我が活力の支配者(Monster)

 ブルーノ元老院達の屋敷に着いた俺たちは、リーゼンお嬢様に連れられて隣にある少し小さい屋敷へと移動する。


 ブルーノ元老院はこの後直ぐに仕事があるらしいが、カエナルさんは娘の頑張りを見たいと言って着いてきた。


 「お嬢様。お帰りなさいませ」

 「誰がお嬢様よ。客人の前だからってふざけないで貰える?」


 メイド服を着た背の高い女性が、屋敷の扉を開けて俺たちを出迎える。


 茶と金が混ざった長い髪を揺らしながら、そのメイドは楽しそうに笑う。


 「ふふっ。お嬢様にお嬢様って言って何が悪いのですか?子供が背伸びするものじゃありませんよ」

 「私は貴方の雇い主よ?もう少し敬意ってものがあってもいいんじゃないかしら?」

 「敬意と言うとは、その人の行いを見て自然と出るものです。つまりそういうことですよ」

 「どういう意味よ!!」


 帰ってきて早々口喧嘩をするメイドとお嬢様。


 傍から見れば、失礼なメイドに振り回される主人の光景だが、俺の目にはそのように映らなかった。


 メイドの背中辺りに何か気配を感じる。


 気配だけで見れば大した強さはないが、確実に俺達を牽制していた。


 「強くはない。が、手を出せば噛まれるって感じだな」

 「アレがリーゼンちゃんの護衛だね。確か元暗殺者だっけ?」


 俺にだけ聞こえる音量で、子供達が調べあげた情報を呟く花音。


 俺はそのつぶやきに応えるかのように小さく頷いた。


 リーゼンお嬢様の部下であり、護衛を務める元暗殺者。


 名前はサリナであり、かつてお嬢様が家出していた頃に拾った人材だ。


 とある任務で深手を負った彼女を、リーゼンお嬢様は“面白そうだから”という理由だけで匿い、助けたそうだ。


 それ以来、彼女はリーゼンお嬢様の護衛についている。


 種族はエルフ。その尖った耳が特徴的だ。


 今回の旅行に付いてきてなかったのは、タルバスが居たのと家の管理を任せる為だろう。


 俺がメイドという名の護衛の情報を頭の中で思い出していると、その本人が俺達に向かって話しかけてくる。


 「それで、こちらのお客様方はどちら様でしょうか?失礼ですが、高貴な方には見えません」

 「貴方、これでどこかの貴族だったらどうするつもりなのよ........まぁいいわ。この方達は私の先生になる人よ。くれぐれも失礼のないようにね」

 「先生とは?」

 「ほら、言ったじゃない。学園アカデミーに入ると戦闘訓練があるでしょ?そのお勉強よ」

 「んな!!それは私が教える役目だったのでは無いですか?!」

 「貴方の教え方だと何も分からないじゃない。“ギュッとやってグッとしてズドーン”で理解出来る人がいたら連れてきて欲しいわ」


 長嶋〇雄かな?


 恐らく彼女は天才肌なのだろう。そして、教えるのが絶望的に下手な部類の人なのだろう。


 流石にギュッとやってグッとしてズドーンでは何もわからんわな。


 同じ感覚系の人になら伝わるかもしれないが、お嬢様はどちらかと言えば理論派だ。


 「いるよねー。擬音語で教える人。名選手が名監督とは限らないって言葉をあの人に送ってあげたいね」

 「喧嘩を売るつもりか?辞めておけよ。今後も会う人なんだから、関係は良好の方がいいだろ?」

 「パパ、ママ。多分聞こえてるの」


 サリナの方を見ると、プルプルとその腕が震えているのがわかる。ありゃ相当力が入ってるな。


 思わず普通の声で話してしまった。


 俺は花音の方を見ると、わざとらしく下をペロッと出して“やっちゃった”とアピールしてくる。


 確信犯だろコノヤロー。


 そしてわざと煽った理由と言えば1つしか思い浮かばない。


 サリナは少し涙目になりながらこちらを見て指さすと、怒りに任せてこういった。


 「勝負だ!!貴様らがお嬢様を教えるにふさわしいかどうか、私が判断してやる!!」


 正直面倒なのだが、どうせ断れない。


 俺は小さくため息を着いた後、頭を掻きながらリーゼンお嬢様に確認する。


 「やらないとダメ?」

 「やった方がいいわね。でないと料理に毒を混ぜられるかもしれないわよ?大丈夫。サリナは物分りはいいから、一度負かせば納得してくれるわ」

 「いや、物分りがいいなら勝負を挑んでは来ないだろ........」


 結局、俺とサリナとタイマンをすることになってしまった。


 流石に屋敷の目の前で暴れる訳には行かないので、裏庭に移動する。


 リーゼンお嬢様は裏庭はボサボサと言っていたが綺麗な芝が生えており、とてもボサボサとは言い難い。


 本当にここで暴れていいのか?


