成長する異能

 首都へ観光をすると決めたその日の昼前。俺達は、イスの異能である死と霧の世界ヘルヘイムの中でモーズグズ、ガルムと大富豪をしていた。


 「はい、俺の一抜け」

 「........10連敗」

 「バゥ」

 「はい、私二抜けねー」


 運がある程度要求される大富豪だが、しっかりと考えれば多少勝率が上がる。


 そこにちょっとしたイカサマをすれば、あら不思議。俺の一人勝ちという訳だ。


 この2人の敗因は、俺にカードを切らせていること。


 そんなことをさせたら、全ての手札が割れるだろう?


 しかし、初めて俺達とトランプで遊ぶモーズグズ達にそんな事が分かるはずもない。


 俺は、負けましたとばかりに氷でできた机の上にトランプを投げるモーズグズとガルムを見ながら、今頃アゼル共和国の空を飛んでいるイスの事を気にかける。


 「イスのやつ大丈夫かな?迷ったりしてないか?」

 「大丈夫でしょ。困ったらちゃんと私達を呼ぶように言ってるんだから」

 「イスって変なところで頑固だから、俺達に頼らないかもよ?」

 「それはちょっとありそうだねぇ........」


 凍りついた死と霧の世界を作り出すことで知られるイスの異能だが、先日ちょっとした進歩があった。


 それは、誰かを世界に入れたまま移動できるということだ。


 今までは俺や花音がイスの異能の中に入ると、イスはその場から動くことができずにいたのだが、3日ほど前からそれが可能になった。


 これはかなり便利である。


 特に、クソでかくて目立ちまくる厄災級魔物達を移動させるのに役立つ。


 イス曰く、アスピドケロンもこの異能に取り込むことができるらしいので、移動に関してはほぼ解決したと言ってもいい。


 とは言え、移動出来ても人の街とかに降り立つのは無理だが。


 「なんか落ち着かないよな。イスに飛んでもらっているのに、俺達はこうしてモーズグズ達と遊ぶのは」

 「そうだねぇ。我が子を働かせて、その金をパチに溶かすクズ親みたいな感じ?」

 「そのリアルに居そうな例をあげるのはやめてくれ........」


 今回は、イスの異能がちゃんと維持できるのかなどを確かめるためにこの異能の中に入っている。


 でなければ、イスを1人寂しく外を飛ばせたりはしない。


 帰りはちゃんとイスの背中に乗って帰るだろう。


 その後も暫く大富豪でモーズグズとガルムを大人気なくボコボコにしていると、その途中でモーズグズの手が止まる。


 数度コクコクと頷いた後、持っていた手札を机の上に置いて立ち上がり深深と頭を下げた。


 「ジン様。カノン様。どうやらイス様が目的地付近に到着したようです。もう時期イス様の異能が解除されるかと........」

 「そうか。どうだった?初めての大富豪は?」

 「ここまで良い様にボコられると楽しくありませんね。ですので、またリベンジしたいと思います」


 流石はイスに作り出された者だ。性格が主人によく似ている。


 俺は、トランプ一式と様々な遊びが書かれた紙を机の上に置く。


 「それじゃ、次俺が来るまでに練習しておけよ。イス辺りを誘えば嬉しそうにやってくれるだろ」

 「えぇ。次は吠え面を欠かせてあげますよ」

 「バゥゥ!!」


 モーズグズとガルムの目の奥に宿る闘志を確認すると同時に、俺と花音の身体を霧が包み始める。


 イスからの呼び出しだな。


 俺は二人に軽く手を振りながら、別れを告げた。


 「またな」

 「じゃーねー。また遊ぼうねー」

 「バゥ!!」

 「お待ちしております」


 元気よく吠えるガルムと頭を下げるモーズグズに見送られながら、俺達はイスのいる世界へ戻るのだった。


 「ガルム。早速練習しましょう。あの余裕そうな顔に1発デカいのたたき込めるようにね」

 「バゥ!!」


 もちろん。その声が、この世界から消えた俺達に届くことは無い。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 霧が晴れると、眩しい太陽が俺達を出迎える。


