あたふたニーズヘッグ

 時は魔王が復活する前にまで遡る。


 この日、魔王がリテルク湖にて復活すると神託を受けた仁達は慌ただしく動いており、全ての団員が呼び出されていた。


 揺レ動ク者グングニルの一員であるニーズヘッグも、この呼び出しに応じて拠点にて待機している。


 「こういうと怒られそうですが、ちょっと暇ですね」

 「ふははは!!まぁ、我らはチマチマとした書類整理とかはできないからな。基本戦闘要員なのだろうよ」

 「その戦闘要員ですら、過剰すぎて私達がいらない子になってますがね........」


 能天気に笑うファフニールに苦笑いを返しながら、ニーズヘッグは宮殿内で騒がしくしている自分たちの主の声を聞く。


 姿は見えないが、声は聞こえるのだ。


 大体何をしているのかは想像が着く。


 ニーズヘッグは少し羨ましそうにしながらも、翼を下ろして自分の出番がないことを祈りながら待った。


 が、しばらく声を聞いていると雲行きが怪しい。


 今までは魔王の居場所を直ぐに特定できていたのだが、今回はそう上手くは行かないようだ。


 「これは私達の出番ですかね?」

 「だろうな。良い機会だろう。我らほとんど働いてないしな。偶には仕事をせねば他の団員に睨まれるぞ」


 再び大声で笑うファフニール。


 ニーズヘッグも吊られて笑うが、事態はあまりよろしくない。


 魔王の復活場所によっては、仁達の計画に歪みが生まれかねない。


 恐らく仁は笑って流すだろう。


 戦争が起きずとも、彼なら彼なりのやり方で自分の目的を達成させれるだけの力と行動力はある。


 問題は花音だ。


 彼女はどうも、計画に拘っている節が見える。


 団員内で“狂気の番犬”と称される彼女の怒りを買えば、何が起こるか分かったものでは無い。


 「ファフニールさん。間違ってもおふざけはダメですよ。1歩間違えれば、副団長さんの怒りを買いかねませんから」


 ニーズヘッグの一言に、ファフニールの顔は真剣になる。


 余程花音の怒りを買いたくないのか、普段のおちゃらけた雰囲気からその名に相応しい威厳ある物に変わっていた。


 「あぁ、それは恐ろしすぎる。我らの副団長殿は冗談抜きで殺しにくるだろうからな........正直、神の天罰よりも恐ろしい」

 「1度その片鱗を見せてますからね........あの島にいた私達は間違っても副団長さんの怒りを買わないように気をつけますよ」

 「救いは、本気でキレる時の沸点がわかり易い事だな。軽くキレる時の沸点は分からんが」


 ファフニールは何かを思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔をする。


 “原初の竜”と呼ばれ、人々に恐れられた厄災級魔物だとしても、恋する乙女の地雷は踏み抜きたくなかった。


 「真面目にやらないとな」

 「ですね」


 ファフニールとニーズヘッグが自分が気合を入れ直すと、仁が窓から飛び降りてくるのが目に入る。


 あまりに広すぎる宮殿のため、急ぎの時は窓から飛び降りる。


 「ファフニール!!ニーズヘッグ!!悪いが、魔王が見つからない!!前話した通りに動いてくれ!!」


 団長から下される命令。


 それを聞いたファフニールとニーズヘッグは、静かに頷くと予定通り空へと飛び立つ。


 「........なんかやけに素直だな。まぁ、行ってくれるならいいか。あとはリンドブルムと─────────」


 仁は少し疑問に思いながら、他の団員にも命令をしに行くのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 空を飛びたったニーズヘッグは、ファフニールと別れると急いで現場へと向かう。


