人間は難しい

 アゼル共和国の首都であるデルトの街。


 バルサルならば数分も並べば簡単に入れる門も、首都だとそうはいかない。


 今まで訪れた11大国の首都もそうだったが、とてつもなく待ち時間が長いのだ。


 検問する数もかなり多いが、それ以上に訪れる人の方が多い。城壁に沿うように人の列ができるのは必然だった。


 そして、その客を狙って商売をする者があちこちにいるのが、首都の門前のよくある光景である。


 「うわ、滅茶苦茶人がいるな。小さい国とはいえ、首都レベルになると人が多い」

 「これは凄いね。今から並んだら4時間ぐらいかかるんじゃない?」

 「普通に並べばそうかもな」


 俺はそう言うと、人が全く並んでいない検問所に歩みを進める。


 少し話は変わるが、どの国でも権力者は偉い。


 王国なら貴族、皇国なら聖職者と言った感じで、一般人とは違った特典を受けることが多い。


 そして、この国で偉いのは誰か?


 そう。元老院だ。


 この国を運営する元老院は、その立場にふさわしい権力を持っている。


 その気になれば、罪のない人を死刑にできるほどだ。


 そして、俺達はその元老院の1人と繋がりがある。


 俺達に気づいた門番が、少し怪しんだ顔をしながらも丁寧に話しかけてきた。


 「申し訳ありません。紋章の定時をお願いですますか?」

 「これだろ?」


 俺は、リーゼンお嬢様から貰った複雑な紋章の入った御守りの様な魔道具を門番に見せる。


 門番はその手につけた指輪を近づけると、御守りの様な魔道具は緑色に輝いた。


 それを確認した門番は急いで敬礼すると、道を開ける。


 「どうぞ、お通りください。ようこそ、デルトへ」

 「お疲れ様」

 「おつかれー」

 「お疲れ様なの」


 敬礼する門番に軽く挨拶をしたあと、俺達は門を潜って街の中へと入る。


 バルサルの大通りとは比べ物にならないほど大きい道には、様々な人が行き交う。


 人間、エルフ、獣人、ドワーフ、亜人。


 俺が知っている種族から知らない種族までその姿は多種多様であり、人間の比率が高いバルサルでは、とても見ることが出来ない光景だ。


 「おぉ。見たことない種族も結構いるな」

 「亜人の国も隣にあるから、そこからも人が流れてくるのかもね」

 「バルサルとは違って面白いの」


 俺達は田舎者の様にキョロキョロと街を眺めながら、大通りをのんびりと歩く。


 「それにしても、お嬢様から貰った魔道具は便利だったな。本来ならまだ街の外で待ちぼうけだぞ」

 「これが権力の味........!!」

 「確かに、1度味わうと手放すのは惜しいかもな」


 リーゼンお嬢様から貰った魔道具は、簡単に言えば通行証だ。


 本来は元老院とその客人のみ持つことが出来る結構貴重なものであり、少なくとも一介の傭兵が持つことなど無い。


 だって、この魔道具他の国の偉い人を呼ぶ時とかに送るものだよ?


 この魔道具を見せれば、あのクソ長い列に並ぶこと無く簡単に街に入ることができるのだ。


 ちなみに、アゼル共和国ならばどの街にもこれ一つで簡単に入ることが出来る。


 暇が出来たらアゼル共和国の街を巡る旅とかいいかもな。リーゼンお嬢様曰く、この魔道具はくれてやるという事らしいし。


 権力最高!!


