訓練!!

 屋敷の裏庭へ行くと、えっほえっほとその周りを走るリーゼンお嬢様が目に入る。


 一人で黙々と前を見て走るその姿からは、本気で強くなりたいという意思が感じられた。


 やはり、自分でお金を払っている以上、学べるものは全て学びたいのだろう。


 何より、自分の意思で強くなりたいと言うのが大事だ。


 俺は、昔親に通わされた数々の習い事の事を思い出す。


 “健康のため”と言われて通わされた水泳とか、かなり嫌いだったな。


 何度もサボったし、真面目に泳いだ事など片手で数える程しかない。


 今思えば、我が子のためを思って態々高い授業料を払っていた親に感謝しかないが、当時のまだまだ子供だった俺にその親心が分かるわけがない。


 イスほど賢かったら別だが、当時の俺は馬鹿だった。いや、今も大分馬鹿だけど。


 あれか?もしかして川に落ちて気絶したのはその天罰か?


 “お前に泳ぐ資格はない”ってか?


 俺はそんなくだらない事を考えつつ、裏庭を走るリーゼンお嬢様を眺めた。


 「私達も走る?」

 「そうだな。基礎を見直すのは大事だし、俺達もまだまだ足りない物は多いしな」

 「走るの!!」


 明日、俺達と遊べることになってやたらと機嫌がいいイスが、トテトテと走り始める。


 俺と花音は、そんな可愛らしいイスの後ろ姿を微笑ましく思いながらその後ろを着いていく。


 そして、1時間後。


 「はぁはぁはぁ........ふぅ........先生達早すぎよ」


 肩で息どころか全身で息をするリーゼンお嬢様は、今にも死にそうな顔をしながら俺達を軽く睨みつける。


 いや、本人は睨んでいるつもりはないのだろうが、疲れからかその表情が険しくなっているのだ。


 「そんな事言われてもなぁ。それはリーゼンが遅すぎるとしか言えないぞ?ちなみに、今回は50回追い越したな」

 「単純計算で72秒に1回は追い越されてるじゃないの。この裏庭は大体400mあるのよ?どれだけの速さで走ってるのよ........」

 「どのぐらいなんだ?」

 「んー?大体時速35kmぐらい?もうちょっと早いかな?」


 すげぇな。約400mを40秒で走ってたのか。


 コレが地球なら世界記録を大幅に更新できるだろう。


 この肉体を持ってそのまま地球に帰ったら、陸上競技の世界記録の殆どを塗り替えれそうだ。


 100mとかその気になれば1秒もかからないだろうしな。


 「化け物すぎるわ........」

 「このぐらいは鍛えればなんとでもなるぞ。俺達だって、最初からそんなに早く走れたわけじゃないしな。訓練の賜物だ」

 「一体どんな訓練したらそんなに人間離れできるのよ。ドラゴンの巣にでも突撃するのかしら?」

 「おぉ!!正しくその通りだぞ。ドラゴンって、あぁ見えてかなり早いからな。死に物狂いで逃げないとあっという間に追いつかれるんだ」

 「え?待って待って。私、冗談のつもりで言ったのだけれど?」


 俺の反応に困惑するリーゼンお嬢様。


 だが、俺と花音がドラゴンの巣に放り込まれては逃げ回ると言う訓練をしたのは事実なのだ。


 中途半端な力を持っていたあとの時が、1番死にかけたとも思っている。


 そして、大きく成長できたのもあの時期だったと思う。


 俺と花音が懐かしむ様子を見て、自分をからかうために作った冗談ではないと察したリーゼンお嬢様は顔を青くして怯えていた。


 「も、もしかして私もドラゴンの巣に突撃して来いとか言うのかし........ら?」

 「流石にそれはないかな。どうしてもやりたいって言うなら別だけど」

 「大丈夫だわ!!少なくとも今、そんな事をしたら死んでしまうもの!!」


 リーゼンお嬢様は慌てて首を振った後、この話題を続けるのは危険と思ったのか強引に話題をずらした。


 流石に、俺たちがやってきた様な内容の訓練をさせる気はないんだか、俺ならやりかねないとでも思っているのだろうか。


