素直になれない子

 馬車に揺られること10分。ゆっくりと進む馬車から見えてきたのは、大きな屋敷だった。


 俺たちが拠点にするヴェルサイユ宮殿モドキよりは小さいものの、十分豪邸と呼ぶにふさわしい大きな屋敷だ。


 その殆どを木で作られた俺達の拠点に比べて、装飾面ではこの屋敷の方が派手だろう。


 個人的には拠点の質素な見た目の方が好きだが、これはコレで趣がある。


 ぼやっとしながらその豪邸を見ていると、リーゼンお嬢様が少し誇らしげに話しかけてきた。


 「どう?先生。中々のものでしょ?」

 「そうだな。あの屋敷全部がリーゼンの家か?」

 「正確には私の“お父様の”家ね。私の家は別にあるわ」


 もちろん知っている。なんとこのお嬢様、この歳で既に自分の家を持っているのだ。


 やはり自分の店を開く様な奴は違うな。


 ........あれ?確か店も買ってたはずだから、もしかして物件をふたつ持ってるのか?


 やべぇなこの子。財力だけで言えば、既に親から自立していると言っても過言ではない。


 リーゼンお嬢様は俺の反応がいまいちだったのか、拗ねたように口を尖らせながらデカい屋敷の隣にある小さな家を指さした。


 まぁ、屋敷に比べて小さいと言うだけであって、世間一般から見れば十分大きい家だが。


 「アレが私の家よ。本当はもっと普通の一軒家を買うつもりだったのだけれと、お父様が煩くてね........」

 「見栄えは大事だよリーゼン。アレでも予算を越してなかったじゃないか」


 その何気ない一言が、リーゼンお嬢様の怒りに火をつけた。


 今までに見たことないほどの形相で、腹から大きな声を出す。


 「誰があのクソでかい家の全てを管理してると思ってんのよ!!メイドや執事だってタダじゃないのよ?!1人で管理できた方がいいに決まってるじゃない!!」

 「だが、ローゼンヘイス家として恥の無いようにだな........」

 「恥ぃ?私の家庭教師に暗殺者を選んだことよりも恥じることなんてあると思ってるの?!」

 「いや、それはだな」

 「大体!!お父様は普段仕事で私の事をほったらかす癖に、何かあると干渉しすぎなのよ!!この旅行だって私とタルバスだけで行くつもりだったのに........!!」


 馬車の中で起こる親子喧嘩。イスは俺や花音に全くと言っていいほど怒ることはないので、こういうやり取りを見るのは新鮮だ。


 俺も花音も暖かい目でリーゼンお嬢様とブルーノ元老院のやり取りを見ていると、リーゼンお嬢様の母親であるカエナルさんがそそくさとこちらへ移動してきた。


 「ごめんなさいね。客人の前でこんな親子喧嘩を見せるなんて」

 「構わないさ。こうしてみると、どこにでもいる普通の親子なんだな」

 「昔から甘えるのが下手な子でね。旦那も旦那で色々と不器用だから、こんなふうに衝突が起こるのよ。一緒に旅行に行けるのを1番喜んでいたのはリーゼンなのにねぇ」

 「素直じゃないんだな」

 「子供なんてそんなものでしょ?私だって昔は親とよく喧嘩したもの。貴方達は無いのかしら?」


 そう言って花音の膝の上で干し肉を頬張るイスを見る。


 花音はイスのひんやりとしたその体温を味わいながら、ちょっと意地悪をする様に頬っぺたを軽くムニムニする。


 イスは食べにくそうにしながらも、少し嬉しそうに干し肉を食べていた。


 「見ればわかるだろ?」

 「平和そうで何よりだわ。アレぐらい素直になれれば、リーゼンも沢山甘えられるのにねぇ」

 「自慢の子だよ。可愛いし強いしな」

 「ふふふ。貴方も人の親ね。優しい顔してるわよ。とても、バルサル最強を倒した人とは思えないわ」

 「それは褒め言葉として受け取っていいのか?」

 「えぇ。私の中では最大の褒め言葉よ」


 親としての会話をしながら俺達はリーゼンお嬢様の住む屋敷へと足を踏み入れる。


