仁の修行
イスと遊び、いつもの平和な日々を過ごす。
平和な日々とはいえ、やることは多い。
毎日のように大量の報告書が舞い込んできて、それを一つ一つ確認しなければならないのだ。
面倒だが、情報は命に直結する。
あの島で生き残れたのは、間違いなく様々な知識や情報を知っていたからだ。
そんな退屈でありながら重要な情報整理に加えて、俺には新たな日課ができた。
少し冷える凍った世界の中で、俺は白い息を吐きながらゆっくりとその拳を構える。
「ふぅ........かかって来い」
「昨日は私達の勝ちだったわね。今日も勝たせてもらうわよ?」
「ふはははは!!悪いがスンダルと組む以上負けんぞ?」
余裕そうな表情を浮かべるスンダルとストリゴイ。
対する俺は、既にその背中に冷や汗をかいている。
新たな日課。それは、厄災級以上の強さを持つもの達を相手に戦うことだ。
先日戦った傲慢の魔王の時に感じた事。厄災級並の力を持つ相手だと、一対一が限界だといことだ。
もし、あの魔王と一緒に剣聖辺りも相手にしていたら死んでいたのは俺だっただろう。
その経験も踏まえて、俺は厄災級以上の強さを持つものを複数相手しても戦える力を身につけることにしたのだ。
「準備はいいですね?では始めてください」
イスの世界の住人であるモーズグズが、淡々と戦闘の合図を送る。
それと同時に、スンダルとストリゴイは自身の異能を展開した。
「
「来なさい。
ストリゴイの足元には黒く染った血の海が、スンダルの手元には赤く黒薔薇の模様の入った鎌が握られる。
対する俺は、異能の展開はなしだ。
数的不利を解消するために“
この2人を相手に、黒騎士を操作しながら戦うのは厳しい。
操作できても一体。それ以上は完全に足でまといだ。
昨日は数的不利を解消するために、俺自身が操作できる限界の10体を出したのだが、向こうも対応の仕方を知っているのであっという間に無力化されてしまった。
やはり、お互いにある程度手の内が割れているのはやりづらいな。
「ふははは!!では行くぞ!!」
ご丁寧に攻撃することを宣言してから襲ってくるストリゴイ。
足元の血と共に俺に襲ってくる。
あの足元にある血にの中に入るのはとても危険だ。俺はストリゴイから距離をとりつつ、迎撃体制に移る。
ストリゴイの異能“
この異能は領域系の異能であり、その能力は血に触れたものは取り込まれるというものだ。
それだけではないが、大まかに言うとそんな感じの能力である。
抵抗はできるし、やり方によってはその血を吹き飛ばすことも出来る。
が、今回はゴリ押しが出来ない。
なぜなら、相手は1人だけではないからだ。
「あら、旦那に熱い視線を送るのは自由だけど、変な気を起こしちゃダメよ?」
「俺をなんだと思ってんだよ。俺は花音一筋だ」
「あらかっこいい。カノンが聞いたら発狂して喜びそうね」
巨大な鎌を振りかざしながら軽口を叩くスンダルだが、その鎌の速さはとてつもなく速い。
少なくとも、ストリゴイの動きを注意しながらその鎌を避けるのは中々に難しい。
「ほら、こっちへの警戒が緩んでるぞ!!」
スンダルの鎌を避ける中、俺がほんの一瞬ストリゴイから注意を外した隙を見逃さずにストリゴイがその血を使って攻撃を仕掛けてくる。
血の棘。
刺さればタダでは済まないのは明白だ。
そして、スンダルの攻撃とタイミングがピッタリ合っている。
熟年夫婦め。こんな所でイチャコラすんなや。
「チッ!!