 「そ、それで、今日は何をやるのかしら?」

 「身体の基礎の鍛え方は教えた。となれば、次は魔力だ」

 「魔力........何度も魔力を使い切って、器を大きくするのかしら?」

 「いや、魔力の器を鍛えるのはハッキリ言って意味が無い。これに関しては才能がものを言うからな」


 魔力の器には限界がある。


 その肉体を鍛えても限界があるように、魔力の器もその大きさには個々に限界が設定されているのだ。


 そして、その伸び率はあまり良くない。


 俺や花音のように馬鹿げた大きさの器を持っているなら、器の伸び代もそれなりにあるのだが、一般的な魔力量を保有している者の伸び率はせいぜい元の魔力から0.3倍増える位だと言われている。


 もちろん。1が1.3に増えるのは、かなり大きい差になるのだが、その為に膨大な時間を費やすのは効率が悪いのだ。


 俺はその事をリーゼンお嬢様に説明する。


 「なんというか、不公平ね。魔力が多い者の方が更に魔力を増やせるなんて」

 「俺もそう思うが、そういう結果が出ているのも事実なんだ。これは様々な研究が行われて分かっているから、疑いようのない事実だしな」

 「だとしても不公平だわ。そういうのは普通、弱い方が伸び率を大きくするものじゃないの?」

 「それは神のみぞ知るってやつだな。文句があるなら俺達を創造した神に言ってこい」

 「そうするわ」


 神聖皇国でこんな会話したら間違いなく怒られるんだろうなと思いながら、俺は親友の顔を思い出す。


 気兼ねなく会えるようになるのは、まだ先になりそうだな。


 ちなみに、アゼル共和国の国教は神聖皇国側のイージス教だ。


 熱心な信徒も多くおり、神の教えを広めているのだが、リーゼンお嬢様は女神の存在は信じていてもそれを信仰はしていないらしい。


 本人曰く


 「イージス教の教えは素晴らしいと思うわよ?だけど、私は神を信仰するぐらいなら自分を信じるわ」


 との事らしい。


 妄信的に女神を信じる神聖皇国民に、是非とも聞かせてやりたいものだ。


 さて、話は戻って魔力の事だが、魔力の器を大きくするぐらないなら魔力操作を極めた方が圧倒的に効率的で強くなれる。


 魔力操作が上手くなっていけば、魔力消費量を抑えられる上に身体強化や異能、魔法の威力も大きくなる。


 効率の悪い方法を態々とる必要は無いのだ。


 「と、言うわけで、リーゼンが今から訓練するのは魔力操作だ」

 「何が“と、言うわけで”なのかは分からないけど、分かったわ」

 「魔力操作はとても大事だ。特に、異能が戦闘系の異能じゃないならなおさらな」

 「何故かしら?」

 「戦闘系の異能じゃないって事は、戦いのメインで使うのは身体強化だ。身体強化ってのは己の肉体の強さももちろん重要だが、それ以上に魔力操作が大事になってくるからな」

 「そうなのかしら?私はてっきり肉体の方が大事だと思っていたとだけれど........」

 「肉体だけを極めてきた人と、魔力操作だけを極めてきた人が戦えば、十中八九、魔力操作を極めた方が勝つ。それだけ魔力操作の練度ってのは大事なんだよ」


 だからと言って、魔力操作だけ鍛えてもダメである。


 何事もバランスよく鍛えるのがいいんだろうな。


 俺は早速、自身の周りに魔力を纏わせてゆっくりと淀みなく循環させていく。


 「わぁ、すごい綺麗」


 リーゼンお嬢様が思わず声に出して褒めるぐらいには、その魔力の流れは綺麗だった。


 「流石にこのレベルにまで行くには時間がかかるが、綺麗に流れる川ぐらいまでなら鍛え上げれる。やるか?」

 「もちろんやるわ!!」


 この日、リーゼンお嬢様の毎日やる訓練メニューに1つ魔力操作が加わった。

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