 イスの世界は薄暗くて寒いので、この急激な変化にはいつもなれない。


 俺は燦々と煌めく太陽に目を細めながら、その陽射しを反射する綺麗な鱗を優しく撫でる。


 「着いたか?」

 「キュイ!!」


 “下を見ろ”とアピールするイス。


 落ちないように気をつけながら下を見ると、バルサルの街の倍近くある大きな街が見えた。


 街の真ん中には大きな建物があり、この街の象徴だと言わんばかりの存在感を放っている。


 神聖皇国の大聖堂と比べても、遜色無いかもしれない。


 流石にエルフ国の精霊樹には負けるけどね。


 「おぉー。聞いている特徴と一致するな。ちゃんと首都だ........よな?」

 「多分そうだね。神聖皇国やその他の大国に比べると大きさは劣るけど」

 「ベオークも連れてきても良かったかもな。あいつ建築物とか好きらしいしな」

 「え?何それ聞いてないんだけど。何それ」

 「知らんのか?ベオークの最近の趣味はミニチュア作成だぞ」

 「知らない知らない。何も聞いてないよ」

 「まぁ、ベオークって恥ずかしがり屋だからな。俺もたまたま知っただけだし」


 ベオーク探してたら、たまたま見たんだよな。


 めっちゃ恥ずかしがっててちょっと可愛かった。


 ちなみに、クオリティは目が飛び出でる程高かった。ドッペルに専用の道具を作ってもらったのか、なんかよくわからん魔道具使って凄く細かい大聖堂を作っていたのだ。


 多分、アレだけで金稼げる。


 今日は洗脳いつものの為に着いてきてないが、また今度連れてきてあげるのはいいかもな。


 「クオリティは?」

 「超高い」

 「帰ったら見せてもらおー」


 実は秘密にしてくれと言われていたのだが、花音相手にそう言うボカシは無駄なので諦めてくれ。


 俺は心の中でベオークに謝りながら、イスに降りるように指示を出す。


 近くに視界を遮るものが無いので、少し離れた人目に付きにくい草原に降りた。


 気配を消した上で霧を出して見えないようにすれば、ほぼ見つからない。


 そして、着地したと同時にものすごい勢いで走る。


 この速さなら灰輝級ミスリル冒険者が相手でない限り、俺達を見ることはできないはずだ。


 30秒程走れば、街道が見えてくる。


 「こっから歩くか。20分もあれば着くだろ」

 「どう?イス。体調とかなにかある?」

 「問題ないの!!でも、ちょっと寂しかったの........」

 「そうだねぇ。寂しかったねぇ........それー!!」


 元気に返事をした後、シュンとするイス。


 あまりな可愛さに花音がイスを抱きしめてクルクルと回る。


 イスはキャッキャと嬉しそうに騒ぎながら、クルクルと回るのを楽しんでいた。


 微笑ましい光景。すれ違う人々が自然と笑顔になるその光景は、1年近く前に戦争をやっていたこの国の心を癒してくれる。


 「パパー!!」

 「お?俺もやるのか?それじゃちょっと派手にやるか」


 俺はイスを持ち上げると、思いっきり上へと投げ飛ばす。


 やっている事は、高い高いだ。


 身体強化すらも使って、雲の上まで飛ぶ高い高いだが。


 「たっかっいのぉ!!」


 徐々に声が遠くなっていくイスを見て、俺は落下地点を予測する。


 「飛ばしすぎじゃない?」

 「そうか?イスならアレぐらいやらないと楽しめないだろ」

 「イスは、仁に構ってもらえればそれで良かったと思うんだけど」

 「構ってあげて、楽しい。一石二鳥だろ?」


 暫く上を見ていると、イスが楽しそうに笑いながら落ちてくる。


 空を飛ぶとは違う楽しさがあるのだろうか。


 「やっほー!!」


 俺が受け止めやすいようにイスは横になる。


 受けとめ損ねても、イスの頑丈な身体なら無傷だろうがマジで怒られるだろうからちゃんと受け止めるとしよう。


 俺はしっかりと落下地点に入ると、イスを受け止める。


 腕が痺れると思ったが、思っていた以上に軽かったな。


 「楽しかったか?」

 「とっても楽しかったの!!」

 「あはは!!そうかそうか」


 元気に笑って答えるイスの頭を撫でながら、俺も釣られて笑うのだった。

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