食えないガキ

  ブラバム・ド・ラインハルツ。この国のトップである元老院の1人であり、その元老院の中でもトップに立つ男だ。


 この国を作った1人であるラインハルツ家の血筋で、唯一この国ができてからずっと元老院を務めている一族である。


 名門中の名門という訳だ。


 この爺さんの不興を買えば、例え同じ立場に立つ元老院であろうともタダでは済まないとまで言われており、この国の最高権力者と言えるだろう。


 そんな大物がなぜこんな時間にここにいるのやら。


 俺は、楽し気に口角を上げる爺さんを少し気色悪く感じながら、自己紹介する。


 「仁だ。元老院の爺さんにあえて嬉しいよ」

 「花音だよーよろしく」

 「イスなの」


 俺たちの自己紹介を聞いた爺さんは、再び大きく笑う。


 「ほっほほ!!全く嬉しいと思っていない“嬉しいよ”じゃな。これでもワシは有名人じゃぞ?少しは驚くなり、サインを貰いに来るなりしてもよかろうて」

 「ジジィの機嫌を取って何になる?」

 「権力者の機嫌を取るのは大事ではないかの?」

 「権力者だからどうした?死ねば皆同じさ」

 「ほう?ここでワシが、お主にあることない事好き勝手罪状を並べて牢にぶち込んでも同じことが言えるかのぉ?」

 「やってみろよジジィ。老い先短い残りの人生を賭けてもいいならな」


 ほんの少しだけ漏れる殺気。


 権力と暴力の力比べが始まるかに思われたが、それは爺さんの笑い声によって打ち消される。


 「かぁはっはっはは!!ワシの正体を知った上で態度を変えぬとは中々に見所がある奴じゃのぉ!!」

 「試してた癖によく言うわ。どうせ俺のことを知ってた上で話しかけてたんだろ?」

 「おや?そこまで分かっていたのか?脳筋のかと思ったが、随分と頭が回るではないか」


 俺達は1度も傭兵として名乗ってはいない。やっぱり気づいてた上で話しかけていたようだ。


 ちなみに、適当にカマをかけたら当たっていただけである。確信があって言った訳では無い。


 ケラケラと笑う爺さんと、少し困惑気味の護衛達。


 この爺さんに振り回されてこの護衛達も大変なんだろうなと思いながら、俺はつまらなさそうに爺さんを見ながら話しかける。


 「で?何の用だ?」

 「いや、最近話題の傭兵に会いに来ただけじゃよ。その目立つ格好をした者が街に入ったと言う情報を聞いたのでなぁ。ほら、客人に渡される魔道具を使ってこの街に入ったじゃろ?」

