魔王を穿つ者
神聖皇国の象徴、大聖堂の一室。まだまだ修復作業が必要なそのボロけた教会で、教皇シュベル・ペテロは挙げられた報告書を見てどうしたものかと考えていた。
「どうしたらいいと思う?」
「私の意見としては、勇者が討伐したことにした方がいいと思いますね。あながち間違ってはいない訳ですし」
教皇に意見を求められた枢機卿フシコ・ラ・センデスルは、自分の考えを言った。
その報告書に書かれていた内容。それは、傭兵団
旧サルベニアへ魔王討伐に向かった勇者たちからもたらされた報告であり、事実、旧サルベニアには戦闘した跡が幾つも残っていた。
更に、旧サルベニアを中心として探索を行ったものの、魔王や悪魔の痕跡らしき物は一切見つかることがなかった。
意見を聞いた教皇は、深く頷いた後頭を掻きながら渋い顔をする。
「私も同じ意見ではあるが、彼らの恨みを買うことになったりしたら面倒だ。恨みというのはどこでどうやって買うか分からんでな」
「それで言ったら、この世界に来た時点で買っているでしょう?女神様に選ばれた者達とは言え、異世界から来た彼らとは価値観が違い過ぎます」
この世界に生きるものであれば、女神から選ばれただけで感涙するだろう。
しかし、この世界の価値観を持たない異世界の勇者からすれば、一方的な拉致なのだ。
教皇達も最初こそ理解していなかったが、彼らと話すうちに彼らは“神”を信じないと言うのを徐々に理解している。
「確かにそうだな。中には私達に殺気を向けるものもいる。精神が壊れるような子はいないものの、故郷に思いふけって泣く子もいると聞くな」
3年たった今でも、故郷に帰りたがる者はそれなりにいる。
肉親に会いたいというのはもちろん、科学が発達しておらず何かと不便なこの世界を窮屈に感じる者は多いのだ。
「元の世界に帰せるのであれば、帰してあげたいですがね........召喚における魔法陣やその知識は女神様にしか分からないですから」
「それでコウジ殿やシュナ殿に帰って貰っても困るがな」
「魔王を倒した後ならチャンスがあったりするんですかね?」
「わからん。そこら辺は全て女神様次第だ。神の考えは、人間には理解できない。だからこそ、魔王が討伐されたあとでも彼らが困らないように、色々と手を打ってあるのだ」
戦えない勇者達は現在、魔王の被害にあった街の復興などを手伝っている。
少しでも勇者たちの心象が良くなれば、それだけ魔王討伐後の彼らを助けてくれるはずだ。
そこまで話した教皇は、話が逸れていることに気がつくと、話を元に戻す。
「話が逸れたな。それで、やはり
「それが1番でしょう。何も知らないコウジ殿達がどう思うかは別として、彼らはそこら辺を分かった上で動いていると思いますよ」
「だといいがな。何とか連絡を取る手段があれば、聞けるのだが........」
教皇がそう呟くと、ヒラリと1枚の紙が落ちてくる。
その紙は机の上に乗り、その紙に書かれた文面を見て2人は目を見開いた。
「どういうことだ........!!対策はしっかりとしているのだぞ!!」
「私たちの考えを見越してこの手紙を送ってきたにしては、随分とタイミングが良すぎる。それに、一体どうやってこの部屋に手紙を落としたのですかね........」
落ちてきた紙にはこう書かれていた。
“恨んだりしないから、勇者がやったことにしていいぞ。(
明らかに今の会話を聞いていたとしか思えない文面。
流石の教皇もこれには焦った。
「一体どうやった?見られているのか?彼の能力なのか?」
「そういえば、旧サルベニアだと言うのを彼らはどうやって知ったのですかね?よくよく考えれば、情報が漏れすぎてます。第五団長の話でも、急に手紙が置かれていたとあったので、もしかしたら彼の能力に関係しているのかもしれないですね」
「お前もちょっとは焦ったらどうだ?冷静すぎるだろ」
「いやぁ。彼なら何となくこのぐらいは軽くやってきそうだなと思うと、納得出来てしまうものでして........」
「言わんとすることはわかるが、何とかしなければ国家機密すら持ち出されるかもしれんぞ。特に、