 屋敷の門の前では門番が2人おり、門をくぐればメイドや執事が列を生して頭を下げて主人の帰りを出迎える。


 すげぇ、漫画で見た事がある光景だ。


 パッと見数えただけで軽く20人は超えている。


 やはり元老院という職である以上、それなりに給料はいいのだろう。


 こんなに人を雇えるんだからな。


 先程、大きな屋敷を見た時よりも驚いた反応をしたためか、リーゼンお嬢様は目を輝かせて俺に話しかけてくる。


 そんなに俺の驚いた表情を見たかったのか?


 「流石の先生もコレには驚いているようね!!凄いでしょ!!まぁ、私の家のメイドや執事じゃないから私が威張れるものでもないけど」

 「これだけの人に幾らの人件費がかかっているのかと思うと目がとび出そうだ。毎月大金貨が何枚も吹っ飛んでそうだな。元老院のメイドや執事となれば給料も良さそうだし」

 「んー幾らなのかしら?私、この屋敷の管理はしてないから知らないわ。お父様?幾らぐらい掛かってるの?」

 「大体大金貨6枚かかっているね。メイドや執事だけじゃなくて、料理人や小間使いとかもいるから結構な金額になるのさ」


 先程喧嘩をしていたとは思えないほど普通に話すね。


 それにしても毎月大金貨6枚か........俺達の傭兵団でも問題なく払えるな。


 日本円にして約6000万と言う大金ではあるが、どっかの不正な金を勝手にかっぱらってくる蜘蛛達が集めてくる金はその何倍にもなる。


 そのうち全世界の金が俺達に集まるんじゃないか?


 改めて自分の傭兵団の財力に感心していると、何を勘違いしたのかリーゼンお嬢様が慌てて俺に提案してきた。


 「い、今からでも契約内容を変えていいわよ?」

 「はぁ?急になんの話ししてんだ?」

 「だって、少し不満そうな顔をしてたじゃない........月大銀貨6枚じゃ不満なのかなって........」

 「何を勘違いしてるのか知らんが、今更ばっくれたりはしねぇよ。俺達はこう見えても一応はプロだぞ?一度受けた依頼は投げ出さないし、その契約内容で合意してんだ」


 プロ(今まで受けた依頼1件)だけどね。


 ヴァンア王国の時は依頼と言うよりは団員の我儘を聞いただけだし、アゼル共和国とシズラス教会国との戦争の時は勝手に暗殺してただけだし。


 つい先日、元老院のジジィの依頼を受けたが、あれは公式なものでは無い。


 やっぱもう少し実績作った方がいいかな?


 それにしても、俺の感心した顔は不満そうな顔に見えるのか。ちょっとショックである。


 今度鏡の前で確認してみるか?


 「そ、そうね。私が面白いと思った人なのに、そんなつまらない事で契約を違えることはないわね。疑って悪かったわ........」

 「気にすんな。俺は気にしないから」


 ここで黙ってしまうと気まずい空気が流れてしまう。


 俺は間髪入れずに話題を強引に変えた。


 「それで、戦い方を教えて欲しいってことだが、どこでやればいいんだ?この綺麗な庭を荒らすのは気が引けるぞ」

 「それなら私の家の裏でやるつもりよ。正面は綺麗にしてあるけど、裏は結構ボサボサなの。どれだけ荒らしても問題ないわ」

 「広さは?」

 「んー今見えているの庭の半分ってことろかしらね?結構広いでしょ?」

 「滅茶苦茶広いな。それぐらい広ければ周りの事はさほど考えなくても良さそうだ」


 今見えてる庭と言ったので、馬車の中から一面を見渡す。


 どんなに小さく見積っても200m四方はあるぞ。


 首都でこの広さの土地を買おうと思ったら幾らするのやら。


 その後、屋敷の扉の前で馬車が止まるまで俺とリーゼンお嬢様は今後の事について話すのだった。

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