きっと何も変わらない

 エリーちゃんの宿で、少し名の知れた画家に俺達3人の絵を書いてもらった翌日。


 俺達はリーゼンお嬢様を出迎えるために、街に入る門の近くで買い物をしていた。


 「なんというか、普通だな。もっとこう魔剣みたいなすげーのがあると思ったのに」

 「冒険者御用達のお店に何を求めてるんだか。そんな魔剣のような凄いものがあったとしても、VIPとかじゃなきゃ見れないよ。盗まれたりしたら大損害なんだし」


 うーむ。花音の言う通り、魔剣のような貴重な物を堂々と店内に置いておく程馬鹿ではないか。


 金を積めば見せてくれそうではあるが、別に魔剣が欲しい訳では無い。


 俺の異能で剣を作った方が手に馴染むし、斬れ味も耐久性もあるだろうからな。


 俺達が訪れているこの店は冒険者御用達の店であり、この店1つで冒険者に必要なもの全てが事足りると言われている程だ。


 その品揃えはかなりのもので、食料品から武器、防具、サバイバルに必要な魔道具などが結構お手頃な値段で売られている。


 こういう店に入るのは初めてだが、中々に新鮮だ。


 魔道具に関しては日用品にもなる魔道具も沢山置かれており、冒険者だけではなく主婦や家族連れも多い。


 イスのような子供を連れていても、誰も気には止めなかった。


 「この魔道具は魔力を込めると水が出るみたいなの。でも、効率が悪いの」

 「それ、ドッペルの作ってる魔道具と比較してるよな?そりゃ使ってる素材が何から何まで違うんだからしょうがないだろ」

 「流石にドッペルの作る魔道具と比べるのはちょっとねぇ........この魔道具、多分下級魔物の魔石を使ってるでしょ?上級魔物以上の魔石を使ってるのと比べて効率が同じだったらびっくりだよ」


 イスの持っている魔道具は水筒の様な形をしており、魔力を込めると水が出るという物だ。


 もちろん、生成された水は飲むことができる。


 しかし、使い切りの上に魔力効率が悪い。


 これなら、普通になにかの容器に水を入れた方がいいかもしれない程だ。


 ちなみに、ドッペルの作ってた魔道具は魔力を込めるととんでもない量の水が溢れ出す。


 ある程度量を調節しても最低が10Lなので、ある意味あちらも欠陥品だ。


 「なんというか、ライターの魔道具以外は微妙なのが多いな。あ、虫除けのテントは買いだな。使うことがありそうだ」

 「これ、あの島にいた時に欲しかったなぁ........」

 「そんなに虫は飛んでなかったけどな。それと、このテントに入るとすぐに動けないから持ってても使わなかったと思うぞ。身の回りの安全が確保出来た時には、既に子供達とかが周りの虫を捕まえて食ってたし」

