と思って聞いてみたのだが、どうやら俺と花音がいれば他の人数はあまり気にしないらしい。
どうせ遊ぶなら人数は多い方がいいだろう。
何をやるのかって?そんなの決まっている。
全員で大乱闘だ。
もちろん色々とルールをつけるつもりだが、基本は何でもありの大乱闘。
奴らはちゃんと手加減ができるので、大事故にはならないのだ。
機嫌のいいイスをちらりと見たカエナルさんは、何かを察したようでにっこりと微笑んだ。
「あらあら。ちゃんと親として頑張っているみたいね」
「我儘過ぎるのは困るが、賢すぎるのも考えものだな」
「その点は、リーゼンと似てるかもしれないわねぇ。この子も優秀だし」
「確かにそうだな。いずれ来るかもしれない反抗期が怖いよ」
「大丈夫よ。あなたの想像するほど、反抗らしい反抗はしないだろうからね」
「そうか?」
「そんなもんよ。この子ら主人に当たりが強いけど、ちゃんと大好きなんだから」
俺に反抗期があったと問われれば、おそらく答えはNoだろう。
だって家の両親は、全くと言っていいほど俺や妹には構わなかったからな。
傍から見れば、育児放棄と言われても仕方がないレベルだったと思う。
まぁ、俺も妹もその代わり蜘蛛や蝶やらと遊んでいたわけなのだが、イスは違う。
俺も花音もベッタリ構っているし、他の団員の殆ども我が子のように接している。
三姉妹と獣人たちはイスの本来の姿を知っているの、少し子供として見れていない節があるが、それでも優しく接している。
優しくていい人が周りに溢れているから、その子供も優しくてグレたりしないとは限らない。
........なんの話しをしてるんだ?俺は。
変な方向に思考が行ってしまった俺は、軽く頭を振ってイスの頭を撫でながらこう言った。
「子育てって難しいな」
「だからこそ、楽しいんじゃない。さ、行きましょ。主人も首を長くして待っているわ」
その日の夕食は、ローゼンヘイス家にお世話になった。
正直マナーとか自信がなかったが、当主であるブルーノ元老院が“マナーとかいいから娘の話を聞かせてくれ”と言ってくれたのは助かった。
いつも騒いで飯を食っている俺達は、肩の力を抜いて食べれただろう。
料理はとても美味しく、訓練の話をされたリーゼンお嬢様は顔を真っ赤にして父親の耳を塞ごうとしていた。
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