動かぬ山アスピドケロン
馬車に揺られながらリーゼンお嬢様と話す事1時間弱。
見晴らしのいい草原で馬車は止まり、俺達は馬車から降りる。
これ以上先に行くと森があり、その森に入るのは禁止させている為、アスピドケロンを見るのに最適な場所はここなのだ。
馬車から降りたリーゼンお嬢様は、目を輝かせながらその一際大きい山を指さして話しかけてくる。
「大きいわね!!あの1番大きい山が“浮島”アスピドケロンなのかしら?」
「そうだな。かつては海に島のように浮かんでいたが、ある時を境に地上に現れた厄災級魔物だ。現在居場所が分かっている唯一の厄災級魔物でもあるな」
「厄災級魔物。初めて見たわ」
リーゼンお嬢様は、少し口を開けながらその大きなアスピドケロンの背中を見る。
実際はあの山全てがアスピドケロンの体なのだが、態々それを教えてやる義務はない。
「今は睡眠期だったかしら?活動期になったらどうなるのかしらね?」
「さぁ?どうなんるだろうな。少なくとも、リーゼンのお父さんが頭を抱えることになるのは間違いないと思うぞ」
睡眠期。
アスピドケロンを長年見てきた専門家が言い始めた言葉だ。
あれだけ大きな体だと、それを維持するのにも莫大なエネルギーが必要だと考え、そのエネルギー消費を抑えるために寝ているのではないか?という説である。
要は冬眠のようなものだ。
事実、ワイバーンなどの竜種はそのような傾向があり、体の大きい魔物ほどその睡眠が長いと考えられているのだ。
アスピドケロンはもう何百年もの間動いていないし、そう考えるのも無理は無いだろう。が、実際は起きているし、その気になれば大陸を散歩気分で蹂躙することも可能である。
そもそも、人の物差しで測れるほど厄災級魔物は小さな存在では無いのだ。
その体の維持だって魔力で補っている。
本人曰く、魔力があれば大抵の事はなんとでもなるそうだ。
アスピドケロンを殺すのであれば、体が維持できなくなる程まで魔力を消耗させるのが現実的だろう。
討伐し終えた後の周りの被害は計り知れないが。
とはいえ、そんなことを言うつもりはサラサラない。アスピドケロンだって大事な仲間なのだ。
「あの山、登ってみたいわね」
「さすがにそれは辞めておいた方がいいと思うぞ。怒りを買って国を消し飛ばしたいって言うなら別だがな」
「わかってるわよ。流石にそこまで馬鹿じゃないわ、先生」
“心外ね”と言った感じで顔を膨らませるが、聞いていた評判や今までの言動を見るにやりかねない。
心優しいアスピドケロンのことだから、まず怒ることは無いだろう。それどころか、招かれざる客に喜ぶかもしれない。しかし、そこに行くまでの間に間違いなく魔物に襲われる。
この平原の先に見える森にはそこそこ強い魔物が結構いるのだ。
上級魔物も当たり前のようにいる。
今のリーゼンお嬢様の力だけでは、どうやってもアスピドケロンにたどり着く前に死ぬだろう。
リーゼンお嬢様とのんびり話していると、ブルーノ元老院とカエナル夫人がやってきた。
元々は家族旅行でこの街に来ていたのだ、俺は邪魔にならないようにすぐさまその場を離れる。
「どうだね。アスピドケロンは」
「すっごく大きいわ!!雲まで突き抜けているんだもの。動いているところも見てみたいわね!!」
「あはは。それは流石にお父さん困っちゃうな。この国が下手しなくても消し飛んでしまうからね」
少し嫌そうに言うブルーノ元老院だが、その言葉は少なくとも自分達が生きている間に起こりえない事だと思っているように聞こえた。
それに、アスピドケロンの事を軽視しているようにも聞こえる。
何百年もの間、その驚異を奮っていない為か、アスピドケロンの強さを認識できていないのだろう。
まぁ、俺も実際にアスピドケロンが暴れているところを見たことは無いから、正確な強さは分からんけどね。
親子の微笑ましいやり取りを見ていると、こちらにニヤニヤしながら近づいてくる人が1人。
ブルーノ元老院の妻であるカエナル夫人だ。
「随分と娘に気に入られたわね」
「それは喜んでいい事なのか少々迷いますがね」
「あら、私にもいつもの様な口調で話してくれて構わないわよ?なんというか、あなたの敬語は聞いていて居心地が悪いわ」
「..........褒め言葉として受け取っておこう」
「そう。その感じの方が親しみがあっていいわよ。男の子なんだから、ちょっと生意気ぐらいがちょうどいいのよ」
この人もこの人で中々に変わっている。
だって俺に話しかけておきながら、その手はイスの頭を撫でようとうずうずしているのだ。
俺に話しかけずに、イスに話しかけろよ。
「........貴方の子供?の頭を撫でてもいいかしら?」
「なぜ俺に聞く?本人に聞けよ」
「あ、頭を撫でてもいいかしら?」
イスは俺の方をちらりと見る。
イスも俺に許可を求めるんか?
俺は目で“好きにしなさい”と言うと、イスは少し困った顔をする。
これが団員なら喜んで撫でられに行くんだろうけどな。
ちなみに、後で知ったことだが、この時のカエナル夫人の顔は犯罪者のような顔をしていたらしい。
イスが少し困っていたのは、それが理由だった。
俺には背中を向けていたから全然気づかんかったわ。ごめんなイス。
イスは少し悩んだ後、ちょっと嫌そうにしながらコクリと頷く。
「少しだけならいいの」
「ありがとぉぉぉぉぉ!!」
カエナル夫人は、まるで希少な宝石を扱うかのように震える手で優しくその頭を撫でる。
「か、可愛い........可愛すぎるぅ!!」
「ちょ、奥様。落ち着いてください。この子が困ってます」
イスの頭を撫でていたカエナル夫人だったが、その手はタルバスによって止められる。
先程までリーゼンお嬢様の護衛に付いていた彼だが、こちらの様子を見て急いで止めに来たようだ。
「すいません。奥様はその.......小さくて可愛い子供がかなり好きなようでして。嫌ならぶっ飛ばしてもらって構わないので」
「ううん。大丈夫なの。悪意がある訳じゃないから」
「ほんと、申し訳ありません」
「──────────はっ!!しまった!!」
暴走気味だったカエナル夫人も正気を取り戻したようで、急いでイスに頭を下げる。
「ごめんなさい。貴方が可愛すぎてつい暴走してしまったわ」
「大丈夫なの。おば──────お姉さん。でも、あの顔はやめて欲しいの」
「気をつけるわ。前も注意されたのだけれどねぇ........」
偉いぞイス。おばさんじゃなくてお姉さんと言い直したのはファインプレーだ。
花音だったら間違いなくおばさん呼びしてるね。
そんな俺の心を読んだのか、俺の尻を軽く抓りながら花音が話しかけてきた。
「面白い人だねぇ」
「あの、花音さん?尻が痛いんですが」
「痛くしてるんだよ?私だってそんな礼儀知らずじゃないって。ちゃんと名前で呼ぶよ」
「エスパーかな?それとも思考がハッキングされてる?」
「貴様の考えている事など、手に取るようにわかるわ!!」
「なんのキャラだよ」
相変わらずすぎる花音のエスパーっぷりに驚きながら、俺は尻の痛みに耐える。
こうして、傭兵として受けた依頼は大きな収穫を得て無事に終わるのだった。
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