仁、到着

 急に現れた介入者。


 “終焉を知る者”ニーズヘッグ。


 1度も出会ったことがない魔王はともかく、不死王ノーライフキングはかなり慎重になっていた。


 過去にニーズヘッグが暴れたのを知っている彼は、ニーズヘッグの強さを重々理解している。


 もし、何らかの怒りを買って戦うことになれば勝ち目は薄いだろう。


 不死王は言葉を選びながら、ニーズヘッグに話しかける。


 ニーズヘッグの性格は知っている。地雷源で踊るような真似をしない限りは、問題無いはずだ。


 「ニーズヘッグサン。デキレバ、ソコノ魔王ニトドメヲ、刺サテセホシイ」


 不死王は既に虫の息となっている魔王を指さす。


 魔王は身体中ボロボロであり、魂すらも削って戦っていたために魔力も無ければ削れる魂も無かった。


 既に死んでもおかしくない状況だが、まだ死ねない魔王は、気合と根性だけでその首を持ち上げている。


 ニーズヘッグはそんなボロボロの魔王を見て、不死王に質問した。


 「あれは自らを魔王と名乗ったのですか?」

 「........?エェ。確カ、嫉妬ノ魔王レヴィアタン、ト名乗ッテイタハズダ」

 「なるほど。ところで、この魔王を勢力に加えるつもりなんですか?」

 「ソノツモリダ。何カ不都合ガ?」

 「不都合云々の前に、魔王は死ぬと塵となって消えますよ?死体がなければ能力は作用しないのでは?」

 「........エ?」


 魔王を殺し、アンデットとして仲間に加える計画を立てていた不死王は固まる。


 ニーズヘッグが嘘を着いている可能性ももちろんあるが、嘘をつく意味が無い。


 ある程度ニーズヘッグの性格を知っているからこそ、その言葉が本当だと分かる。


 「マジ?」

 「マジもマジですよ。この死にかけの魔王以外に3度程、他の魔王が討伐されましたが、例外なくチリになって消えています。他にも彼らの眷属である悪魔も同じ現象が起きますね。団長さんが嘘をついていれば別ですが、イスちゃんや副団長も同じことを言っているので間違いはないと思いますよ。そうですよね?嫉妬の魔王レヴィアタン?」


 ニーズヘッグは、自分の後ろで何とか気力だけで生きている魔王に話しかける。


 このまま放って置いても死にそうな魔王は、そのボロボロな身体を無理やり持ち上げて応えた。


 「そうだ、とも。我を殺しても、死体として残ることは、無い。残念だった、な」


 途切れ途切れの言葉。数十分前の流暢な話し方をしていた魔王の姿は既にない。


 不死王は魔王の言葉に嘘が無いと感じ取ると、小さく舌打ちをした。


 「チッ。ナルベク、綺麗ニ殺ソウトシタノニ、無駄骨カ」

 「あんなに地面に叩きつけておいて“綺麗に殺そうとした”と言うには無理がある気もしますが........まぁ、これで不死王、貴方が魔王を殺す理由は無くなったわけですね」