 「今度ゼブラムに自慢してやろ。おら、権力者のお通りだ!!ってな」

 「どちらかと言うと、金魚のフンだと思うけどね」

 「はは!!確かに」


 そんなやり取りをしつつ、俺達はある場所へと向かう。


 流石に首都程大きい街になると、宿は結構早めに満室になるのだ。


 予め子供たちに良さそうな宿を探さしておいたので、今そこに向かっているところである。


 影の中からあっちこっちと指示をする子供達を微笑ましく思いながら、俺達は人の森をすり抜けていく。


 人が多いとはいえ、11大国ほどでは無い。


 11大国で鍛えられた人々の間をすり抜けていく術が、簡単にやるられるわけが無いのだ。


 大通りから三本程道を外れ、暫く歩くと小さな宿が見えてくる。


 「ここか?」

 「シャ」


 “そうだ”と頷く子供を影の中に戻すと、俺達はちょっと宿には見えないその宿屋の扉を開く。


 ギィ、と蝶番と扉の軋む音を聞きながら宿の中に入ると、その外見からはとても想像できないほど綺麗な部屋が出迎えてくれる。


 綺麗に並べられた机と椅子。ホコリ1つ見つけるのが難しいほど綺麗にされた床。そして、欠伸をしながら眠たそうにカウンターで肘をつくおっさ........ん?


 なるほど、子供達がこの宿を進める訳だ。


 「あらぁ?お客さんかしらぁん?それとも迷子?」

 「おいおい。せっかく来た客を返すのか?この店は」

 「あらぁ!!お客さんなのね!!嬉しいわぁ!!ここに来るのは常連だけだからねぇ」


 ルンルンと歌いながらこちらへ歩いてくるおっさん。ただし、その筋骨隆々とした体格に似合わないほど可愛いドレスを身にまとっている。


 要は、オカマだ。


 今回は“面白そうな店主”も条件に入れてたからな。確かに面白そうではある。


 つーかデケェな。このおっさん。


 座っていたので気づかなかっが、2m以上あるぞ。


 「あらヤダ。そんなに熱い視線を向けられると困っちゃうわぁ」

 「おっとそいつは悪かったな。随分と可愛らしいドレスだったもので、見とれてたよ」

 「........貴方、私が気持ち悪くないの?」

 「気持ち悪かったら今頃悲鳴を上げで逃げてるさ。それに、俺は人の趣味に関しては寛大なのさ。殺人の様に人に迷惑をかけない限りは」


 大丈夫、花音よりは全然マシだから。


 俺の言葉を聞いたオカマのおっさんは、嬉しそうにクネクネと身体を動かす。


 「いい男じゃない!!惚れちゃいそうだわ!!いい男を持ったわねぇ!!お嬢さん?」


 話を振られた花音は嬉しそうに頷くと、ニコニコと答える。


 「でしょー?でも、手ぇ出したらダメだよ?私の男なんだから」

 「やぁねぇ!!子供持ちコブつきの男に手を出す程腐ってないわよ!!それに、私にもカレシはいるんだから!!」


 キャッキャと女子トークをしだす花音とおっさんをよそに、イスはよく分からずに頭の中にハテナを浮かべていた。


 イスにはちょっと早いかもしれないが、こういう人がいる事、そしてこれを頭ごなしに否定しない事は覚えて欲しい。


 「ねぇパパ。なんであの人は女の人の格好をしているの?」

 「彼女は女なんだよ。生物学上は男だが、心は女。俗に言うオカマって奴だ」

 「んー?要するに、オスでありながらメスって事なの?」

 「うんまぁ、そうなんだけど。そのオスとメスで例えるのはなるべくやめようね........生々しくなる」


 イスは人を見た目で判断しないと思うが、どうだろうか。


 俺は少し不安に思いながらも、これも経験だなと思いながら静かに頭を撫でてやる。


 イスは不思議そうにおっさんを眺めるが、よく分かってないようだ。


 人としての価値観を持ちながら、ドラゴンの本能を持つイスには見えているものが違うのかもしれない。


 「よく分からないの」

 「今も、今後も分からなくてもいいさ。でも、それを否定するのはダメだぞ。彼女は彼女なりの葛藤があって今の人生を歩んでいるんだ。よく知らずに、それを頭ごなしに否定するのは人としてやっては行けないことだよ」

 「“姿ではなく中を見ろ”って奴なの。ファフおじちゃんがよく言ってたヤツなの」


 ファフニールもたまにはいい事を言う。


 もう少し年長者としての落ち着きが欲しいけどな。


 「そういうことだ。外だけで全ては分からない。まぁ、だからといって全てを肯定するのもダメなんだがな」

 「人間って難しいの」

 「........だな」


 3歳でその境地に達せられるのか。


 俺はそう思いながら、未だに女子トークを繰り広げるおっさんと花音を眺めるのだった。

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