学園(アカデミー)

 アゼル共和国のトップである元老院の娘の家庭教師をやることが決まった翌日。


 俺達は、馬車に乗せられていた。


 なんでかって?


 どこかのお転婆お嬢様が、俺達を名指しで指名して相席させたからだ。


 馬車とか三年ぶりに乗る。初めて乗ったのは神聖皇国で狩りに行く時だったか?


 そんな昔のことを考えながら馬車に揺られていると、お嬢様が口を開く。


 「ねぇ先生?この2人が先生のお仲間なのかしら?」


 興味深そうにじっと花音とイスを見つめるお嬢様に、俺は応える。


 「そうだ。俺達揺レ動ク者グングニルのメンバーの1人だな。花音、イス。挨拶を」

 「花音だよー。ジンが急用で教えることが出来なくなったら私が教えてあげる」

 「イスなの!!パパとママの子供なの!!」

 「カノンとイスね。よろしくよ!!私はリーゼン・ガル・ローゼンヘイス。こっちの無愛想なのが“異界”タルバスよ」

 「タルバスだ」


 リーゼンお嬢様から紹介されたタルバスは、イスと俺達を交互に見たあと少し首を傾る。


 「とてもでは無いが2人の子──────────」


 ダン!!


 何かを言いかけたタルバスだったが、その言葉はリーゼンお嬢様に遮られる。


 音のした場所を見ると、タルバスの足を思いっきり踏みつけていた。


 「タルバス」


 口元はにっこりと笑っているリーゼンお嬢様だが、その目は明らかに笑っていない。


 なんなら、その元気な声に少し怒りが混ざっているのが分かる。


 「次、私の許可無く口を開いたら縫い合わせるわよ?分かったら返事」

 「申し訳ありません。お嬢様」


 殺気とも言える雰囲気を出しながら、タルバスの髪を思いっきり掴んで耳元で囁く。


 とてもでは無いが、先程まで元気に笑っていた子とは思えない。


 怒らせるようなことをした日には、土に生き埋めにされるかもしれん。


 その様子を見た花音はコソッと耳元に話しかけてきた。もちろん、声は聞こえないように絞っている。


 「中々怖いね」

 「怒った時の花音よりはマシだ」

 「私はあそこまで怖いことは言わないよー。言う前に手が出るもん」


 それが怖いって言ってるんだが?