 「ソウダナ」


 不死王は、少し不貞腐れたように下を向きながら答える。


 最初に喧嘩をふっかけた理由も“死体の回収”だ。


 その目的が達成できないと分かったのなら、無理に殺そうとする意味は無い。


 自身への攻撃に対する怒りはあれど、そこまで顕にするものでは無いと不死王は分かっている。


 おそらく、ここで無理に魔王を殺そうとすればニーズヘッグに止めらるだろう。


 それよりも、気になることを言っていた。


 「ニーズヘッグサン。団長トハ?他ニモ“イスチャン”ヤ“副団長”ト言ッテイタガ」

 「ん?団長さんの事ですか?私、今ある人の下に付いているんですよ」

 「........」


 “ニーズヘッグが人間の下に付いている”その言葉を聞いた不死王は、空いた口が塞がらなかった。


 かつて、大暴れしたニーズヘッグのその姿を知っているからこそ、その言葉はすんなりとは受け入れられない。


 思わず、言葉が漏れる。


 「冗談?」

 「なわけないでしょ。本当ですよ。他にも........いえ、今ここで語るのは都合が悪いですね。後にしましょう。もう直ぐ団長さんがここに来ますし」


 ニーズヘッグの任務は“魔王の確認と場合によっては討伐”だ。


 既に風前の灯火であり、魔力を使う何かを行った場合死んでしまう様な魔王を今すぐ殺す必要は無い。


 討伐なのだ。


 現に、これだけ隙だらけなのに魔王は攻撃する所か苦しそうに息をしているだけ。


 息を吹きかけるだけで死んでしまいそうだ。


 仁が来るまでの間、不死王とニーズヘッグは昔話に花を咲かせる。


 何万年も顔を合わせてないのだ。積もる話は多い。


 「懐かしいですね。こうして話すのは」

 「ソウダナ。アレ以来、姿ヲ見ナクナッタガ、何ガアッタ?」

 「実はとある島にいましてね........その島がまた厄介なんですよ。その島の外に煙の結界があって、道を惑わしてくるんです。能力とか全力で使っても全くビクともしないので、打つ手なしでしたよ」

 「ホー。ニーズヘッグサンガ、手ヲ拱クレベルノ結界。相当ナモノダナ」

 「でしょ?お陰で何万年も退屈な島での暮らしですよ。ここを出てきたのは最近で、団長さんのおかげなんですよ」

 「マタ団長サンカ。一体何者ナノダ?」


 ニーズヘッグは何かを思い出すかのように空を少し見上げた後、小さく笑う。


 怠惰な世界から連れ出してくれた面白可笑しい人間。たった一人の人間にここまで肩入れするのは、2人目だと言わんばかりに。


 「ただの人間ですよ。私達よりも強くて、面白くて、変わった、普通の人間です」

 「ソレ、普通ノ人間ト言ウノカ?」

 「えぇ。普通の人間ですよ。私達を纏める偉大なね」


 その時、空から声が聞こえる。


 少し恥ずかしそうにしながら、それでいて堂々としたその人間は、なんとも言えない表情でやってきた。


 「呼んだか?」

 「もちろん呼びましたよ。団長さん」


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 神聖皇国の首都である大聖堂。


 大切な書物が保管されている書庫で、灰輝級ミスリル冒険者である“禁忌”ロムスはとある書物を眺めていた。


 「これですかね?随分前の書物ですが、名前が“リテルク湖”って書いてありますし」


 ロムスが持っていた書類は、“合衆国と聖王国の領土問題とその歴史について”だ。


 かつて合衆国と聖王国の領土問題が繰り広げられており、現在までその遺恨は残っている。


 とはいえ、両国の国民は大して気にしておらず、聖王国の貴族や合衆国の議員達も今では大した問題だと認知されていない。


 1部の愛国心が強いものが勝手に敵対する。それだけだった。


 そんな歴史が書かれたこの書物の1文に、“リテルク湖”の名前が載っている。


 そこで領土問題があったと言うよりは、作者が訪れて感動したその景色について語っているだけだ。


 見つけたのは偶然に近い。


 「ともかく、見つけましたね。報告しに行きましょうか」


 ロムスはその本を持って部屋を出ていく。


 時計は既に正午を超えており、魔王が復活しているのは明らかだった。


 教皇の部屋を訪れると、教皇は頭を抱えていた。


 旧サルベニア王国の時も同じように頭を抱えていたが、今回はそれ以上に困っているようだ。


 「どうしたロムス」

 「朗報ですよ。場所が分かりました」


 その一言に教皇の顔は明るくなる。余程嬉しい知らせなのか、おもむろに立ち上がってロムスの手を握るほどだった。


 「よくやったぞロムス!!急いで勇者達に連絡を取れ!!」

 「了解です」


 そばに控えていた枢機卿は急いで部屋を出ていく。


 教皇はその姿を見送った後、ロムスの持ってた書物に目を落とした。


 「それに載っていたのか?」

 「えぇ。ペラペラ捲ってたら見つけましたよ」

 「........出来ればもう少し早く見つけて欲しかったがな」

 「あははは。そう言われると耳が痛いですね」


 ロムスは苦笑いしながら頬をかくのだった。

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