「あそこは大丈夫でしょう。そのための彼ですから」
既に、国家機密は持ち出されているが、それを教皇達が知る由もない。
幸い、仁達は国家機密を知ったところでどうこうするつもりは無い。
教皇達の言う
それが、クラスメイト達に対して不利益が働くのであれば別かもしれないが。
教皇は不安そうな顔をしながら、溜息をつくと紙が降ってきた天井を見上げる。
そこには、何も無いただの普通の天井であり、何かあるわけではなかった。
「手元に置いておいた方が良かったかもしれんな」
「その方が不安材料が減って良かったと思いますよ」
「だが、それはそれで問題を産みそうなのも事実。最善の選択をするのは難しいな」
教皇はそう言うと、もち1度深くため息をついて警備の見直しや対策を練り始めるのだった。
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「芳しくないわね」
聖堂騎士団第五団長エルドリーシスは、ある者たちについて調べていた。
傭兵団
神聖皇国であった暴食の魔王討伐において、裏の英雄として語られる傭兵団だ。
その名前を知った当初、エルドリーシスはその者達を特に気にしてはいなかった。
彼らがやった事は賞賛されるべき事であるし、人的被害が抑えられたのは彼らのおかげである事は間違いない。
とは言え、人助けをしただけの傭兵団に興味は湧かない。
が、それもつい先日までのことだ。
旧サルベニア王国における魔王復活。
その討伐任務に抜擢されたエルドリーシスは、3人の勇者と共に旧サルベニア王国へと向かった。
結果から言えば、魔王はいなかった。正確には既に討伐されていた。
傭兵団
自分たちよりも速く現場につき、魔王を倒したその傭兵団に興味を持つなと言う方が無理な話である。
エルドリーシスは、自身の持てる権限をフル活用してその傭兵団の事を調べている。
しかし、その調査は行き詰まっていた。
殆ど情報が無いのだ。
あったとしても、世間一般に知られている事ばかりであり、エルドリーシスが求めている情報では無い。
「リュウジ殿辺りは何か知っていそうだったが、本人は知らぬ存ぜぬ。こうなるとどうしようもない」
「あら?リーちゃんじゃない。久しぶり」
不意に後ろからかけられた声に、エルドリーシスは驚きつつもその声の主に向かって膝をつく。
「お嬢様。いるなら普通に話しかけてください。ってかいつからこの国に居たのですか?」
「膝をつかないでよ。昔みたいに普通に話そ?」
嫌そうな顔をした声の主を見て、エルドリーシスは溜息をつく。
お互いに立場があるが、声の主には関係の無いことなのだろう。
立ち上がり、呆れ気味に話しかける。
「はいはい。これでいいの?それで?なんの用?ここは関係者以外立ち入り禁止のはずなんだけど」
「そろそろ帰ろうと思ってね。その挨拶にきたの。面白かったわ。魔王が復活するし、ちょっと間違ったら死んでたかもしれないもの」
「ちょっと。貴女が死ぬと大勢が困るわよ。私、そんな報告聞いてないんだけど」
「お忍びだからね。それに、助けてもらったし。あ、
「えぇ」
顔には出さないが“ここでもか”と内心思う。
「少しだけ調べたのだけれども、何も分からないのよ。リーちゃんこの国では結構好き勝手できるでしょ?ちょっと調べてくれない?」
「言い方。好き勝手できるって何よ。まぁ、分かったら連絡するわ」
「わーい!!リーちゃん大好き!!」
「ちょ、抱きつくな!!」
嬉しそうに抱きつく声の主を無理やり引き剥がすと、チョップを頭に入れる。
「いたっ!!ちょっとぐらいいいじゃん」
「さっさと帰りなさい。疲れたわ」
「もー。そんなこと言ってると婚期を逃すよ?」
「余計なお世話よ!!」
声の主は楽しそうに笑うと、そのまま部屋を出ていく。
誰もいなくなったその部屋で、エルドリーシスは小さく呟いた。
「一体何者なの。
これにて第二部3章は終わりです。
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