 口で言うならともかく、いきなり殴り飛ばすとかはダメだよ。


 シルフォードの時とかいい例だ。


 タルバスを黙らせたお嬢様は、こちらにぺこりと頭を下げる。


 「ごめんなさい。ちょっと躾がなってなかったわ」

 「気にすんな。その程度で怒るほど器は小さくない」

 「あらそう?せっかく面白い人を見つけたのに、逃すことになったら大変だもの。先生が器の大きい人で良かったわ」


 俺は怒らんよ。俺は。


 俺と花音の子供だと言うことに拘るイスの事は知らねぇけどな。


 イスの方をチラリと見ると、ほんの少しだけ眉を潜めているのが分かる。


 普段から一緒に居ないと分からないほど小さな変化だが、この顔をする時のイスは不機嫌になる前兆である。


 イスも馬鹿ではない。自分が俺と花音の子供だと言うのは事実だが、見た目が人間であり俺と花音が若いため疑問を持たれるのはしょうがない事だとわかっている。


 分かっているが、それを言われてどう思うかは別だ。


 俺はイスの頭を優しく撫でてあげる。イスのご機嫌を取るのは簡単だ。俺か花音が優しく構ってあげればいい。


 単純でいいね。反抗期とか来た時が怖いが。


 すぐに機嫌を直して気持ち良さそうに目を細めるイスを見たリーゼンお嬢様が、イスを興味深そうに見て話しかける。


 「イス.......ちゃんでいいのかしら?お父様とお母様は好き?」

 「うん!!」


 少し羨ましそうに見るリーゼンお嬢様を見て、俺は適当に質問を投げかける。


 このまま放置していたら、しんみりとした空気になりそうだ。


 「そういえば、リーゼンは幾つなんだ?」

 「あら?レディーに向かって年齢を聞くのは失礼ではないのかしら?」

 「そりゃ失礼。だが、レディー以前に教え子だからな。バチは当たらんだろ」

 「ほんと面白いわね。私は11歳よ。12歳から学園アカデミーに入ってそこで3年間色々と学ぶのよ」

 「へぇ。イスも入れたりするのか?」

 「入れると思うわよ。コネが無くとも金があれば入れるし。先生の財力次第って事ね」


 知っている情報だが、こうやってコミュニケーションを取るのは大切だ。


 ちなみに、イスを学園アカデミーに行かせることは恐らくない。


 ほとんどの事は俺や厄災達に聞けば分かるし、人間関係の構築などはイスの頭の良さからなんとでもなる。


 昨日の夜に学園アカデミーに行きたいかどうか聞いたのだが、本人は全く行く気がないそうだ。


 イスが自分から行きたいと言わなければ、このままでいいだろう。


 「そう言えば、なぜ家庭教師を雇うんだ?先生ならその隣にいる奴でも務まるだろ」

 「タルバスはダメよ。自分の異能に頼りきった戦い方をするもの。お父様とお母様は魔法を使うから参考にならないし。そこで、先生の噂を聞いたのよ。この国屈指の実力者である“双槍”バカラムをコテンパンにやっつけた傭兵がいるってね」


 リーゼンお嬢様はそう言って俺を指さす。


 「ピンと来たわ!!先生ならきっと私を強くしてくれるってね!!」

 「それと、当主様が手配する家庭教師はどうもハズレが多いのも原因ですね」


 サラッと補足を入れるタルバス。


 口を開いたら縫い合わせると言われたのに、普通に話しおったぞこの人。


 リーゼンお嬢様は、さっき自分の言ったことを忘れたのかそのまま父親の愚痴を言い始めた。


 「本っ当にお父様は人を見る目がないのよ!!唯一お母様を相手に選んだ事だけは褒めてやってもいいわ!!」

 「そんなにひでぇのか?」

 「歴史の家庭教師はロリコンで、私をいやらしい目で見てきたし、数学の家庭教師は暗殺者だったのよ?!他にもあげればキリが無いわ!!」

 「あの暗殺者は流石に驚きましたね。しかも、当主様はそれに懲りた様子もなく他の家庭教師を雇うものだから、お嬢様がキレて家出をする自体になりましたね」


 すげぇな。


 ロリコンはともかく暗殺者に至っては、人を見る目が無いを通り越しているぞ。


 家庭教師を雇うに当たって身元を調べないのか?それとも、調べても出てこなかったのか?


 俺達のように、どれだけ調べてもある時から過去が分からない者達は多くいるだろう。


 だけど、それを雇うのはリスクがありすぎる。


 .......アレ?その理論だと俺達もアウトか。


 そんなくだらないことを考えている間も、リーゼンお嬢様の口は止まらない。


 「2ヶ月程家出してたのだけれど、その時持ち出したお金をギャンブルに突っ込んのよ。そしたら大当たりを引いてね。とんでもない額を手にしたものだから、家に帰ってきてから経営学を学んで料理屋を作ったのよ」


 それは知っている。家出した理由までは詳しく読んでなかったが。


 このお嬢様、なんとこの歳にして料理店の経営者なのだ。


 しかも何がすごいって、父親のコネは一切使わずにかなりの人気店にまで上り詰めている。


 首都でしか開いていない店だが、毎日のように行列ができているそうだ。


 まぁ、そのせいで更にあちこちから恨みを買っているのはご愛嬌と言うやつだろう。


 成功すれば、それだけどこから恨みを買うものだ。


 成功せずとも恨みは買うからな。


 「家にお金を全部還元して、お店を大きくするのに色々と使ったのにそれでも余りまくってるの」

 「んで、その金で俺を雇った訳か」

 「その通りよ!!まぁ、私が自由に使えるお金は少ないけどね」


 大金貨5枚までは出せる時点で少ないとは言えないと思うぞ。


 俺はそんなお嬢様を逞しく思いながら、徐々に近づいてくるアスピドケロンの背中を見るのだった。

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