 「子供達は虫駆除要因だった?」


 あの子達、基本なんでも食うからな。


 おかげで俺達の拠点には害虫などが全く居ない。


 その代わり蜘蛛が何千といるが。


 「武器も最低品質は保っているけど微妙。食料も干し肉とかばかりだし、なんというか、本当に必要最低限の物を揃えられますって感じだな」

 「強い武器が欲しいならオーダーメイドの方がいいもんねぇ。とはいえ、私たちの基準が高いだけでコレが普通なんじゃない?」

 「あー。傭兵の普通は何となくわかるけど、冒険者の普通は知らないもんな。確かに俺達の基準が高いだけかもしれん」


 俺は、バルサルで毎日のようにバカをやっている駄目人間達を思い浮かべながら苦笑する。


 アレを普通と言っていいのかどうか怪しいなと思いながら。


 そうやって時間を潰していると、影から子供の1匹が影から小さく合図をしてくる。


 どうやらリーゼンお嬢様御一行がこの街に帰ってきたようだ。


 「イス、花音。どうやらお嬢様が帰ってきたらしい。お出迎えに行くとしよう。買うものはあるか?」

 「んー私は無いかな。全部バルサルで手に入るし」

 「私は干し肉が欲しいの。よく食べるヤツと味比べなの」


 そう言ってイスは大量の干し肉を持ってくる。


 麻袋に大体1kg近く入っているのだが、イスは15袋も持ってきた。


 おいおい。どんだけ食うつもりなんだよ。


 肉なら吸血鬼王国からパクってきた物がまだ沢山あるだろうに。


 「イス?それ全部食うつもりなのか?」

 「ん?私の分はひと袋だけなの。後は団員さん達のなの。みんな干し肉なら食べるだろうし」


 俺はイスの優しさに感動を覚えながらも、ひと袋(1kg)は食べるのかと思いながらその干し肉を買うのだった。


 ひと袋大銅貨1枚。全部で銀貨1枚と大銅貨5枚分。


 定員もこんなに干し肉を買う客は中々いないのか、少し驚きながら対応していた。


 おそらく、今日の話題になるだろうな。結構目立つ格好してるし。


 そう思いながら店を出て、偉い人が使う門の近くで待機する。


 まだリーゼンお嬢様が来るまでには少し時間があった。こういう時、人というものは変に思考が回る。


 「俺が先生ねぇ........あの島にいた時は生徒だったのに」

 「どんな事を教えるつもりなの?」

 「さぁ?求める強さによるだろうな。世界最強を目指したいならありとあらゆる事に対応できるようにならなきゃいけないし、誰かを守る強さが欲しいなら、守りながら戦う技術がいる。求めるものによって、教えることは変わるさ」

 「確かにそうだね。私や仁のように“自分を守る強さ”だけを求めるなら逃げる事を教えるし、“誰かを守る強さ”を求めるなら戦う力がいるもんね。リーゼンちゃんが求める“強さ”次第か」

 「学園アカデミーが何を求めるかだよな。あっちに関しては興味がなくてほとんど調べてないし」


 イスが行きたいとか言い出せばその全てを調べあげるが、イスも学園アカデミーに関して興味を示していない。


 俺や花音が今更学園アカデミーに行くわけもないしなぁ。


 そもそも、19では入れないか。


 年齢制限があったはず。


 それに、今更お行儀よくお勉強する気にもならない。


 「もし、俺達がこの世界に来なかったらどうなってたのかな」

 「何も変わらないよ。イスや団員はいないだろうし、ここまでぶっ飛んだ経験はしなかっただろうけど、何も変わらないと思うよ。そもそも会えてないからね」

 「そうか?イスや他の皆がいないのは結構寂しと思うけどな」

 「会う前なら?」

 「........何も変わらないかもな」


 俺は、隣で干し肉をモグモグと齧るイスの頭を優しく撫でる。


 イスは食べる手を止めると、俺の頭を撫でる手を握って自分の頬に持っていく。


 「私は........私はパパがいなかったら寂しいよ。きっと団員の皆もそう思ってる」

 「それは嬉しいが、塩の付いた手は拭いて欲しかったな。俺の手を干し肉にして食べる気か?」

 「あ、ごめんなさいなの!!」

 「ぷはははは!!」


 あたふたとしながらハンカチを取り出して俺の手を拭こうとするイスを見て、俺は思わず吹き出す。


 少し沈んた気分になってしまったが、過去はどう足掻いても変えられないのだ。


 ならば、今を楽しむのが1番だろう。


 「お、来たみたいだな」


 門に目を向ければ、一際豪華な馬車がこちらへやって来る。


 その馬車は俺達の目の前で止まると、早く乗れと言わんばかりにその扉を開けていた。


 「ほら!!私の言った通りじゃない!!お父様は人を見る目がないのよ!!」

 「あらあら。私達より早く着いているなんて思ってもみなかったわ」

 「ちょ、リーゼン。声が大きいぞ」


 元気よく俺を出迎えるお嬢様と、たじろぐ父親。それを楽しそうに見る母親。


 今日から俺の生徒になるお嬢様一家は相変わらず騒がしかった。


 「んじゃ、行くか」

 「はーい」

 「はいなの」


 手を招くお嬢様に連れられ、俺にとって人生初の家庭教師の仕事が始まるのだった。

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