 「なぁ、リーゼン。この綺麗な庭を荒らしいていいのか?」

 「いいわよ。見ての通り殺風景でボサボサなんだから」


 いや、綺麗な庭って言ってるじゃん。殺風景とか言っているが、これだけ綺麗な芝が生えている庭が殺風景なら俺達の拠点の庭は世紀末だぞ。


 火炎放射器を持ったモヒカンがヒャハーしてるよ。


 「ふん、貴様如きにこの庭を汚させるものか。私が瞬殺してやる」


 腕を組んで準備万端のサリナを見ながら、俺は窓から俺たちを覗く他のメイドや執事達を見る。


 ブルーノ元老院のところで出迎えてくれたメイドや執事は戦闘ができない者も多くいたが、この屋敷にいるもの達は全員それなりに戦えるようだ。


 今見えているメイドや執事達で全員かは知らないが。


 実力で言えば銀級シルバー冒険者辺りか?


 「おい!!無視するな!!」


 俺がサリナの挑発に一切反応しなかったのを見て、顔を赤くして叫ぶ。


 これだけ感情を顕にしていて元暗殺者なのか。


 それにしても、挑発の仕方が弱いな。相手の感情を動かすならもっと徹底的にやらなければダメだ。


 「悪い悪い。芝生が綺麗でついつい見とれてたんだ。残念でならないなぁ。この芝生が今からお前の血で赤く染まるのは」

 「そんな安い挑発に私が乗ると思ってるのか?」

 「うんうん。安い挑発だね。その安い挑発をされたら無視するのが最適だと思わないか?ゴブリンが鳴くよりも不快な音だ」

 「........何が言いたい?」

 「お前の言葉はゴブリンの囀る鳴き声より不快だってことだよ。そんなことも分からないのか?どうやら頭の中おつむもゴブリン以下のようだな」

 「........言ってくれるじゃないか。殺す」


 静かに巻き起こる殺気。


 うーんあまり乗って来なかったな。俺の言葉もまだまだ甘いようだ。


 先程まで感情的になっていたにもかかわらず、急に氷水をかけられたかのように冷静になっている。


 恐らく、彼女の中の戦闘態勢スイッチが押されたのだろう。


 俺は見下すように顎を上げながら、“かかってこい”と手招きする。


 「先手はやるよ」

 「後悔するなよ。我が活力の支配者Monster


 背中から突如として溢れ出したのは、緑色の気色悪い液体。


 その液体は沸騰しているかのように泡を立てながら、徐々に芝生を侵食していく。


 おいおい。綺麗な芝生をお前が汚してるじゃないか。


 俺がそう思った矢先、液体はその能力名を表すモンスターへと形を変えていく。


 「Greeeeeeeeeeeeeeee!!」


 人を容易く切り裂くであろう鋭い両腕と、人間の肋骨の様な胴体。


 頭は溶けかかった鉄のようにドロリとしている。


 「なんというか、カッコイイと気持ち悪いを足して2で割った感じだな」


 思わず口から漏れたその言葉に、サリナはぴくりと反応する。


 「それは褒めてるのか?」

 「半々?」

 「そうか。私は結構カッコイイと思ってるんだけどな。ほら、いかにも強そうな風貌じゃないか」

 「でも頭がちょっと溶けてるだろ?少し気持ち悪くないか?」

 「それも合わせてカッコよくないか?」

 「まぁ、分からないくはない」


 急に始まったモンスターのカッコイイ討論。


 あまりに急すぎたためか、周りで見ていた皆は混乱していたようだった。


 この後花音に注意されて仕切り直して戦ったが、俺の圧勝。


 しかし、サリナとは少し仲良くなれた気がした。

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