血の棘と鎌を黒く重厚な盾が受け止めると、俺は素早くスンダルに向かって攻撃を仕掛ける。
後で回復魔術をかけてやるから、多少顔が腫れるのは我慢してくれよ。
スンダルが鎌を戻すよりも早く、その顔を右の拳が捉えようとする。
が、流石は俺の先生である。
鎌にこだわることなく、異能を一旦消して俺の右拳を受け止めた。
それだけではない。受け止めた後、素早く力を受け流して俺を空へと投げ飛ばしたのだ。
その手際はあまりに鮮やかで、反応する暇もない。
「淑女の顔を容赦なく殴るろうとするなんて、そんな事教えた記憶は無いのだけれど?」
「そいつは悪かったな。お前が淑女だなんて知らなかったよ」
「傷ついちゃうわ」
スンダルは悲しむ演技をしながら、再び鎌を取り出すと俺に向かって来るのではなくストリゴイと合流する。
ストリゴイはスンダルの安全を確認した後、空を舞う俺に追撃するのではなく話しかけてきた。
「団長殿!!騎士と盾以外は使わんのか?!」
「普段使うのがその2つだからな。それと、今回は異能にあまり頼らずに戦うって決めてるんだよ」
それを聞いたストリゴイとスンダルは少し呆れた顔をする。
「昨日も同じようなこと言ってたな。確か“騎士達だけで勝てるかどうか”とか」
「言ってたわねぇ。私達程度ならちゃんと異能を使えば、問題なく勝てるはずなのに」
「ふはは。まぁ、団長殿には団長殿の考えがあるのだろうよ。それこそ、我ら相手に異能を一切使うことなく勝てるようになれば、大きな進歩と言えるだろう?」
「それはそうだけど、ちょっと癪に触るわねぇ」
「ならば、今日もボコしてやろうではないか。なぁに、身体半分をグレイトワイバーンに噛まれても何とか生きてる程のタフな団長殿の事だ。腹に穴が空く程度なら死ぬまいて」
「なら、私の
「いや、流石にそれは団長殿が死ぬぞ........」
「冗談よ。さて、そろそろ来るわね」
2人が何かコソコソと話していたが、俺が空中で体制を整えて攻撃態勢に移るとそれに反応して迎撃準備をする。
やはり、魔王とは違ってここら辺の勘が鋭いな。
前に使った騎士の中に入り込んでの奇襲をこの2人にやっても、恐らく勘づかれてしまうだろう。
「行くぞ」
魔縮を使い、更に限界まで魔力を引き上げての身体強化。
魔王との戦いでもここまではやらなかった程の身体強化を使い、ストリゴイの目の前に移動する。
握られたその拳は的確にストリゴイの顔を捉えたが、どうも感覚がおかしい。
まるで、水を思いっきり殴ったかのような感覚が拳を襲う。
殴られたストリゴイは、吹き飛ばされることなくニヤリと笑うと、俺の胸元を掴んで盛大に笑った。
「ふははは!!騙されたな!!我の隠し球よ!!」
「おい、まさか血の色を変えれるのか」
こんなところで隠し球を切ってくるのは流石に予想外だ。完全にハメられた。
そして、俺が逃げ出すよりも早く、ストリゴイは俺の顎を素早く撃ち抜く。
どれだけ身体強化をしても、所詮は人間。体内の強化はできないし、急所は変わらない。
脳震盪を起こした俺は歪む視界の中、ニヤリと笑うストリゴイの顔を見る。
あの顔は何度も見た顔だ。大抵あの顔をする時はロクな事がないのを俺は知っている。
「気づいたところでもう遅い!!歯ァ食いしばるのだぞ団長殿!!」
脳が正常に働いてない今、まともに経つことすら出来ない俺にできるのは、ダメージの軽減だ。
全身を持てる限りの魔力で覆い、俺は吸血鬼夫婦にサンドバックのように殴られまくった。
気絶することは避けれたものの、あっちこっちが痛む。
ちくしょう。ここぞとばかりに殴りやがって。
俺は背中を氷につけながら、ぽつりと呟いた。
「痛てぇ」
「異能を使えば守れたものを。なぜ使わなかった?」
「使っ.......たら、反省に........ならん。それは、ダメだ」
「相変わらず自分に厳しいな。さて、回復魔術を使うぞ?まだやるのだろう?」
その後も、なるべく異能を使わない戦いをしてボコられるのだった。痛てぇ。
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