幸運を呼ぶ筆
食えないジジィから依頼を受けた後、俺達は今日泊まる宿に帰っていた。
日は既に沈んでおり、大通りにある酒場の喧騒がここまで聞こえてくる。
「観光はどうだったかしらん?」
「楽しかったよ。花音が話しすぎたせいで元老院議事堂しか見れなかったけど」
「ほんとごめんね」
シュンと萎れる花音。
俺はそんな花音の頭を撫でてやりながら、優しく慰める。
「責めている訳じゃない。久しぶりに気持ちよく話せたんだろ?」
「うん」
「観光はまた後でもできるんだ。そう気を落とすなよ」
「うん!!」
機嫌よく頭を撫でられる花音を見ながら、この宿の店主であるエリーちゃんはイスに向かって小さく囁いた。
小さく囁くと言っても、その声は丸聞こえだったが。
「あなたのお父さん、中々の策士ね。落として上げる。マッチポンプってやつよ。あぁ言う男は少し気をつけた方がいいわよん」
「パパは優しいの」
「それは分かっているわよ。私のこの姿を見ても全然気にしないんだもの。でも、あのタイプの男には良い奴の方が少ないから気をつけなさい。世の中には女を殴っておきながら“君が大切なんだ。君の事を思っいるんだ”とか抜かすゴミも多いからね」
「よくわかんないけど分かったの」
イスになんちゅー事を教えてんだこのオカマは。
確かにそういう輩もいるにはいる。が、子供にそれを吹き込むか?普通。
まだイスは純粋なんだよ。表現をもう少しオブラートに包んで欲しいものである。
「おや?今日は僕以外にも客がいるのかい?」
エリーちゃんがイスに男と言う生き物がどんなものなのかを吹き込んでいると、宿の扉が開かれて1人のおっさんが入ってくる。
整えられた髭と少しボサボサとした髪。やる気の中そうな目に丸メガネをした、いかにも芸術家ですと言う風貌の男だ。
コレがエリーちゃんの言っていた常連か?
俺がそう疑問に思っていると、エリーちゃんはカウンターから飛び出してその男の元へとダッシュで駆け寄っていく。
「ダァリィーン!!会いたかったわぁ!!」
ラグビー選手ですらも弾き飛ばすような勢いでその男に抱きつくと、周りの椅子や机を吹き飛ばさないように気をつけながらエリーちゃんはぐるぐると回る。
ダーリンと呼ばれたおっさんは、少し苦しそうにしながらも嬉しそうにエリーちゃんを抱き返す。
「ダーリンって事は、あれがエリーちゃんの彼氏か。思ってたよりも普通の男だな」
「相手もオカマだと思ってたの?」
「思ってた」
暫くぐるぐると回った後、2人は仲良さそうに手を繋ぎながら戻ってくる。
彼氏の方は回りすぎたせいか少し足元がおぼついていたが、そこは流石エリーちゃん。
巧みに手を引っ張って転ばないようにエスコートをしている。
これじゃどっちが彼氏か分かったものでは無い。
「ごめんなさいね。ちょっとテンションが上がっちゃったわん」
「構わんよ。それより早く座らせてやれ。ずっとフラフラしてるぞ」
「あらごめんなさいダーリン」
「ははは。大丈夫さこのぐらいは。いつもの事だからね」
少し苦しそうにしながらも、おっさんはカウンターの椅子に座ると水を頼む。
毎日エリーちゃんのタックルを食らって振り回されているのだろう。疲れた顔はしているものの、そこにエリーちゃんに対する悪意は無い。
俺はおっさんがゆっくり水を飲んで落ち着くのを待ってから話しかけた。
「おっさんがエリーちゃんの言う常連か?」
「そうだよ。僕がエリーの彼氏であり、常連客さ。他にも週2ぐらいで来る客も多少いるけど、毎日来るのは僕だけだね」
「へぇ。毎日飯を食いに来るのか」
「その言い方はやめてくれよ。仕事がなければ、一日中このカウンター席でエリーと話すこともあるんだから」
「そいつは悪かったな。俺は仁。よろしく」
「僕はラベル。しがない画家さ。よろしく」
お互いに握手を交わした後、ラベルは少し楽しそうにエリーちゃんから渡された酒をすする。
あまり酒の匂いがしないのを見ると、度が低いお酒なのかな?
俺も花音も全く酒は飲まないのでよく分からない。
夜な夜な酒の匂いを撒き散らす吸血鬼夫婦に聞けば分かるかもしれないな。
そんなくだらないことを考えていると、ラベルが話しかけてくる。
「君達はどうやってこの宿を知ったんだい?その店の外見を見ただろう?とても宿を営んでいる様には見えなかったはずだけど........」
蜘蛛に調べてもらいましたね。安い、清潔、料理が美味い、店主が面白いっていう条件付きで。
とはいえ、流石にバカ正直にそんな事を言えるわけが無い。
ここは適当にはぐらかすとしよう。
「この街に来る前にちょっと情報屋に寄ってな。清潔で値段もお手ごろ、料理も美味い店は無いかって聞いたらここを紹介されたんだよ。もちろん、ここの店主は変わってるから気をつけろとは言われたけどな」
「へぇ、情報屋かぁ。普通の人に聞いてもこの宿の名前は出てこない程の穴場だから、情報屋とかでもない限り話には上がらないだろうね」
「あら、私の店を紹介してくれる情報屋なんているのねぇ。その情報屋の名前は?」
「言うわけ無いだろ。お互いの信頼があってこその商売なんだから」
「確かにそうね........ちょっと軽率だったわぁ」
本当は情報屋に話なんて聞いてないが、適当にでっち上げた話にしてはまぁまぁだろう。
情報屋って言っておけば何とかなる。相手がその道に詳しい人間じゃなければ、大抵は誤魔化せるかもな。
情報屋万歳。今後も使わせてもらうとしよう。
「最初にエリーを見て怖くなかったのかい?彼氏である僕が言うのもなんだけど、彼女は結構パンチがあるだろ?」
「別に。殺人鬼とかならともかく、女装だしな。見た目がちょっと変わってるだけだし」
「隣のお嬢さんは?」
「私?私は仁以外は殆ど興味ないから。オカマだろうがその人の自由でしょ」
「君は?」
「私はよくわかんないの。でも、生き方は自由なの」
その言葉を聞いたラベルは感心したように頷くと、手をパンと叩いて立ち上がる。
「君達は随分と面白いね!!久々に筆が乗るよ!!」
そう言うと、ラベルはどこから取り出したのかパレットや絵の具などの絵を描く道具を取り出して俺達3人を描き始めた。
あまりに急すぎるラベルの言動に、俺も花音もイスも何も言えずに固まっていた。
「あら、ダーリンに気に入られたわねぇ。珍しい」
「あーエリーちゃん?なんで急にラベルは絵を描いているんだ?」
「貴方達が気に入ったからよん。ラベルはあぁ見えてもそこそこ有名な画家でね。彼の書いた絵には幸運が宿ると言われているのよん?」
「幸運?」
「
随分と面白い異能だ。
俺の周りには戦闘系に優れた異能持ちしかいなかったからな。
こういう戦闘系ではない異能は新鮮だ。
「その異能を使って金を稼ぐのか?」
「えぇ。魔力を込めれば多少の幸運は訪れるわぁ。心から描いた絵には劣るけどねぇ」
エリーちゃんはそう言うと、料理を作り始める。
「料理を食べ終わる前には完成すると思うわ。それまでは私の丹精込めた料理を味わってちょうだい」
「そうさせてもらうよ」
料理は滅茶苦茶美味かった。
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