 「あぁ、なるほど。そこから話が入ってきたわけだ。馬車とか使わずに歩きで来たのも原因か」

 「そういう事じゃ。歩きで来るものなぞおらんからのぉ」


 普通に一般人が入る門から行けばそこまで目立つことは無かっただろう。この爺さんに会うこともなかったかもしれない。


 だからと言って、何時間も街の外で待つのはダルいから使ってただろうけどね。


 爺さんは腰が曲がっていながらも、しっかりとした足取りで椅子に座ると杖を机の上で叩いて俺達にも座るように促した。


 多分断ってもこの爺さんなら許してくれそうだが、今後もこの国を拠点に動くならある程度の繋がりがあってもいいだろう。


 この爺さんの不興を買ってこの国に入れなくなってもさほど困らないが。


 「いいのか?閉館時間はもうすぐだろ?」

 「いいんじゃよ。ワシ、この国の最高権力者じゃぞ?」


 この爺さんに権力を持たせたのは間違いなのではないだろうか。


 子供達の調べによると、そこまで暗い事はやっていない。


 もちろん、政敵や厄介事を片付けるために色々と暗い事をやってはいるが、少なくとも一般市民に迷惑をかけることは無い。


 この爺さんの派閥は、基本的に国の為にしっかりとした法案を作ることが多い。市民に好かれているのはこの派閥に属する元老院達だ。


 ブルーノ元老院もこの爺さんの派閥である。


 まぁ、この爺さんはその分変な事に権力使って身内を困らせたりするようだが。


 「爺さんに振り回される人達が不憫でならないよ」

 「ほっほほ。早く死んで欲しい者は多くいるじゃろうな」

 「アンタの孫とかな」

 「........」


 俺の一言に爺さんの顔が険しくなる。


 さっきまでヘラヘラしてた爺さんの顔が一気に引き締まるのは見ていて面白い。


 沈黙が会議内を支配する。


 イスと花音はこの話に全く興味を示しておらず、花音はイスの頭を撫でながら暇を潰していた。


 いいなぁ。俺もこんなジジィの相手をせずにイスの頭を撫でてたいよ。


 30秒程の沈黙の後、爺さんはやっと口を開く。


 「食えないガキじゃのぉ。骨があり過ぎて噛むのが大変そうじゃ」

 「俺を噛むつもりなのか?やめておけよ。その歯が全部へしおれるぞ」

 「ほう?ならば噛んでみるかのぉ?このジジィの歯ごとき何本無くなろうが誰も困らん」


 爺さんはそう言うと、1枚の紙を机の上に広げた。


 そこには様々な名前が書いてある。


 「これは?」

 「この国の膿じゃ。多少の欲は見逃すが、国家を蝕む強欲は見逃せん。本来ならば影に潜むもの達に頼むのだかのぉ。ワシの勘が言っておる。お主に頼むべきじゃとな」

 「会いに来ただけじゃなかったのか?」

 「最初はそのつもりだったが、随分と面白い奴だと分かったのでな。ワシももう先が長くない。多少の博打は許してくれるじゃろう。報酬はお主の言い値で払おう。なんなら、に座っても構わんぞ?」


 空いた椅子。つまり、消す人間の中に元老院がいるという訳だ。


 この仕事を成功させれば、この国では不自由なく動けるわけだ。


 しかし、疑問もある。


 どっかのお嬢様の様に俺を家庭教師にするのはともかく、暗殺を依頼するかね?


 バルサル最強と謳われたバカラムを倒しただけで、この依頼をしてくるのはおかしい。


 何より、このジジィ。俺が既にこの依頼を受けると確信していやがる。


 さては、既に俺達に実績があると知っているな?


 「........なぜ俺に頼む?」

 「言ったじゃろ?博打じゃ。断ってくれても構わんぞ。断ったからと言って、何かする事は無いと約束しよう」

 「答えになってねぇな。なぜバカラムを倒した以外に実績のない俺に博打を打った?」

 「ワシの異能じゃよ。これ以上は言えん」


 チラリと花音を見ると小さく首を振る。


 この爺さんが異能使いだという情報は無かったはず。念の為に花音に確認してみたが、首を振ったって事は間違いないだろう。


 確か水の魔法を使ってたはずだしな。


 ........これ以上駆け引きをするのは辞めておこう。時間の無駄だ。


 俺は紙を手に取ると、それを仕舞って席を立つ。


 「受けてくれるということでいいのかの?」

 「報酬は終わったらでいい。前金も要らん。が、しらばっくれたらこのリストに爺さんの名前も乗るからな?........一応確認だが殺すってことでいいんだよな?」

 「ほっほほ。あっておるよ。出来れば綺麗に殺してくれ。期限は.....三年以内辺りかのぉ?」

 「それまでにアンタがくたばらない事を祈っておくよ」


 俺は花音とイスを連れて部屋を出ていく。


 しばらく看板の指示に従って歩いたところで、花音に話しかけた。


 「あの爺さん。俺たちが魔の手デッド・ハンドの最高戦力を殺したのを知ってるな」

 「んーバルサルから情報が行ったんじゃない?ほら、あのお爺さん偉いからそのぐらいの情報は入ってくるでしょ?」

 「だったらこの依頼を受けてもさほど怪しまねぇよ。まだ情報が届いてないはずなんだ。最高戦力が死んだことを何とかして隠したい魔の手デッド・ハンドの連中が色々と妨害している」


 おかげでバカラムは大忙しだ。


 通信できる魔道具はぶっ壊されるし、手紙を出してもその騎手が殺される。


 伝書鳥を使っても撃ち落とされるし、なんならバカラムたちを殺そうと夜襲をかけられる始末だ。


 おそらく、最高戦力を失ったことを本部に知られれば彼らの命がないんだろうな。


 ちなみに、暗殺対象であったブルーノ元老院達にも暗殺者が送り込まれていたが、護衛につけている蜘蛛達が人知れずに始末している。


 連中は大慌てだ。


 「という訳で、あの爺さんが知ってるはずがないんだけどな」

 「子供達ですら見つけられない情報網がある。もしくは、弾かれたかのどちらかだね」

 「弾かれたなら今頃子供達が俺に報告書をくれるはずだ。って事は見つけられなかったんだろ」


 子供達とて万能ではない。頼りすぎは禁物だな。


 俺は子供達に情報網に関して詳しく調べるように指示を出すと、エリーちゃんの待つ宿に帰るのだった。


 食えないジジィめ。

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