 魔王復活の正午までまだ時間はあるが、早くつくことに越したことはない。


 「1度、団長さんに連れてこられたのは良かったですね。迷わず行けるのはありがたい」


 ニーズヘッグはそう言いながらも、念の為に地上を見ながら現在地を確認する。


 今回、連絡役と地図の場所を確認する様に蜘蛛を何体か連れてきている。


 もし間違っていたとしても、彼らが何とかするだろう。


 「間違っていたら宜しくお願いしますね」

 「シャー」


 “了解”の合図の合図を受け取ったニーズヘッグ。


 ニーズヘッグは背中に乗る小さな存在を頼もしく思う。


 普段から様々な仕事をこなしている蜘蛛たち。内心、少し不安に思うニーズヘッグとは違って落ち着いていた。


 しばらく飛ぶと目的地へ着く。


 「ここですね。聖王国と合衆国そして獣王国の中心地。はてさて、私の近くに魔王が復活するのですかねぇ........」


 ニーズヘッグは誰かに見られないように気を使いながら、辺りを探知していく。


 どんな物にも距離の影響はある。


 遠過ぎればそれだけ感知が遅れるのだ。


 なるべく早く探知ができるように、自分の魔力をゆっくり広げていく。


 正午まであと少し。緊張感が高まる。


 張り詰めた糸は次第に大きく蜘蛛の巣のようになっていき、ニーズヘッグの感覚は最大まで研ぎ澄まされた。


 そして、糸は切れる。


 「見つけましたよ」


 正午から少しすぎた頃、ニーズヘッグはその魔力を捉えた。


 距離は相当遠く、全力で行くにも10分以上は確実にかかる。


 更に、この魔力が魔王という確証はない。


 が、これほどに大きい魔力を放つ者がそうそういない。


 間違っていたらどうしようとニーズヘッグは不安になりながらも、その場へと急ぐのだった。


 あまりに焦りすぎて、蜘蛛を介して連絡を取るというのを忘れて。


 幸い、ニーズヘッグの影にいた蜘蛛が気を利かせて連絡をしていたが、もし、連絡をしなかった場合は仁に怒られていただろう。


 「........?どういうことですかねぇ」


 魔力を感じたその場所につく少し前に、もう1つ大きい魔力を感じる。


 少し性質は変わっているが、どこか懐かしい魔力だ。


 ニーズヘッグはその魔力の持ち主が誰なのかを思い出そうとするが、思い出せない。


 何万年前の記憶など、余程大事なものでは無い限り消えていくものだ。


 「........あ、団長さんに連絡を入れるの忘れてました」


 ここでようやくニーズヘッグは、自分の過ちに気づく。しかし、そのつぶやきを聞いた蜘蛛がすぐさまフォローする。


 「シャ」

 「え?既に連絡した?」

 「シャーシャシャ」

 「........申し訳ありません。忘れてました。気をつけます」


 少し落ち込みながら魔力を感じた場所へ辿り着くと、そこは既に何者かが戦闘した跡があった。


 ボロボロになった森と、干上がった湖。


 そこには誰もいない。


 たが、そこに何かあるのは分かっている。


 ニーズヘッグは、蜘蛛を呼び出して仁に連絡を入れる。


 「団長さん。現場に到着しました」

 「シャー、シャシャシャシャー」


 連絡は、基本的に念話蜘蛛テレパシースパイダーを挟んで行う。帰ってくる言葉が“シャ”なのは仕方がなかった。


 「はい────────いえ、今は誰もいません。恐らく、何らかの能力か魔法かと。結界系の物ですね。魔王と何者かが戦っているかと........はい。了解です」


 仁の指示に従い、しばらく静観する。


 ニーズヘッグがその気になれば、結界を破れるだろう。


 とは言え、態々自身の存在を露わにしてまでやることではない。


 ニーズヘッグは落ち着きなく、時が来るのを待った。


 そして、結界が壊れ、魔王と不死王が姿を表す。


 「あぁ、思い出しましたよ。不死王ノーライフキングでしたか」


 ニーズヘッグは納得しながらも、即座に仁に連絡を取る。


 「はい。了解です」


 仁からの命令は“魔王の確認。場合によってはその討伐”だ。


 ニーズヘッグは、空から降りて現場に向かうのだった。

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