よし、観光しよう

 傭兵として初めての仕事を終えてから2週間がたったある日。俺の元にこんな報告書が舞い込んできた。


 「お、明日お嬢様は首都に着くようだな」

 「およ?だいぶ遅いね。3日もあれば帰れると思ってたよ」


 俺の呟きに反応した花音が、俺の手に持つ報告書を覗き込んでくる。


 「お前、この辺境の街から首都がどれだけ離れているのか知らないのか?小さな国とはいえ、かなりの距離があるんだぞ?」

 「いやぁ、私達の移動の仕方だと地形とか関係ないし、大抵の場所は1日あればなんとかなるからねぇ........感覚が狂っちゃってるよ」

 「気持ちは分かるけどな。この世界にも飛行機とかあればもっと移動が楽になるだろうに」

 「それはダメだよ。戦争の道具になっちゃう」

 「それもそうだな」


 行き過ぎた文明は、そのうち身を滅ぼす。


 俺達の居た地球だって核戦争が起これば、どうなるか分からないのだ。


 そんな事を考えていると、ひとつの疑問が頭をよぎる。


 「なぁ、神聖皇国から正教会国まで地上の道で行くとしたらどれだけの時間がかかる?」

 「んー。使う道にもよるだろうけど、年単位でかかると思うよ?一年で着くのは厳しいと思うなぁ」

 「ってことは、戦争を起こせるのは2~3年後ってことか?正教会国にあのバカ5人が保護されないと始められないよな?」

 「そうだね。それに、戦争のために兵を移動させることも考えればもっと時間がかかると思うよ」


 そうだよな。この世界に飛行機もなければ車もない。


 空を飛ぶなど異能や魔法に頼った移動方法を使わなければ、1番早い移動は馬だ。


 馬車はあくまで長距離を移動するためのものであり、そこまで速さはない。


 馬を使い潰す勢いで走らせて、途中で交代というやり方が1番早いだろう。


 あのバカ5人が移動を早くできる魔法を覚えたなら話は別だが、まず間違いなく3年前と実力は変わってない。


 更に兵士達の移動だ。


 何千何万もの人が移動するとなると、バカ5人の時よりも時間がかかるだろう。


 気づきたくない事実に気づいた俺は、軽く頭を抱える。


 「やべぇ、戦争始まる時にはおっさんになってるかもな」

 「まぁ、流石にそこら辺は色々と考えてあると思うけどね。報告書を見る限り、それらしい動きが見えるし」

 「例えば?」

 「親神聖皇国の国に物資が不自然に流れてる。あとは聖職者に成りすました兵士が結構いるね。特に、傲慢の魔王を仁が倒した後からはその動きが顕著に出てる」

 「正教会国は気づいてないのか?不自然に動きすぎるとバレるぞ?」

 「なるべくバレたくはないけど、バレてもいいと思ってるんでしょ。バカ5人が正教会国に受け入れられて貰えなくても、戦争起こす気満々だろうし。教皇の爺さんの年齢も考えたら、早くおっぱじめたいと思うしね」

 「あの爺さんも結構いい歳してるからな。幾つだっけ?」

 「確か86」


 急にポックリ逝ってもおかしくない年齢である。


 あの爺さん、30年以上神聖皇国のトップを勤めてると聞いたが、そんなにいい歳してたのか。


 その割には、結構元気そうにしていたな。


 「もし爺さんが死んだらどうすんだ?」

 「多分枢機卿の人が引き継ぐんじゃない?ほら、私たちの計画を唯一知ってる枢機卿の人」

 「フシコさんだったな。教皇に1番近い男」


 あの人も正教会国をかなり嫌っている節があるので、恐らく戦争をそのまま起こしてくれるだろう。


 神聖皇国が大陸覇権国になる日も近いかもしれない。


 俺は持っていた報告書を横に置いてゆっくりと伸びをした後、手を叩いて花音にこう言った。


 「よし、首都に観光しに行くか」

 「んん?話が急すぎるよ?」


 いつもの事だからいいでしょ。ほら、準備だ準備!!


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 剣聖の弟子となった青年バッドスは、剣聖の隠れ家でその日も剣の腕を磨いていた。


 「はぁぁぁぁぁぁ!!」


 風を切り裂く音とともに、目の前にあった薪が真っ二つに割れる。


 彼の以前の腕ならば、この薪に剣が突き刺さっていただろう。


 「ふむ。まずまずじゃのお。とは言え、この短期間でそこまで剣を振るえる辺り、才能はあるじゃろうて」


 剣聖に褒められる。少し前のバッドスならば、目を輝かせて喜んでいただろう。


 しかし、その目は曇っていた。


 「........私の嫁さん見て同じこと言えますか?」

 「........」


 バッドスの横で、同じように剣を振るって薪を割る女性。


 しかも、その手にはまだ赤ん坊を抱えていた。


 「ほい」


 気の抜ける掛け声とともに、片手で振るわれたその剣は一切の抵抗なく薪を切り裂く。


 明らかにバッドスの剣よりも鋭かった。


 「いやーこの剣はよく切れますね。私でも簡単に薪が割れますよ!!」


 薪を切った主は、無邪気な笑顔を浮かべて剣聖に話しかけた。


 剣聖は少し苦笑いをする。


 使っている剣はバッドスと変わらないのだ。


 「そうじゃの。よく切れるの........」


 バッドスの妻であるミランは、バッドスが剣聖の弟子入りする時に一つだけ条件を出した。


 “自分にも剣を教えること”である。


 子供達をもしもの為に守れるように。母親として我が子の盾となれるように。


 そんな思いを剣聖もバッドスも踏みにじることは無く、ミランに剣を教えていった。


 その結果がこれである。


 ミランの剣の才能は、剣聖ですら目を見張るものだったのだ。


 剣を握ってまだ1ヶ月。その剣の腕は、既にバッドスを追い越している。


 彼女の思いは踏みにじらなかったが、バッドスのプライドはズタボロだ。


 「なんというか。少し同情するぞバッドスよ」

 「いっその事笑ってくれた方が気が楽ですよ........」


 ははは、と乾いた笑いをしながらバッドスは剣を置くと、固まった体をほぐす。


 「そういえば師匠。頼んでいた物は手に入れましたか?」

 「先代勇者に関することじゃな?とりあえず適当にかっぱらってきたぞ」


 剣聖はマジックポーチから一冊の本を取り出すと、バッドスに手渡す。


 その本はかなり古ぼけており、とても年季の入った本だということが分かる。


 「しかし、悪魔が面白いことを言ったものだのぉ。“先代勇者を調べろ”じゃったか?」

 「えぇ。悪魔の言うことを信じる訳では無いですが、どうも嘘を言っているようには見えなかったんですよ。修行の片手間に調べる程度ならいいかと思って」

 「ほっほほ。儂はあまり興味無いのでな。勝手に調べるといい。手に入れて欲しいものがあれば、儂が持ってきてやろう」

 「すいません。何から何まで」

 「ほっほほ。礼には及ばんよ。どうせ暇だしのぉ」


 剣聖は楽しそうに笑うと、その辺に落ちていた薪を放り投げて軽く仕込み杖を振るう。


 その薪は、あっという間に粉々になる。


 「調べるのも良いが、この程度ぐらいはできるようになるのじゃぞ?」

 「私より妻の方が先にできそうですけどね........」


 剣聖はサクサクと薪を切っていくミランを見てぽつりと呟いた。


 「かもしれんのぉ........」

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